序論
米国が巨額の負債やドル安、政治的分断に直面している現状を踏まえ、金と米連邦準備制度(FRB)の役割を再考すべきである。米国の金準備を活用し、金に裏打ちされた50年物の国債を発行して通貨の安定と財政規律を回復する案を提示したい。こうした提案は支持者の間で注目を集める一方、経済学者や政策当局者からは強い批判もあり、金本位制復活の可能性をめぐる議論が続いている。
テーゼ:金に裏打ちされた通貨が必要だという主張
財政規律と通貨の信頼性の回復
米国の負債膨張とドル価値の下落は世界の信認を損ないつつあり、金と銀こそ「価値を測る唯一の物差し」として通貨を裏付けるべきだと強調している。トランプ政権で経済顧問を務めたジュディ・シェルトンは、2026年7月4日発行・2076年7月4日償還の50年物金連動国債の発行を提案した。シェルトンは米国の金準備(約8,133トン)を担保に長期国債に金兌換機能を付ければ、通貨の信頼性を高めながら高騰する金価格を利用して国の信用を回復できると主張している。金兌換債は市場に金価格の目安を提供し、政府による通貨の過剰発行に歯止めをかける仕組みとなる。
世界的な金需要の高まり
各国中央銀行が金の保有を増やし、国外保管していた金を国内に返還する動きが相次いでいると指摘している。世界の金需要は2025年に5,000トンを超え、中央銀行の購入量は過去最高に近い863トンに達した。例えばポーランドは2017〜2019年に125トンの金を買い増し、8,000本(約100トン)の金塊を海外から国内へ戻した。中国は米国債保有を減らし続け、2025年7月には保有額が7307億ドルと2008年以来の低水準となった一方で、公的な金購入を15か月連続で行っている。こうした状況から、金本位的な制度を採用しなければ米国は基軸通貨の地位を失うと警告している。
歴史的伝統への回帰
1986年にレーガン大統領が「金を基準とする規律が失われたためインフレが起こった」と述べ、銀貨「アメリカン・シルバー・イーグル」の発行を支持した。トランプ元大統領がフォートノックスの金準備の監査を要求し、金本位制復活を示唆する発言をしたことも引用し、金が米国の建国精神に根ざした財貨であると強調している。
アンチテーゼ:金本位制復活への批判
金本位制の経済的欠陥
経済史家や中央銀行は、金本位制が経済安定を損なうと指摘する。フィラデルフィア連邦準備銀行の研究では、金本位制下では外部ショックによって貨幣供給・物価・産出が変動し、短期的な景気不安定を招くとされる。ビル・ミッチェルは、金本位制は物価変動や銀行危機を防げず、貿易赤字国には失業とデフレを強いる「不況バイアス」があり「復活は考えるべきではない」と断じている。金本位制には金価格に連動して物価が変動すること、金鉱採掘量が金融環境を左右すること、国際決済のために金を送金する必要があること、採掘・保管に巨額のコストがかかり、現代の金融制度よりインフレと景気変動が大きかった。
国際協調と法律上の障害
ブリタニカ百科事典は、金本位制の利点として政府や銀行による過剰な通貨発行を抑制すること、固定為替相場で国際貿易の確実性が高まることを認めつつ、欠点として貨幣供給の柔軟性不足、世界的な不況・インフレから自国経済を隔離できないこと、支払不均衡是正に伴う長期失業増大を挙げている。金本位制を再導入するには連邦準備制度の役割や法定通貨の定義を大幅に改正する必要があり、議会での激しい政治闘争と憲法上の検討が避けられない。
保守系の政策提案で金を通貨に再リンクさせる案が注目されているものの、実際に金本位制を復活させるには議会の立法や連邦準備制度の権限縮小など大規模な法的・制度的改革が必要であり、象徴的な監査や会計上の再評価にとどまる可能性が高い。現代のマネーサプライは米国が保有する金準備の何倍もあるため、金本位制を採用するには金価格を極端に引き上げるか、貨幣供給を大幅に縮小する必要があり、技術的にも困難である。
政策当局者の立場
FRB議長ジェローム・パウエルは2019年の議会証言で「金価格の安定に専念すれば最大雇用と物価安定の使命を放棄せざるを得ない」と述べ、金本位制復活に否定的な立場を表明した。パウエルは、金価格が経済目標と逆方向のシグナルを出すことが多く、金本位制を採用している国はないと指摘した。こうした意見は、中央銀行の柔軟な金融政策を維持する観点から金本位制復活に反対する立場を代表している。
ジンテーゼ:折衷的な展望
金本位制復活論は、政府の財政規律や通貨の信頼回復を求める声に応えるもので、中央銀行の金保有増加や米国債の膨張が続く中で一定の共感を集めている。ジュディ・シェルトンの金連動国債提案は斬新であり、金価格の指標を提示し金準備の有効活用を図る点で意義がある。しかし、歴史的経験と現代の金融規模・政策目標を考慮すると、厳格な金本位制は経済安定を損ない、現代経済に適合しない。金準備の制約やデフレ圧力、国際協調の難しさから全面的な金本位制復活は非現実的である。今後の議論は、金を直接通貨に裏付けるのではなく、金準備の監査・報告の透明性向上や財政規律の法制化といった制度改革、デジタル通貨技術の活用などを通じて信認を回復する方向に向けられるべきだろう。

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