1. 主題の提示(命題)
ガンドラック氏は、2024年から2025年にかけて米国の消費者物価指数(CPI)上昇率が急速に鈍化したにもかかわらず、景気後退が起きていない状況に注目した。一般に、マネーサプライの伸びがマイナスに転じ、インフレ率が低下すると、企業や家計の活動は縮小し、景気後退につながると考えられる。しかし、米国経済は依然として雇用が堅調で、企業収益も一定の水準を保ち、株式や金などの資産価格も高値圏を維持している。
2. 反対命題 – 景気後退が起きなかった理由
同氏は、この現象の背景に「巨大なマネーサプライの基礎」が存在すると説明する。パンデミック期の現金給付や各種救済策により、米国のM2(現金・預金など)の残高は2020年から2022年にかけて前例のない速度で拡大し、2025年になっても総量は約22兆ドルと過去最高水準にある。
この高い水準は、足元でM2の伸び率がマイナスとなっても「水位が高すぎる池の水面が少し下がった程度」の変化にすぎず、実体経済には十分な流動性が残されている。また、米国政府は財政赤字を拡大したままで巨額の国債を発行し続けており、実質的な財政出動が景気を下支えしている。
さらに、FRB(連邦準備制度)は2025年に入って利下げを再開し、長期金利は低下傾向にある。ガンドラック氏自身も、2024年9月のウェブキャストで「今後1年で政策金利が複数回引き下げられる」と指摘し、長期債が好調な理由を説明した。金融政策の転換による金利低下は債務負担を軽減し、消費と投資のモメンタムを保っている。
3. さらなる反証 – インフレ鈍化は物価下落を意味しない
インフレ率が2〜3%台に低下していることは、物価の伸びが緩やかになっただけで、「パンデミック期に上がった物価が元に戻った」わけではない。CPIのベースライン自体は高止まりしており、食品やエネルギー、住宅費の水準は依然としてコロナ前を大きく上回る。ガンドラック氏は「本当にコロナ後の緩和を帳消しにするには、数年にわたり物価が横ばい(あるいはデフレ)になる必要がある」と語り、インフレ率が目標値に戻ったことと家計の実質負担とは別問題である点を強調した。
4. 反対者の見解 – 景気後退のシグナルは消えていない
他方で、ガンドラック氏自身を含め多くの市場参加者は、景気後退リスクが依然として高いと見ている。短期金利と長期金利のスプレッドがゼロを超えて「再びスティープ化」することは過去の景気後退局面と整合しており、LEI(景気先行指数)や非農業雇用者数の下方修正も弱含みの兆候だ。ガンドラック氏は2025年に米国が景気後退に入る確率を6割と見積もり、金利低下とドル安、財政赤字の拡大が長期的な構造問題につながると警告している。
5. 総合(止揚) – 歴史的パターンと構造的要因の統合
弁証法的に考えると、過去のマネーサプライ減少=景気後退という単純な因果関係は、パンデミックという特殊要因で修正されなければならない。大量の資金供給によりM2の絶対水準は高く、財政支出も続き、労働市場もタイトである。このため短期的には景気後退を回避しているが、金利が高止まりするなかで借り換えコストが上昇し、企業や家計の負担がじわじわ増える可能性は高い。
また、インフレ率は低下しても物価水準は高止まりしており、実質購買力は削られている。今後、過剰流動性が徐々に吸収され、財政赤字への警戒から投資家のリスク許容度が下がれば、景気後退の可能性は現実味を帯びるだろう。一方、米国のイノベーション力やサービス経済の拡大、エネルギー自給率の高さなどは底堅さの要因となり、急激な失速を回避するかもしれない。総じて、景気後退の有無はマネーサプライだけでなく、財政・金融政策、消費者心理、国際情勢など複合的な要素が絡み合うため、単一の指標に依存しない洞察が必要である。
要約
- パンデミック後、米国のM2はかつてない規模に膨らみ、2025年には約22兆ドルの過去最高水準に達している。利上げと量的引き締めでM2は一時的に減少したが、巨大な基盤ゆえに流動性は依然潤沢であり、これが景気を下支えしている。
- CPI上昇率は2024年の9%前後から3%程度に低下し、ガンドラック氏はCPIが1〜2%台に落ち着く可能性を指摘する。しかし物価水準は高止まりしたままで、真にコロナ後の緩和を帳消しにするには数年にわたる物価の横ばい(あるいはデフレ)が必要だと述べている。
- 同氏は多くの景気指標が後退を示唆しているとし、2025年に米国が景気後退に陥る確率を6割と見積もる一方で、膨大なマネーサプライが“緩衝材”となり、景気後退が遅延していると分析している。
- 弁証法的に見ると、マネーサプライの減少と景気後退を結び付ける歴史的パターンはパンデミック期の特異な資金注入によって修正され、短期的な景気維持の要因となっている。しかし、財政赤字や金利高、実質賃金の伸び悩みといった構造的問題は今後のリスクとして残り、景気の先行きは依然として不透明である。

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