トランプ大統領とウィリアム・マッキンリー:理想の大統領像をめぐる弁証法的考察

ドナルド・トランプ前大統領は、しばしば第25代米国大統領ウィリアム・マッキンリーを理想的な指導者として称賛してきた。とりわけ、保護貿易を軸とする経済政策や「アメリカ第一」を掲げた国家運営において、トランプ氏はマッキンリーの先例に倣おうとしていると指摘される。

本稿では、このトランプ氏によるマッキンリー理想視について、三段階の弁証法(テーゼ・アンチテーゼ・ジンテーゼ)を用いて論じる。まずテーゼとして、トランプ氏がマッキンリーを模範視する理由を整理する。次にアンチテーゼとして、両者の時代背景や外交姿勢・帝国主義的行動の違いから、この見方への批判を考察する。最後にジンテーゼとして、これら対立する側面を統合し、トランプ氏がマッキンリーの理念を現代に再解釈し適用しようとしている様相を論じる。

テーゼ:トランプがマッキンリーを理想視する理由

トランプ氏にとってマッキンリー大統領は、高関税によって米国の経済的繁栄を実現した大統領である。マッキンリー大統領は1890年代に平均関税率を50%前後にまで引き上げ、国内産業の保護と成長を促した。この時代、米国には所得税が存在せず、財政収入の柱は関税であった。トランプ氏はしばしば「19世紀末のマッキンリー政権期にアメリカは史上もっとも裕福になった」と述べ、関税政策が国富増大の原動力になったと強調している。彼はマッキンリーを「関税によって米国を豊かにした生来のビジネスマン」と評し、自身も「関税マン(Tariff Man)」を自任するなど、高関税政策を現代に復活させることで米国経済の再興を図ろうとしている。

さらに、トランプ氏はマッキンリーにアメリカの国力強化と領土拡張の成功例も見出している。マッキンリー政権下では1898年の米西戦争によって米国が海外領土(プエルトリコ、グアム、フィリピン)を獲得し、ハワイも併合されるなど、アメリカが帝国的勢力を拡大した。トランプ氏はこれを「アメリカが世界に勢力範囲を広げた黄金時代」と捉え、自身の「アメリカ第一主義」と重ね合わせている。その象徴として、彼は大統領就任直後に北米最高峰の山の名称を再び「マッキンリー山(Mount McKinley)」に戻す大統領令に署名し、マッキンリーが米国の世界進出に果たした役割を称賛した。つまり、トランプ氏にとってマッキンリーは、強い経済と積極的な国益追求によって「アメリカを偉大な国」に押し上げた指導者であり、自身の目指す国家像の歴史的範型なのである。

アンチテーゼ:歴史的相違と理想視への批判

しかしながら、トランプ氏のマッキンリー礼賛には多くの批判と疑問が存在する。まず、両者が置かれた歴史的な環境は大きく異なる。19世紀末の米国は工業化の進展期であり、主要な財源が関税だった一方、21世紀の現代はグローバル化した経済体制の下で各国が相互に依存している。マッキンリー時代に通用した高関税政策も、現在では貿易相手国の報復や世界経済の混乱を招きかねない。実際、マッキンリーが推進した1890年代の高関税政策は国内物価の高騰や貧富の格差拡大を招き、共和党はその反動で選挙で大敗を喫した過去がある。

さらに、トランプ氏が「最も豊かだった」と称える1890年代の米国経済も、1893年の恐慌に端を発する深刻な不況と長期の高失業率に苦しんだ時期でもあった。マッキンリー自身、大統領在任中に保護主義の限界を悟り、各国との貿易拡大や関税の相互撤廃を訴える方向へと転換している。これらの歴史的事実は、トランプ氏の描く「関税で繁栄した黄金時代」という図式が必ずしも正確ではないことを示唆している。

外交と対外政策の面でも、両者の姿勢の違いは明白である。マッキンリー大統領は米西戦争の際、国内世論に押されて参戦したものの、当初はキューバ独立支援に限定し、帝国主義的な領土拡張には慎重であった。彼の政権は戦勝後にフィリピンやプエルトリコを統治下に置いたが、同時に中国に対しては「門戸解放」政策を掲げ、列強による植民地分割を抑止する立場を取っている。これは、武力による征服よりも公正な貿易体制を重視する姿勢を示すものだった。一方のトランプ氏は、就任以来グリーンランド買収やパナマ運河の再掌握、隣国カナダの合衆国編入など唐突な領土拡張発言を繰り返し、関係国から猛反発を招いたが、そもそもこうした領土併合の発想自体が現代の国際常識に反しており現実性に乏しい。また、トランプ氏の外交姿勢は国際協調よりも一国主義に傾いて通商協定からの離脱や同盟関係の軽視といった対外強硬策が目立つが、これは最終的に米国の国際的地位を損ねかねないという批判もある。要するに、トランプ氏が理想視するマッキンリー像は歴史的文脈を無視した一面的な解釈に過ぎず、そのまま現代に当てはめることには無理があると言えよう。

ジンテーゼ:マッキンリー理念の再解釈と現代への適用

以上を踏まえると、トランプ氏のマッキンリーへの傾倒は単に過去を美化するものではなく、歴史的理念を現代に再適用しようとする試みと捉えられる。両者はそれぞれの時代に急速な国際環境の変化に直面し、国内の繁栄と国力強化を最優先に掲げた点で共通している。トランプ氏は、マッキンリーの理念——すなわち「高い関税による国内産業の振興」と「積極的な国益の追求」によってアメリカの繁栄を築くという思想——を21世紀の状況に合わせて復活させようとしているのだ。

現代では露骨な領土拡張こそ困難だが、その代わりにトランプ氏は通商交渉や制裁措置を駆使して米国の影響力を高めようとしており、経済面での主導権確保によってある種の「帝国的」優位を築こうとする姿勢が窺える。こうした政策の根底には、グローバル化による自国の相対的地位低下への危機感があり、それに応える手段として過去の保護主義的ナショナリズムが再解釈されていると言える。すなわち、トランプ氏がマッキンリー時代の「関税でアメリカを豊かにし偉大にした」という物語を現在によみがえらせることで、自身の掲げる「アメリカを再び偉大に(Make America Great Again)」というビジョンに歴史的正当性を付与しようとしているのである。

要約

トランプ氏は、経済的繁栄や保護貿易政策を推進した第25代大統領マッキンリーを理想として掲げている(テーゼ)。マッキンリーは19世紀末に高関税による国内産業振興や米国の勢力拡大を実現し、トランプ氏はこれを「アメリカ第一主義」のモデルと見なしている。一方で、現代と当時の時代背景は異なり、高関税政策の副作用や帝国主義的な領土拡張の非現実性が批判される(アンチテーゼ)。これらを統合すると、トランプ氏のマッキンリー礼賛は単なる過去の模倣ではなく、その理念を現代的文脈に再解釈して、21世紀型の経済的・政治的優位性を追求しようとしていることが分かる(ジンテーゼ)。

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