アリストテレス(Aristoteles, 紀元前384年頃 – 紀元前322年)は、古代ギリシャの哲学者で、プラトンの弟子であり、アレクサンドロス大王の教師でもありました。彼の晩年については、比較的少ないながらもいくつかの重要な出来事が知られています。
■ 晩年の主な出来事(紀元前323年〜322年頃)
1. アレクサンドロス大王の死(紀元前323年)とアテナイでの反動
- アリストテレスはアレクサンドロス大王と関係が深かったため、アレクサンドロスの死後、反マケドニア感情が高まったアテナイで政治的に危険な立場に置かれました。
- その結果、アテナイ市民から「神を冒涜した」として訴えられます(これは事実上の政治的嫌疑とみられています)。
2. アテナイからの退去とカルキスへの移住
- アリストテレスは裁判を受ける代わりに、自主的にアテナイを離れ、母の故郷であるエウボイア島のカルキスへ移ります。
- 彼はこの退避を「アテナイ人にもう一度哲学に罪を犯させないため」と皮肉を込めて述べたと伝えられています(ソクラテスの処刑を意識した言葉)。
3. カルキスでの死(紀元前322年)
- アリストテレスはカルキスで病死しました。死因については詳細は不明ですが、消化器系の疾患(胃腸の病)だったとされることが多いです。
- 享年は約62歳。
■ 晩年の哲学的活動
アリストテレスは晩年まで執筆活動を続けていたとされ、以下のような著作がこの時期にまとめられた可能性があります:
- 『形而上学』
- 『ニコマコス倫理学』
- 『政治学』
- 『詩学』
彼の著作は、講義用ノートのような形で残されたものが多く、リュケイオン(自らが設立した学園)での教育と深く関わっています。
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