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公認会計士試験における英語出題を巡る弁証法的検討
背景と問題提起
2025年12月16日、公認会計士・監査審査会は、2027年(令和9年)第Ⅰ回短答式試験から財務会計論・管理会計論・監査論の3科目で英語による出題を導入すると発表しました。英語問題は総点数の約1割にとどめ、英文読解の負担を考慮した難易度とし、出題範囲は日本語と同じ範囲で会計・監査の基本事項を問うとされています。
導入の背景には、IFRS採用企業の増加やグループ監査への対応など、公認会計士の業務と英語との関わりが大きくなっていることがあります。金融庁の説明でも、東証プライム上場企業の英文開示義務やグローバル監査基準の改正などが理由として挙げられています。こうした決定に対して受験者や関係者からは賛否両論があり、実務との乖離や受験生への負担を指摘する批判もあります。本稿では弁証法の枠組みを用いて、導入支持派(テーゼ)と批判派(アンチテーゼ)の主張を整理し、両者を総合した改善案(シンセシス)を提示します。
テーゼ:英語導入を支持する立場
国際化と監査実務への対応
支持派が第一に挙げる理由は、日本企業の国際化とIFRS適用の拡大です。IFRS適用企業の増加やグループ監査への対応から、公認会計士には一定の英語能力が求められており、試験内容をそれに合わせる必要があるという視点です。TAC公認会計士講座なども、業務と英語の関わりが拡大していることを紹介しています。金融庁へのインタビューでは、東証プライム企業への英文開示義務やグローバル監査基準の改正が導入の背景であると説明されています。
実務に直結する英語運用能力
現場では海外子会社の資料読解や現地監査人との連携が日常的であり、「英語ができる会計士」ではなく「英語で会計ができる会計士」へのニーズが高まっています。試験に英語を織り交ぜることで、受験段階から実務に近い思考を要求し、合格後のOJTを円滑にする効果が期待されています。
負担軽減への配慮と公平性
導入文書では、英語問題の配点は短答式試験総点数の約1割とし、難易度は英文読解の負担を考慮するとしています。審査会のインタビューでも、英語出題は受験者を特定の属性で有利・不利にすることを意図したものではなく、誰にとっても公平な試験にする前提が示されています。また、出題範囲は日本語の出題範囲と同じで、一般教養的な長文ではなく会計・監査の基本事項を英語で問うものに限定されています。こうした設計により、専門知識を英語で確認するという本来の目的を果たしつつ、受験者の負担を抑えようとしています。
国際競争力の強化
合格者の約8割が大手・準大手監査法人に就職し、東証プライム上場企業など国際的に活躍する企業の監査に携わります。資本市場のグローバル化に対応し、日本の国際競争力を維持するためにも、公認会計士の英語能力向上は欠かせないという認識が広がっています。
アンチテーゼ:英語導入への批判
学習負担の増大と専門知識への影響
反対派は、短答式試験への英語導入が受験者に「二重の負担」を強いると主張します。公認会計士試験は財務会計論・管理会計論・監査論・企業法など高度な専門知識を問うものであり、それだけでも時間と集中力を要します。その上に英語対策が加われば、専門科目学習の時間を奪い、集中力が分散して学習効率が低下すると指摘します。さらに、審査会がどのような形式で英語問題を出題するかがまだ不透明で、受験生は手探りで対策を強いられる不安もあります。UrMediaの記事では、「会計の勉強だけで手一杯なのに英語まで……」という声や、「英語問題の導入で学習負荷は10〜20%増加する」との予測が紹介され、英語導入が死活問題と指摘されています。
公平性への疑念
出題の難易度は英文読解の負担を考慮するとされるものの、反対派は帰国子女やUSCPA保有者など英語に慣れた受験者が有利になることを懸念します。英語が苦手だが会計の素養が高い人材が不利になることは日本の会計士業界にとって損失であり、「英語力不足という付加的要因」でふるい落とすのは本末転倒だと批判しています。
実務教育との優先順位
反対論者は、国際的に活躍できる会計専門家の育成目的には賛同しつつも、その手段を短答式試験への導入とする必要はないと指摘します。英語教育は合格後の実務補習所や継続教育で徹底する方が実務ニーズに沿っており、短答式は会計士としての最低限の基礎力を測る場に留めるべきだと主張します。短答式試験は基礎体力測定であり、国際的適性は論文式試験の選択科目や実務研修で測る方が本人の志向性に合致すると提案しています。
真の競争力は専門性にある
批判派は、真の競争力は英語力だけではなく、日本の会計基準や監査基準、企業法制を深く理解し、それを国際的な枠組みの中で説明・適用できる専門性に宿ると主張します。英語が苦手な優秀な候補者を排除することは、日本の会計士業界の裾野を狭め、むしろ競争力を低下させる懸念があると指摘しています。
シンセシス:対立の止揚と改善案
弁証法の観点からは、テーゼとアンチテーゼの対立を単に折衷するのではなく、両者を統合してより高次の理解へと昇華させる必要があります。以下では、英語導入の意義を認めつつ、批判を踏まえた改善策を提案します。
- 英語導入の目的を「会計・監査の国際対応」に明確化し、範囲を限定
出題範囲を日本語の問題と同じとする趣旨を徹底し、一般的な英語力ではなく会計・監査の専門的読解力に焦点を当てるべきです。IFRS基準書や国際監査基準の抜粋など、専門知識と英文を同時に問う形式なら、専門学習に直結し負担を減らせます。また、出題形式や対象単語をサンプル問題で早期に公表して透明性を高め、出題範囲の不明確さから生じる不安を減らすことが必要です。 - 段階的・選択的な導入
受験生の負担軽減と公平性確保のため、英語問題の比率を段階的に引き上げることや、短答式と論文式のどちらかで英語を選択科目とする制度を検討します。反対派が提案するように、論文式試験の選択科目として英語を導入する案を取り入れることで、国際志向の人材育成と基礎力測定のバランスが取れるでしょう。 - 合格後の実務研修と継続教育の充実
短答式試験に英語を導入しても、英語運用能力の実践的習得は合格後の研修で完結させる必要があります。専門知識の基礎を学ぶ段階で過度に英語を求めるよりも、合格者の実務補習所や継続研修の中でIFRSや国際監査基準の英文読解や報告書作成を重点的に学習させるべきです。試験と継続教育を有機的に連携させれば、実務で使える英語能力を確実に身に付けられます。 - 支援体制と学習環境の整備
社会人受験生にとって学習時間の確保が最大の課題になっています。試験制度が難化する場合は、試験日程や実務補習のスケジュールを見直し、学習支援コンテンツを提供するなど受験生の負担を軽減する施策が必要です。国や業界団体が無償の会計英語教材やオンライン講座を提供することで、経済的な不公平感も緩和できます。 - 会計・ファイナンス人材育成の包括的改革
英語問題の導入は、公認会計士試験改革の一部分に過ぎません。会計・ファイナンス人材が経営や事業価値向上に貢献できる専門家として育成されるためには、試験制度、教育、実務経験、継続研修を総合的に見直す必要があります。今回の議論を契機に、受験生の負担と実務ニーズのバランスを保ちながら会計士制度全体を再検討すべきでしょう。
最後の要約
短答式試験に英語問題を導入する方針は、日本の資本市場のグローバル化と公認会計士に求められる英語による会計実務能力の高まりを踏まえたものです。出題比率や難易度には一定の配慮がなされている一方、受験生の学習負担増大や英語が苦手な優秀な人材を排除する不公平感など、反対意見も根強く存在します。弁証法的な検討では、英語導入の意義を認めつつ、出題範囲の限定や段階的導入、合格後の研修強化、学習支援の充実といった改善策を採り入れることで、受験生への過度な負担を避けながら国際的な会計・監査人材育成を実現することが望ましいと結論付けられます。

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