問題設定
2025年10月、投資家レイ・ダリオは米国の債務問題について「真剣な対策が講じられるのは遅すぎるだろう。2026年は中間選挙の年で政治家は歳出削減や増税といった痛みを伴う措置を取ろうとしない。超党派委員会がその後に組織されたとしても時間が掛かり、実効性は低い」と述べました。この主張を軸に、債務問題への対処について賛否両論を検討し、両者の総合を試みます。
テーゼ(主張)
レイ・ダリオの見解は、米国の債務が既に危険水準に達しているという「財政赤字危機」論に立脚しています。米国の債務残高は2025年時点で約39兆ドルに達し、今後10年でさらに23兆ドルの累積赤字が見込まれています。第二次世界大戦後の記録を上回る水準であり、利払いだけで年間1兆ドル近い費用がかかっています。
社会保障やメディケアといった義務的支出が急増し、高齢化によって負担は今後も増える見通しです。債務が増え続けることで国債市場の信認を失い金利急騰を招き、経済を失速させる危険があると懸念されます。ダリオは中間選挙などの政治要因が改革を遅らせ、必要な歳出削減や増税が先送りされると述べました。彼は財政赤字をGDP比約3%に引き下げるべきだと主張し、1990年代のような超党派による合意が必要だが実現は難しいと悲観しています。こうした立場の論者は、利払い負担の増大が他の支出を圧迫し経済成長を阻害するとして、早急な財政緊縮(増税と歳出削減)を唱えます。
アンチテーゼ(反対意見)
漸進的な財政再建
米国の財政再建については、急激な緊縮よりも段階的かつ税収拡大中心のアプローチが望ましいという研究があります。財政再建は一度に前倒しで実施するよりも段階的に行った方が効果的で短期的なGDPへの悪影響が小さいとされます。支出削減中心で行うと公共投資や政府支出を削り経済活動を抑制してしまうため、税収増を中心にした方が経済への悪影響が小さいという指摘があります。米国の消費税や環境税はOECD平均より低く、税基盤を広げることで増税の歪みを抑えられるとされています。
成長投資による債務解消
他の論者は、緊縮ではなく投資による成長で債務を圧縮すべきだと主張します。2025年に成立した「One Big Beautiful Bill」など、成長戦略は税控除やインフラ投資を通じてAIなどの新技術を後押しし、GDPを拡大して債務比率を下げることを狙っています。SGCリサーチによれば、債務対GDP比の改善は緊縮ではなく経済成長によって達成された歴史的例が多いとされます。米国は世界の基軸通貨であるドルを発行する特権を有しており、外国投資家の強い需要に支えられて比較的低金利で借入が可能です。そのため、ドル需要が強い間は他国よりも大きな財政余地があると指摘されます。国債発行で資金を調達して教育やインフラ、研究開発など将来の生産性を高める投資に使えば、長期的に税収増を通じて債務返済に寄与し得ると考えられます。逆に、短期的な給付に偏れば効果は薄いでしょう。厳しい緊縮は経済活動を急激に縮小させて債務比率を悪化させたギリシャや英国の例があり、債務が自国通貨建てであれば成長と適度なインフレにより債務を実質的に軽減する方策が有効とされています。
現代金融理論(MMT)の視点
現代金融理論(Modern Monetary Theory, MMT)は、通貨発行権を持つ政府は自国通貨建て債務の返済能力があるため、財政赤字そのものへの恐怖は過剰だと指摘します。債務の持続可能性は「利子率が成長率より低い」という条件に左右されず、中央銀行が政策金利を調整して債務コストを管理できると見るのがMMTの基本的な立場です。米国は自国通貨建てで借入れ、変動為替制でドルが世界の基軸通貨であるため「貨幣主権」があり、インフレを抑えながら赤字を拡大できる余地が大きいとされています。MMTは従来の財政均衡論を批判し、債務残高を単純に危険視するのは誤りだとします。ただし、インフレ管理や生産資源の制約といった現実的な課題は認めています。
総合(ジンテーゼ)
弁証法的に考察すると、ダリオの警告は債務急増と政治の無策が危機を招く可能性を指摘した点で重要です。特に利払い負担の拡大や格付け機関からの警告は無視できません。しかしながら、対策として即時に大規模な緊縮を行えば景気を悪化させ、債務比率をむしろ悪化させるおそれがあります。
まず、短期的な危機回避と長期的な持続性の双方を考慮した段階的な財政再建が必要です。税基盤の拡大や適度な増税によって収入を増やしつつ、公共投資を削減しすぎない方が経済への悪影響は小さいでしょう。次に、将来の成長を生み出す投資の選択が鍵となります。基軸通貨の発行国として米国には一定の財政余地がありますが、それを無駄遣いではなく教育・インフラ・研究開発など生産性向上に振り向けることが重要です。最後に、通貨主権を持つ政府は債務の名目返済能力を持つことを踏まえつつ、インフレと為替の安定を維持することが信認の条件です。MMTが示すように、財政赤字や債務残高自体に過度にとらわれるのではなく、実体経済の需給バランスを重視する視点も欠かせません。
要約
レイ・ダリオは、2026年中間選挙に配慮した政治家が増税や歳出削減を避けるため、米国の債務危機への対処が遅すぎると警告しました。米国の債務は39兆ドル近くに達し、利払いが1兆ドル規模に膨らむなど危機的な指標が示されています。こうした状況からダリオはGDP比3%への赤字削減を図る緊縮策を求めています。
一方、政策研究者や他の経済学者は、急激な緊縮よりも段階的な財政再建や成長投資による債務比率低下を提案します。米国が世界の基軸通貨国として大きな財政余地を持つことから、インフラや教育といった将来の生産性向上に資金を投じて経済成長を促し、債務比率を低下させる戦略も提示されています。さらにMMTは、通貨発行権を持つ政府は自国通貨建て債務の返済能力があるため、債務残高に過度な恐怖を抱く必要はないと指摘し、インフレ管理や実体経済の欠乏への対応を重視すべきだと提案しています。
総合的に見ると、米国債務問題は単純な緊縮か放漫財政かといった二項対立ではなく、政治的・経済的制約の中で税制改革、成長投資、適度な歳出改革を組み合わせたバランスの取れた対応が求められます。政治日程が改革を遅らせる可能性はあるものの、長期的な視野に立ち、景気を損なわない形で債務の持続可能性を確保する政策が必要です。

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