序論
日本の税法では、建物などの固定資産を購入した際の減価償却期間は「法定耐用年数」に基づいて決まります。新築物件の耐用年数は構造と用途により国税庁の耐用年数表で定められており、住宅用の鉄筋コンクリート造(RC造)住宅は47年、RC造店舗・事務所は50年など用途ごとに異なります。中古資産を取得した場合は、実際に何年使えるかを見積もって法定耐用年数ではなく残存耐用年数で減価償却することが認められており、見積もりが困難な場合は国税庁の「簡便法」を用いて耐用年数を計算します。この計算方法は法人・個人いずれも共通です。
一方で、減価償却の費用をどのように経理処理するかは法人と個人で扱いが異なります。個人事業の場合は計上可能な減価償却費を必ず経費に入れなければならない「強制償却」であり、法人は限度額の範囲で減価償却費の計上額を調整できる「任意償却」とされています。本稿では、法人が中古の収益物件を購入した場合の耐用年数計算の仕組みについて、弁証法(テーゼ・アンチテーゼ・ジンテーゼの構造)で論じ、個人と法人の違いも検討します。
テーゼ(命題)
- 中古資産の耐用年数は簡便法で合理的に計算できる。
国税庁は、使用可能期間の見積もりが困難な中古資産について、法定耐用年数と経過年数から新たな耐用年数を計算する「簡便法」を示しています。法定耐用年数をすべて経過した資産は元の法定耐用年数の20%の年数とし、法定耐用年数の一部が残っている資産は「法定耐用年数−経過年数+経過年数×20%」で算定します。この方法は、建物の残存価値が経過年数に比例して減少するという想定に基づき、計算が明快で、法人・個人ともに広く利用されています。 - 法人は任意償却によって減価償却費を柔軟に調整できる。
個人の減価償却は強制償却であり、認められる減価償却費をすべて経費計上する必要があります。一方、法人は税法上の限度額の範囲内で償却費を自由に計上できる任意償却であり、過少に計上した場合は翌期以降に繰り越すことができます。そのため法人は、利益や融資対策を意識しながら減価償却費をコントロールできる利点があります。 - RC造の耐用年数は長いが、簡便法による中古物件の償却期間は短い。
RC造住宅の法定耐用年数は47年、店舗・事務所用は50年です。ところが築年数が長い物件を取得した場合には、簡便法により残存耐用年数が大幅に短縮されます。例えば築30年のRC造住宅(法定耐用年数47年)を購入すると、残存耐用年数は(47−30)×0.2 ≈ 3.4年となり、端数切り上げにより4年で償却できます。短期間で償却できる点は節税効果として魅力的です。
アンチテーゼ(反命題)
- 簡便法は物理的な寿命を反映せず、投資判断を歪める可能性がある。
RC造は構造的に耐久性が高く、定期的な補修により60~70年使用される例も珍しくありません。それにもかかわらず、簡便法は経過年数×20%という固定率を用いるため、築古物件の残存耐用年数が現実より大幅に短くなります。築30年のRC造を4年間で償却することは、実際の使用可能年数と乖離し、わずか4年間で帳簿価値がゼロになるため、その後の資産評価や修繕計画の判断を難しくさせる恐れがあります。また、耐用年数が短くなるほど初期に大きな減価償却費を計上できるため、節税目的で築古物件を選ぶ投資家が増え、建物の安全性や長期の運営コストよりも短期の税効果が優先される可能性があります。 - 任意償却は利益調整の余地が大きく、財務情報の透明性を低下させる恐れがある。
法人は償却費を任意に計上できるため、同じ物件でも決算書上の利益が大きく変動し得ます。融資を受ける際には利益を大きく見せるために償却費を少なく計上し、節税時には大きく計上するといった利益調整が可能で、金融機関の審査に影響を及ぼす危険性があります。また、過少償却によって資産の簿価が膨らむと将来の資産価値の見誤りにつながり、投資家や株主に対する情報開示として問題が残る場合もあります。 - 中古物件の修繕費や空室リスクが無視されがちである。
築古RC物件は耐久性に優れるものの、給排水設備や防水などの修繕費が突発的に発生することがあります。残存耐用年数が短いからといって節税効果だけで判断すると、後になって多額の修繕費が必要になりキャッシュフローが圧迫される可能性があります。個人事業主が高額なRC物件を取得する場合、青色申告特別控除や損益通算制度との併用を検討するなど、総合的な視点が必要とされます。
ジンテーゼ(総合)
弁証法的な視点からは、上記のテーゼとアンチテーゼを踏まえて次のような総合が導かれます。
- 簡便法は標準的な目安であり、適用可否や見積もり方法を柔軟に選択すべきである。
簡便法は中古資産の耐用年数を公平に計算するための制度ですが、あくまでも標準的な目安です。資本的支出が取得価額の50%を超える場合など簡便法を適用できないケースでは、実態調査に基づいて使用可能期間を見積もることが求められます。特にRC造のように物理的寿命が長い建物では、技術者による診断に基づく見積耐用年数を用いることで、税務上の耐用年数と実際の使用可能年数を整合させることが適切です。 - 法人・個人の違いを理解し、経理処理の方針を立てる。
法人が中古物件を取得する場合、任意償却を利用して利益や融資対策を計画的に調整できる利点がありますが、過度な利益調整は金融機関の評価や将来の投資判断に悪影響を及ぼします。個人は強制償却で柔軟性はないものの、減価償却費を毎年確実に経費計上することで税額を一定程度抑えられます。どちらの形態でも、建物や建物附属設備、構築物は定額法が義務付けられているため、償却率や残存耐用年数を把握し、税務署への届け出による方法変更の可否を確認することが重要です。 - 耐用年数短縮による節税効果と経営リスクをバランスする。
中古収益物件を短期間で償却できることは法人・個人ともに節税面で魅力があります。しかし、耐用年数を短縮した結果、経営資源の実態を反映しない簿価管理や修繕費の突発的な増加リスクを抱えることになります。修繕計画や空室リスクを含めた長期的な資金計画を立て、節税効果と実務上のリスクを総合的に評価することが必要です。また、耐用年数が残っている場合は、法定耐用年数から経過年数を差し引いた残存期間に経過年数×20%を加算する簡便法で計算でき、この算定結果が2年未満の場合は最低2年とする規定もあります。極端に築古の建物でも一定期間は償却可能です。
RC構造築30年物件の具体例
法人が築30年のRC造住宅を購入したケースを想定します。RC造住宅の法定耐用年数は47年であるため、経過年数30年は法定耐用年数の一部を経過した物件に該当します。簡便法による残存耐用年数は次の通りです。
- 残存年数の算出 – 法定耐用年数から経過年数を差し引きます。
47年 − 30年 = 17年 - 経過年数の20%を加算 – 経過年数30年の20%は6年となります。
30年 × 0.20 = 6年 - 残存耐用年数 – 上記を合計し、端数切り捨て後2年未満にならないように調整します。
17年 + 6年 = 23年
築30年はまだ法定耐用年数内であるため、本来は残存期間(17年)に経過年数の20%(6年)を加算した23年で償却します。築年数が47年を超えている場合に初めて「法定耐用年数×20%」の式が適用されます。すなわち、築50年超のRC造住宅であれば 47年×20%=9年 が耐用年数となります。
法人がこの築30年RC物件を取得した場合、建物部分の取得価額を23年間で定額償却するのが基本です。法人は任意償却により毎期の減価償却費を柔軟に調整できる。一方で、償却を過度に先送りし、耐用年数経過後に一括で損金算入することや、恣意的な利益調整とみなされる処理は否認される可能性がある。そのため、将来の利益計画や資金繰りを踏まえ、税理士と相談しながら一貫性のある償却計画を策定することが重要である。個人事業主が同じ物件を購入した場合は強制償却であり、毎年必ず23年分の償却費を全額計上しなければなりません。
まとめ
中古の収益物件を購入した場合の耐用年数計算は、法定耐用年数に対する経過年数や建物の構造・用途に基づいて行われます。国税庁の簡便法は、法定耐用年数が残っているか超過しているかによって算出方法が決まり、算出した年数に端数があれば切り捨て、2年未満にならないよう調整する規定があります。法人が中古物件を取得した場合でも、耐用年数の計算方法自体は個人と変わりませんが、経理処理では任意償却を利用できるため、利益や融資対策に応じて償却費の計上額を調整できます。一方、個人は強制償却により償却費を必ず全額計上する必要があります。RC造は法定耐用年数が長いため、築年数が短い場合は残存耐用年数も長くなりますが、法定耐用年数を超えた築古物件では法定年数の20%を用いるため短期間で償却でき、節税面のインパクトが大きくなります。
弁証法的に見れば、簡便法による耐用年数計算は税務上の公平性と実務の簡便さを両立させる「テーゼ」、耐用年数が実際の寿命を反映していないことや任意償却による利益調整といった「アンチテーゼ」の批判が存在し、これらを踏まえて実態に即した見積もりや経営戦略を行うことが望ましいという「ジンテーゼ」が導かれます。中古物件の取得に際しては、耐用年数の計算方法や法人・個人の減価償却制度の違いを理解した上で、節税効果だけでなく修繕費や空室リスクなど総合的な視点で判断することが重要です。

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