家族制度をめぐる経済と権力の弁証法:エンゲルスから社会再生産理論へ

テーゼ:エンゲルスの歴史的・弁証法的分析

1. 歴史的唯物論と原始共同体

エンゲルスはマルクスとともに「歴史的唯物論」を唱え、社会の発展を物質的生産力と階級闘争の対立として捉えました。『家族・私有財産・国家の起源』では、この立場から家族制度・所有・国家の起源を論じ、原始共同体では私有財産も国家権力もなく、狩猟と採集による共同生活が営まれており、男女の役割分担はあっても平等であったと述べています。この段階では血縁単位も母系的であり、姉妹や母系の親族で子供を養育する「母権制」が支配的だったと論じます。

2. 農耕・私有財産と男性支配

農耕と牧畜の発展により生産力が向上すると、交換価値を持つ剰余財の蓄積が始まり、鋤や農具の利用によって男性が生産手段を独占し始めました。財産を自分の子に相続させようとする男性の欲求から「父系制」が登場し、女性の貞操(一夫一婦制)が厳格に求められたとエンゲルスは主張します。新しい家族形態では、一夫一婦制が「女性のための一夫一婦」であり、男性は姦通を容認されるが女性は独占され、結婚は愛情ではなく財産継承のための制度となったとされます。エンゲルスはこれを女性の「世界史的敗北」と呼び、家族内での性別分業の不平等を階級社会の成立と結び付けました。

3. 国家の成立

剰余財の蓄積と階級分化が進むと、私有財産を守るための強制機構として国家が誕生します。エンゲルスはアテナイの例を挙げ、氏族制が解体して階級分化とともに中央集権的な国家が形成され、民衆の武装組織に代わって常備軍・警察が設置されたことを示しています。国家は男性支配者の利益を守るための道具であり、女性や被支配階級の抑圧装置となったと論じます。

4. 結論と革命

エンゲルスは、近代の家族と国家は資本主義的生産と階級支配に根ざすものであり、女性の従属と階級矛盾を不可避的に生み出すと結論づけます。したがって、社会主義革命によって私有財産と階級が廃絶されれば家族も国家も「自然に消滅」し、ジェンダー平等と自由な人間関係が実現すると主張します。

アンチテーゼ:批判的検討

1. 人類学的根拠への疑問

エンゲルスはルイス・モーガンの『古代社会』に依拠し、初期社会を母系制・群婚制としましたが、現代の考古学や人類学は多くの社会で父系居住が一般的で、女性が婚姻により外に嫁ぐ例が多かったことを示しており、母系優位が普遍的であったという仮説は支持されていません。このため、エンゲルスの家族史観は仮説的であり、グループ婚や嫉妬の欠如といった前提は証明不可能と批判されています。

2. 家族感覚・感情の軽視

エンゲルスは家族を経済単位として分析するため、愛情や情緒的絆を無視していると批判されます。例えば、結婚や家族の役割には相互扶助や感情的価値もあり、単に財産継承の装置と見るのは一面的であるという議論があります。

3. 現代社会と労働の変化

エンゲルスは女性が賃労働に参入すれば家族内の不平等が解消されると期待しましたが、現代の非物質的労働の拡大は公私の境界を曖昧にし、労働市場に参入した女性が新たな搾取に晒されていることが指摘されています。彼が想定した社会主義革命は各地で実現したものの、多くの国で抑圧的な結果や新たな階層支配を生み、私有財産廃止と平等社会の実現が簡単ではないことも示されています。

4. モーガンの研究再評価と擁護

一方で、近年の研究では初期人類の集団が姉妹や母系の親族中心に子育てを行っていた可能性を示唆する遺伝学・人類学研究があり、2005年の英学士院ワークショップでも初期人類の親族関係が母系制的だったとする研究者が多数を占めたと報告されています。この見方はエンゲルスの仮説を全否定するのではなく、母系的な要素を持つ社会が存在したことを示唆しています。

5. マルクス主義フェミニズムからの再評価

近年の社会再生産理論などでは、エンゲルスが示した家事労働と生産関係の関連性を再評価し、資本主義が家庭内での無償労働に依存していることを明らかにする研究が増えています。マーニー・ホルボロウは、エンゲルスが女性抑圧の起源に関する独自の分析を行い、多くの社会主義者が参考にしてきたことを指摘し、彼の分析道具が現代のジェンダー抑圧を理解し変革する上で依然重要であると論じています。

総合(シンテーゼ):現代的意義と展望

エンゲルスの『家族・私有財産・国家の起源』は、家族・財産・国家の発展を生産関係の変化と結び付け、ジェンダーと階級の関係を初めて包括的に分析した点で画期的です。母系制・群婚制の普遍性や国家の消滅など彼の予測には誤りや過大な一般化がありますが、家族を自然なものではなく歴史的に変化する社会構造として捉えた視点は、その後のフェミニズムや社会科学に大きな影響を与えました。現代の考古学や人類学は彼の仮説を修正しながら、資本主義が家事労働や再生産労働に依存していることを明らかにしており、エンゲルスの問題提起は新たな研究と運動に受け継がれています。

弁証法的に見ると、エンゲルスの理論は「家族制度は経済基盤と生産関係によって歴史的に形成される」というテーゼを提示し、これに対し「母系制普遍説や群婚制などの前提は実証的に疑問がある」「家族には情緒的側面や多様な文化形態がある」というアンチテーゼが展開されました。そして現代の社会科学では、生産関係とジェンダー抑圧との結び付きを認めつつ、家族形態の多様性や再生産労働の重要性を含む新たな理論的枠組み(シンテーゼ)が模索されています。このシンテーゼはエンゲルスの洞察と批判的再検討の双方を取り入れ、現代のジェンダー平等と社会変革の議論に貢献しています。

要約

エンゲルスは『家族・私有財産・国家の起源』で、原始共同体における母系的な家族制度から私有財産と階級の発生、国家の成立へと歴史が進むと主張し、一夫一婦制と国家は女性抑圧と階級支配の装置であり、社会主義革命によって廃絶されるべきだと論じました。しかし現代の人類学は母系制普遍説を支持せず、彼の前提には多くの仮説が含まれます。それでも彼が家族制度を経済構造と結び付けて分析し、ジェンダーと階級の関係を明らかにした意義は大きく、社会再生産理論などによって再評価が進んでいます。弁証法的に見ると、エンゲルスの理論とその批判を踏まえた新たな分析枠組みが現代のジェンダー平等と社会変革の課題に寄与していると言えます。

コメント

タイトルとURLをコピーしました