概要 (Summary)
- ウクライナ危機以降の通貨ブロック化: 2022年のロシアによるウクライナ侵攻とそれに続く制裁の応酬を契機に、世界経済はドル覇権に対抗する形でブロック化の動きを強めている。中国・ロシアを中心に自国通貨立ての決済圏を拡大し、人民元圏やルーブル圏の形成が進行している。BRICS諸国も独自の共通通貨構想(「デジタル通貨・UNIT」)を推進し、その設計には金(ゴールド)を価値担保とする案が含まれる。こうした動きは米ドル中心の国際通貨体制への挑戦と位置付けられる。
- ドル覇権への挑戦と金需要の高まり: 地政学リスクの高まりにより各国はドルへの信認低下に備え、価値の 「最後の拠り所」 として金へのシフトを強めている。ロシア資産凍結などドルの武器化を目の当たりにした各国中央銀行は外貨準備の見直しを進め、2022年以降、年間1,000トン超の記録的な金購入を続けている。世界全体の公式準備に占める金の割合は20%前後に達し、金はユーロを抜き米ドルに次ぐ第2の準備資産となった。調査では中央銀行の約7割が今後も金準備を増やし、ドル資産を減らす意向を示している。
- 1930年代のブロック経済との対比: 世界恐慌後の1930年代にも、各国は自国経済圏の防衛に走りブロック経済を形成した。1931年に英国が金本位制を離脱すると、植民地・友好国は自国通貨をポンドに連動させてスターリング・ブロック(スターリング圏)を非公式に結成。1932年のオタワ会議ではイギリス帝国特恵関税(帝国優遇関税)が導入され、「国内産業を第一、帝国(ブロック)内を第二、外国を最後」とする排他的貿易圏が築かれた。一方フランスなど一部国家は金ブロックを形成し金本位制を維持したが、深刻なデフレと競争力低下に苦しみ最終的に放棄を余儀なくされた。このように、通貨制度(価値基盤)をめぐる各国の選択はブロック経済下で対立し、世界貿易は分断された。現在の人民元圏・ルーブル圏や経済圏対立は、この1930年代のブロック化と類似した構図を示している。
- 金をめぐる「価値の拠り所」の思想: 通貨ブロック化の進行とドル体制への揺らぎの中で、金は「最後の価値アンカー(錨)」として再評価されている。ウクライナ戦争後、米欧による制裁は「自国の外貨準備さえ政治的に凍結され得る」ことを露呈させ、「通貨準備の安全性は政治関係次第」であるとの認識が広がった。この状況下、国家の主権リスクに左右されない金は地政学的保険としての戦略的重要性を増している。民間投資家もまた、インフレや金融不安に加え地政学リスクへの備えとして金を「セーフハーバー(安全港)」とみなし、ETFや現物購入を通じて資金を注いでいる。過去の危機局面でも、金本位制の廃止や通貨切下げが相次ぐ中で**「結局は金に価値が回帰する」**との思想が人々を支えた例がある。現代においても、ドルなど法定通貨へのテーゼ(信認)とそれへのアンチテーゼ(不信と代替模索)の相克の中で、金が改めてジンテーゼ(統合)の価値基盤として浮上しつつある。
1. ウクライナ危機後の地政学的対立と通貨ブロック化の進展
ウクライナ戦争と米国の制裁強化: 2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻以降、米国と欧州は前例のない規模でロシアへの金融制裁を科した。ロシアの外貨準備の凍結や主要銀行の国際決済網(SWIFT)からの排除は、ロシア経済をドル・ユーロ圏から切り離す狙いで行われた措置である。しかし、こうした制裁は既存の国際通貨体制の偏りとリスクを露呈させ、同時に新たな経済ブロックの形成を促す結果ともなった。制裁に直面したロシアは、自国決済網の整備や通貨ルーブルの国際決済利用の拡大を余儀なくされ、これは中国との金融連携強化につながった。
ロシア・中国の決済圏統合: ロシアは2014年のクリミア併合以降、西側制裁に備えて**独自の決済インフラ(SPFSやMIRカード)**を構築してきた。ウクライナ侵攻以降、その動きは一段と加速し、中国人民銀行の決済網(CNAPS)との接続も開始された。注目すべきは、ロシア・ルーブルと中国人民元の為替連動である。ロシアは既に自国通貨ルーブルを人民元との間で許容変動幅を定めた実質的なペッグ制(固定相場制)に移行しており、コロナ危機時にもこのペッグを維持すべく変動バンドを調整する措置を取った。これは中国側が政治・経済的結束を重視した結果であり、両国が多少の経済変動では関係を揺るがさない姿勢を示したものと解釈される。このような中露の「通貨同盟」とも言える動きは、やがてロシア経済が中国圏に取り込まれていく未来すら示唆している。
こうした中露連携は、**「ドル覇権の終焉を加速させる」**ものとして注目されている。中国は以前から人民元の国際化を国家戦略としており、遠隔地との貿易でも人民元建て決済を要求し、相手国に不足があれば人民元建て融資を行うなど流通圏拡大を積極的に図っている。ロシアとの結束強化は、この人民元圏(人民元ブロック)の形成を後押ししており、中国・ロシアという非西側大国の経済圏結合はドル基軸への重大な挑戦となりうる。
BRICSによる多極通貨体制の模索: ロシア・中国に加え、新興国連合であるBRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)もドル依存から脱却する動きを活発化させている。BRICS諸国は貿易決済を自国通貨建てに切り替える試みを進めており、中国とロシア間では貿易の約9割をドルを使わず実施するまでになった。さらに注目されるのが、BRICS共通通貨「UNIT」構想である。2024年のBRICSサミットでは、象徴的な「R5(5か国通貨の頭文字)」紙幣が披露され、将来的な共通通貨への意欲が示唆された。具体化しつつある「UNIT」はデジタル通貨として設計され、40%を金・60%を加盟国通貨のバスケットで裏付けする案が報じられている。これはブロックチェーン技術を用いた分散型の決済・準備資産となる見込みで、基軸通貨ドルへの依存を減らし、参加国間の貿易を直接多通貨で清算することを目的としている。BRICS諸国の経済規模・資源シェア(購買力平価GDPで世界の約39%、天然ガス36%、レアアース72%)を踏まえると、この構想は現実味を帯びつつあり、実現すれば米ドルの支配的地位に挑戦する新たな決済・準備インフラとなりうる。
多極化の進展とドル基軸体制の揺らぎ: 以上のような**「通貨ブロック化」の進展によって、戦後一貫して続いてきた米ドル中心の通貨秩序は変容期を迎えている。米ドルは依然として世界貿易と金融の基軸であるものの、地政学的対立の長期化は主要国に「ドルへの過度な依存はリスクである」との認識を浸透させた。事実、ウクライナ戦争は世界的な脱ドル化(de-dollarisation)の加速剤となったとの指摘がある。ドル資産凍結という前例を目の当たりにした各国中央銀行は、ドル準備の削減と代替策の模索を本格化させた。その結果の一つが、次章で述べるように「金(ゴールド)の戦略資産としての再評価」**である。
2. ドル覇権への不信と金(ゴールド)への期待の高まり
ドルの「武器化」と信認低下: 米ドルは長年「世界の準備通貨」として圧倒的な地位を占め、各国はその信用の下に外貨準備や国際決済を行ってきた。しかし近年、特にウクライナ危機以降の制裁措置で見られたように、米国はドル体制を外交戦略の武器として行使している。ロシアのケースでは、数千億ドル規模のドル資産が一夜にして凍結され、SWIFTからの排除で貿易決済も困難になるという事態が発生した。過去にもイランや北朝鮮に対する金融制裁があったものの、主要国の外貨準備への直接的な凍結措置は極めて異例であり、各国に与えた衝撃は大きい。
この出来事は、「いかに大量の外貨準備を持とうとも、それが他国の通貨である限り政治的リスクに晒される」ことを印象付けた。言い換えれば、**「自国の外貨準備は預け先の政治に左右される」**という不安が顕在化したのである。結果として、ロシアのみならず新興国を含む各国はドル・ユーロへの過度な依存を見直し、制裁耐性のある資産への関心を高めた。
中央銀行による金準備の激増: ドル体制への不信が高まる中、各国中央銀行が選択したヘッジ手段の筆頭が**「金の積極的な購入」である。実際、中央銀行は2009年以降ずっと金のネット買い手に転じていたが、そのペースは近年飛躍的に上昇した。とりわけ2022年以降、中央銀行の金購入量は年1,000トンを超え、過去50年で前例のない水準に達している。これはコールド戦争期の1971年(ニクソン・ショックでドルと金の交換停止)以来とも言われる「金の復権」**とも言うべき動きである。
2024年単年では中央銀行が1,000トン以上(記録更新)の金準備を積み増し、上位の購入国はポーランド、トルコ、インドなど米国と必ずしも敵対関係にない国々も含まれた。これは金購入が特定の政治ブロックだけでなく、世界的に広範な現象であることを示す。欧州中央銀行(ECB)の報告によれば、2024年時点で世界公式準備の中で金の占める比率は約20%に達し、金はユーロを抜いて米ドルに次ぐ第2の準備資産となった。各国中銀の意識も大きく転換しており、調査では約70%の中銀が「今後5年間で金の保有比率をさらに増やす」と回答、同時にドル資産の比率を減らす意向が示されている。背景には、将来的な制裁リスクやドルの価値変動に備え、準備資産を分散・防衛する戦略的動機がある。
こうした金準備拡大の動きは、ロシアや中国のような制裁当事国・対立国だけではなく、相対的に西側寄りの国にも及んでいる点が注目される。これは**「金は地政学的中立資産である」との認識が広がっていることの証左とも言える。金は発行主体を持たず政治的カウンターパーティーリスクがないため、極端な状況下でも価値が毀損しにくい。まさに「究極の外貨準備」**として、各国が競って保有量を増やしている状況である。
金価格の高騰と安全資産需要: 需要拡大に歩調を合わせるように、金価格も近年高騰傾向を示した。2022年以降、インフレ率の上昇や米利上げペースなど金融要因と相まって、地政学リスクが金への「安全資産買い」を後押しし、金相場は過去最高値を更新し続けている。特に2024年から25年にかけては金現物価格が一時1オンス=4,500ドル台から5,000ドル超へ急騰し、年初来で60%以上上昇する局面も見られた(1970年代以来の大幅上昇)。こうした「有事の金買い」は歴史的にも珍しくないが、今回の上昇局面の特徴は中央銀行という公式セクターの構造的買いが相場を下支えしている点にある。
さらに民間部門でも、ETF(上場投資信託)経由での金保有残高が増加し、物理的な金地金やコインの投資需要も高まった。2023年には欧米銀行の経営不安(例:欧州の銀行危機)も投資家の不安を煽り、安全資産である金への資金シフトが起きている。インフレ長期化や米金融政策の転換観測も相まって、**金は単なるインフレ・ヘッジを超え「金融システム不安や国際秩序不安に対する保険」**としての地位を強めている。
金市場をめぐる地政学的評価: ウクライナ戦争が金市場に与えた影響について、分析者は**「今回の金の高騰は単なる景気循環的な動きではなく、構造的変化を反映している」と指摘する。すなわち、各国当局や機関投資家の間で「金はこれからの不確実な時代において戦略的な役割を果たす」**とのコンセンサスが広がった点で、過去の危機時と一線を画す。制裁が引き起こした金融システムそのものへの疑義、すなわち「自国通貨以外に信頼できる価値保蔵手段は何か」という根源的な問いに対し、金がその回答の一部として浮上しているのである。
このように、地政学的対立による通貨ブロック化とドル離れという長期テーマは、金市場への期待を押し上げる大きな要因となっている。次章では、同様に世界がブロック化に陥った1930年代の歴史を振り返り、通貨価値の拠り所をめぐる過去の葛藤と金の役割について考察する。
3. 1930年代のブロック経済:金本位制放棄と経済圏の排他化
世界恐慌と金本位制の崩壊: 1929年の大恐慌は国際金本位制に深刻な打撃を与えた。各国は景気悪化とデフレ圧力に苦しみ、固定相場を維持する金本位制のもとでは十分な金融緩和ができず経済が収縮するというジレンマに直面した。こうした中、1931年9月に英国が主要国に先駆けて金本位制を放棄し、自国通貨ポンドの金兌換停止と切下げに踏み切った。これは当時世界の基軸通貨の一つだったポンドをめぐる大転換であり、英国の離脱後、デンマーク・ノルウェー・スウェーデン(1931年9月)、フィンランド(同年10月)、日本(同年12月)など多くの国が相次いで金本位制を離脱した。1933年までに米国やイタリアを含め計35か国が金本位制から離脱し、自国通貨を切り下げて輸出競争力回復とデフレ克服を図った。
一方で、フランスを中心とする一部の国々(ベルギー、ルクセンブルク、オランダ、イタリア*〈当初〉*、ポーランド、スイス)が**「金ブロック」と呼ばれるグループを形成し、金本位制へのコミットメントを維持した。彼らは1933年のロンドン国際経済会議で為替安定協定を結び、自国通貨の対金価値を堅持することで合意した。しかしこの選択は深刻なデフレ政策を伴い、各国は為替切下げの代わりに関税引き上げや輸入割当といった保護主義で国内産業を守ろうとした。フランスなど金ブロック諸国は通貨価値の維持を最優先した結果、輸出産業は大打撃を受け、資本逃避も招いて経済の低迷が長引いた。結局、金ブロック諸国も1935年にベルギーが離脱、さらに1936年9月の米・英・仏の三国通貨協定(トリポル協定)を機にフランスも含め最後まで残った国が金本位制を断念し、世界的に金本位制は崩壊**した。
この過程は、通貨価値の基盤をめぐる思想的対立としても捉えられる。すなわち、「金による通貨価値の信認を死守すべき」とするテーゼ(命題)に対し、「金本位制を捨て通貨安による景気刺激を優先すべき」とするアンチテーゼ(反命題)が激しく争われた時代だったと言える。金ブロック側は当初、金への固執こそが通貨安定と信用維持に不可欠と信じたが、経済実態はそれを許さず、最終的には金本位制放棄という「歴史的妥協」(一種のジンテーゼ=総合)に至ったとも解釈できる。
スターリング・ブロックと帝国ブロック経済: 英国が金本位制離脱後に取った行動は、自国と結びつきの強い国々との通貨・貿易ブロックの形成であった。イギリス連邦諸国(当時のイギリス帝国の自治領・植民地)や貿易関係の深い諸国は、金の代わりにイギリス・ポンドを国際基軸とみなして自国通貨をポンドに連動させる動きを見せた。これにより非公式ながら**「スターリング・エリア(スターリング・ブロック)」**が1930年代初頭に出現した。多くはイギリス帝国圏の国々だったが、一部は帝国外の国も含まれた。スターリング・ブロックでは、加盟各国が外貨準備をロンドンに置く形でポンドに信頼を寄せ、金本位制離脱後の新たな通貨秩序が英ポンドを中心に回るよう調整された。このブロック内では為替安定と貿易決済の円滑化が図られたが、対外的にはブロック外通貨との間で為替変動が生じ、結果的にポンド圏とその他圏の間で経済圏が分断される形となった。
加えて、英国は通貨のみならず貿易面でもブロック化を推し進めた。1932年7月にカナダのオタワで開催されたイギリス帝国経済会議では、「帝国特恵関税方式」が採択された。これは英国本国と自治領・植民地の間で互恵的に関税を引き下げ(域内関税ゼロもしくは低率)、帝国外の国には高関税を課すというもので、**事実上の閉鎖的経済圏(帝国ブロック経済)を築く政策であった。J.H.リチャードソンの歴史的分析によれば、このオタワ協定は「国内産業を第一、帝国内を第二、外国を最後」**に位置付けるものであり、英国が約80年間守ってきた自由貿易路線を放棄しブロック経済に舵を切った画期とされる。
帝国ブロック以外でも類似のブロック経済が現れた。特にナチス・ドイツは、自給自足的な経済圏を構築すべく中東欧やバルカン諸国との間で二国間貿易協定を結び、クリアリング制(相殺決済)を用いた**「ライヒスマルク・ブロック」**を形成した。ドイツは外貨不足から外貨建て決済を忌避し、相手国と相互に必要物資を交換・決済するバーター的な枠組みを広げた。これは表向きは各国との双務協定だったが、実態としてはドイツを中心に周辺国を経済従属させるブロック形成であり、イギリス帝国のブロック経済と並ぶもう一つの極をなした。
このように1930年代の世界経済は、大国を中心とする複数ブロックへの分断が顕著だった。経済史の研究では、イギリス連邦(コモンウェルス)とドイツ圏の2大貿易ブロック、および金ブロックとスターリング圏という2大通貨ブロックが存在したと整理されている。特に1931年以降、英連邦内の域内貿易は飛躍的に増加し、1939年までにブロック内貿易係数(重力モデルのブロック内貿易指標)は1920年比で2.69倍に達したという研究もある。これらはブロック間で関税や為替が遮られ、距離の経済(交易費用)の影響が変化した結果であった。一方でブロック間の貿易は低迷し、世界全体では1929-32年に輸出額半減という壊滅的な落ち込みとなった。要するに、各ブロックが内向きに結束を強めた反面、国際協調と多国間貿易体制は崩壊したのである。
金をめぐる価値観の対立: 1930年代の通貨・貿易ブロック化の根底には、各国の**「経済的生存を守るためには何を価値の拠り所にすべきか」という深刻な模索があった。金本位制を離脱した国にとっては、自国通貨を切り下げてでも雇用と産業を守ることが急務であり、政府・中央銀行が管理する信用(クレジット)こそ価値安定の鍵と考えられた。一方、金ブロック諸国にとっては、変動相場やインフレは通貨の信用を損ない国内秩序も乱すと映り、「金という客観的価値こそ最後に信じられる基盤」**だとの信念があった。
当時の経済思想界でもこの対立は大きな論点であった。イギリスの経済学者ジョン・メイナード・ケインズは1920年代から金本位制を批判し、金を**「文明国の貨幣制度には不適当な野蛮な遺物」(barbarous relic)と呼んだことで知られる【※ケインズの有名な発言】。ケインズら反金本位制派にとって、金への固執は各国の政策余地を奪い大恐慌を悪化させた元凶であり、人々の生活を守るには管理通貨制度への移行が不可避との立場であった。他方でフランスの政治家・経済学者ジャック・リューエフなど金本位制擁護派は、通貨価値の裏付けを金から離せば際限ない紙幣増発とインフレを招きかねず、長期的には経済の基礎を損ねると主張した。リューエフは「通貨は人々の信頼の上に成り立つ契約」であり、その信頼を保つには金のような変えられない価値**が必要と論じた(リューエフは戦後も金1オンス=35ドルの固定相場制を擁護)。
結果として、1930年代は金本位制というテーゼが打ち砕かれ、各国ばらばらの政策というアンチテーゼが拡がった混乱の時代となった。しかしその混乱は第二次大戦後の**「ブレトン・ウッズ体制」に結実する形である種のジンテーゼに至ったと見ることもできる。すなわち、IMF・世界銀行の創設とともに1944年のブレトン・ウッズ協定で各国通貨は米ドルに固定され、米ドルは金と兌換(35ドル/オンス)**される新体制が確立した。これは各国が直接金本位に戻るのではなく、米ドルという基軸通貨を介して間接的に金本位制類似の枠組みを作る妥協策であった。ブレトン・ウッズ体制は1971年まで続き、結果的に金は再び国際通貨体制の根幹に据えられたのである(もっとも、その後のニクソン・ショックで金との紐付けは完全に断たれ、現在に至る)。
この歴史的経緯から読み取れるのは、危機的局面における通貨価値の基盤(何を信じるか)は常に議論と対立を生み、最終的には何らかの形で金が「最後の拠り所」として浮上してきたという点である。1930年代、各国は一旦は金本位制を捨てたものの、戦後秩序再構築の段階で結局は金への部分回帰を選択した。そこには、紙幣(信用)だけでは安全でないという集団的記憶があったとも言えよう。
4. 金を「価値の最後の拠り所」とする思想:過去と現在
危機下で蘇る「ゴールド信仰」: 大恐慌期の混乱とその後のブレトン・ウッズ体制の成立は、金という資産が経済システムの**「最終防衛線」として意識された一例だった。経済的混乱や通貨への信認喪失が極限に達したとき、人々や国家は究極的に信用できるものを求める。その際に歴史的に選ばれてきたのが金である。金は希少性・物理的実在・誰の負債でもない中立資産という特性から、「最後には金だけが信用できる」**との心理を呼び起こす。事実、1930年代に米政府が国民から金を強制買い上げ(1933年)し通貨切下げを断行した際、人々の間には不安と同時に「やはり金こそ本物の貨幣だ」という感覚が残ったと言われる。極論すれば、紙幣は政府の約束に過ぎないが、金は実物そのものであるという直観的な安心感である。
この**「ゴールド信仰」**とも呼ぶべき思想は、21世紀の現在も形を変えて甦っている。特にウクライナ戦争後の国際金融秩序の揺らぎに直面し、各国政府・中央銀行が示した行動(前章のような金準備の拡大)は、その表れといえる。彼らはおそらく明確に「金本位制復活」を唱えているわけではないが、行動としては「有事に頼れる最後の資産=金」を押さえておこうとしている。JPモルガン(米銀)の創業者ジョン・モルガンはかつて「金こそ貨幣だ。他の全ては信用に過ぎない」(“Gold is money; everything else is credit.”)と述べたと伝えられるが、現代の金融当局者も改めてこの言葉を噛み締めているのかもしれない。
価値基盤をめぐる新たな攻防: 現在進行するドル覇権への挑戦と、それに伴う金への回帰現象は、**新たな「価値攻防」として捉えることができる。ここで言う価値攻防とは、「世界経済の価値尺度・信用の基盤をどこに置くか」を巡る争いである。第二次大戦後から冷戦終結まで、そして21世紀初頭まで、価値尺度の中心は米ドルという一国通貨が担い、それが唯一覇権的なテーゼ(命題)となっていた。しかしウクライナ危機以降、そのテーゼに対するアンチテーゼ(反命題)**が明確に現れてきた。すなわち、「米ドルに依存しない別の価値アンカーを探す」という動きである。
アンチテーゼの一つは、人民元やルーブルといった新興国通貨で部分的に代替しようという試みであり、BRICS共通通貨構想もその延長線上にある。しかしこれら法定通貨には発行国の信用リスクや政治的思惑がつきまとうため、純粋な安全資産とは言えない。そこで補完的に浮上するのが金やその他コモディティ(商品)である。クレディ・スイスのストラテジストであるゾルタン・ポズサールは、ロシア制裁直後の2022年に「新しい世界通貨秩序(ブレトン・ウッズIII)はコモディティ(=外部資産)に支えられるだろう」と予測し注目を浴びた。彼は米ドル中心の「内在的貨幣」(inside money)システムから、金や資源と結びついた「外生的貨幣」(outside money)の時代への移行を論じ、特に中国の人民元は単独で基軸にならずとも**「金など実物資産と連動する形で役割を果たす」**可能性を指摘している。実際、中国は近年産金量・輸入量ともに世界最大であり、自国通貨と金の結びつきを強めることで信用力を高めようとする戦略もうかがえる。
さらに、各国の思惑だけでなく市場の動向としても、デジタル資産やコモディティの台頭が価値攻防に影響を与える。ビットコインなど仮想通貨は「デジタル・ゴールド」とも称され、一部では価値の退避先と見なされるが、その価格変動の大きさや技術的リスクから真の安全資産にはなり得ず、現状では金の地位を脅かすには至っていない。それよりも現実味があるのは、金の再担保化である。既述のBRICSデジタル通貨UNIT構想が示すように、国際決済において金を部分的にでも価値裏付けに用いようという試みが現実に議論されている。これはブロック経済内での決済安定策であると同時に、金を価値基盤の座に復権させる動きでもある。
総合すると、ドルという信用貨幣へのテーゼに対し、「金(およびコモディティ)+多極通貨」というアンチテーゼが台頭しており、その行方として**「新たなシンテーゼ(総合)」が模索されている状況にある。そのシンテーゼとは何か? 一つの可能性は、多極的な準備通貨体制である。ドル・ユーロ・人民元など複数の国際通貨が併存し、それらを相互に補完する形で金が裏打ち(価値の最後の担保)となる構図である。ポズサールも述べるように、「我々は単一覇権通貨ではなく複数通貨が準備資産となる世界に移行しつつあり、金はその中で一段と重要な役割を果たすだろう」。別の言い方をすれば、「金を半歩含んだ新たな金/ドル複合体制」**とも表現できる。
もちろん、このような劇的変化がすぐに実現するかは不透明である。米ドルはいまだ全世界の外貨準備の約6割を占め、ドル建て金融資産の市場規模や流動性は他の追随を許さない。ゆえに、短期的にはドル体制は維持され、金はあくまでサブ的な保険資産の役割に留まる可能性が高い。しかし長期的視座では、「いざという時に信頼できるものは何か」という根源的問いが繰り返し浮上するだろう。その問いに対し、人類が過去数千年示してきた答えの一つが金であった。そして今再び、同じ答えが有力視され始めている点に歴史の螺旋的反復を感じざるを得ない。
5. 結論:価値基盤の行方と金の役割
ウクライナ危機以降の世界は、政治的・経済的ブロック化とそれに伴う国際通貨体制の変容という、新たな長期トレンドに突入している。ドル覇権への挑戦として現れた人民元圏・ルーブル圏の台頭、BRICSの共通通貨構想などは、1930年代のブロック経済を想起させる歴史的パラレルを伴う現象である。当時、各国は金本位制という共通基盤を失い、帝国・国家ブロック単位で通貨と貿易を再編した。その結果、通貨価値の拠り所を巡って対立が生じ、世界経済は分断と停滞を余儀なくされた。
21世紀の現在、同様のリスクを孕みつつも違いがあるとすれば、過去の教訓を部分的に学習している点であろう。すなわち、「価値の最後の拠り所」としての金を予め押さえておくという動きである。中央銀行の金買い増しや、金担保デジタル通貨の模索は、ブロック化が進む中でも共通の価値基盤を維持・創造しようとする試みとも読める。それはテーゼ(既存ドル体制)とアンチテーゼ(脱ドル化)の対立から生まれるシンテーゼ(新たな価値秩序)の胎動かもしれない。
「金は究極的には価値を裏切らない」という思想は、人類の経済史に繰り返し現れる不変のテーマである。戦争・恐慌・ハイパーインフレといった危機の度に、人々は紙幣や債券を捨て、最後に手元に残す価値として金を選んできた。同様に国家もまた、最悪の事態に備えて金を壇上に据える。今後、地政学的緊張や経済ブロック化がどこまで進展するにせよ、金が「価値の最後の砦」として尊重される限り、それ自体が国際経済の安定装置となり得る。逆に言えば、金への信頼が人々に残っている限り、通貨価値の崩壊や極端な無秩序は回避できる可能性があるとも言える。
21世紀の国際金融は、デジタル技術や新興大国の勃興によって劇的な変化を迎えている。しかし最終的な問い、「何が真に価値を担保するのか」は不変だ。ドルか、人民元か、それとも金か――この価値基盤を巡る攻防戦は今まさに進行中であり、その行方によっては金(ゴールド)が再び世界経済の中心で輝く時代が到来するかもしれない。その意味で、金への期待は単なる投機ではなく、長期的な思想と歴史の帰結として強まっているのである。

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