本稿では、ヘーゲルやマルクスの弁証法的枠組みを借りて、財政政策の目的について三段階で考察する。まず「財政政策の目的はインフレ抑制である」というテーゼ(命題)を提示し、ついで「財政政策はむしろ経済刺激や成長を目的とする」というアンチテーゼ(反命題)を論じる。最後に両者の対立を統合し、財政政策の本質を浮き彫りにするジンテーゼ(統合)を導く。
テーゼ:財政政策の目的はインフレ抑制である
財政政策のテーゼとしては、まず第一に物価安定の重要性が強調される。悪性のインフレとは貨幣価値が急落し、物価が制御不能に上昇する状態を指す。こうした状況では実質購買力が大幅に減少し、労働者や家計の生活が成り立たなくなるだけでなく、経済の資源配分もゆがみ、混乱が生じる。したがって、政府は増税や歳出抑制などの緊縮的財政政策によって市場への資金流入を抑え、総需要を引き締めてインフレ圧力を緩和する役割を担うと考えられる。この考え方では、財政均衡を維持しつつ物価を安定させることこそ国家経済の秩序を守る最重要課題となる。
アンチテーゼ:財政政策は経済刺激・成長を目的とする
これに対するアンチテーゼでは、財政政策はむしろ経済成長の促進を本旨とするという立場がとられる。具体的には、景気後退やデフレ傾向の際に政府は公共投資や減税、社会保障の拡充など財政支出を拡大し、需要を喚起することで生産・雇用を増加させるべきだとされる。ケインズ経済学が示すように、十分な需要がなければ企業は投資を手控え、失業が増大する恐れがあるため、拡張的財政政策は景気浮揚の有効な手段と位置付けられる。インフレ抑制の観点を過度に優先すると、需要不足によって経済成長が阻害され、深刻な失業やデフレを招くおそれがあるという批判も存在する。要するに、アンチテーゼでは財政政策は単なる物価抑制策ではなく、むしろ成長軌道への誘導という機能も重視される。
ジンテーゼ:インフレ抑制と経済成長の均衡的統合
ジンテーゼでは、前記のテーゼとアンチテーゼを相互に包含しつつ、より高次の視点で財政政策の本質を見定める。すなわち、財政政策はインフレ抑制と経済成長という一見矛盾する二つの目標を動的に調和させるべきだと捉える。この両者の統合的アプローチは、弁証法的に言えば「否定の否定」を経て質的に新たな政策目標を生み出す過程である。
具体的には、物価が急騰しはじめた局面では財政を引き締めてインフレ圧力を抑制し、一方で経済が停滞している局面では財政出動で需要を支えながら成長を促す。このような弾力的かつ循環的な政策運営によって、財政政策は安定的な物価と持続可能な成長の両立を図る。哲学的には、ヘーゲル・マルクスの弁証法において矛盾する要素が統一されることでより包括的な「全体」が現れるとされるように、財政政策もインフレ対策と成長戦略を同時に包摂し、新たな均衡的目的を形成する。
要約
以上の議論をまとめると、財政政策の本質は単一目的にとどまらないことが分かる。テーゼとしてインフレ抑制を掲げたとき、その対極として経済成長の追求というアンチテーゼが浮上する。弁証法的な視点からは、この両者の対立がむしろ財政政策の課題を明らかにし、それを統合する過程で新たな次元の目標が出現する。言い換えれば、財政政策はインフレ抑制と経済活性化という二つの矛盾を包含し、その調和を通じてはじめて真の機能を発揮すると結論付けられる。
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