テーゼ(正):ドル基軸経済と金の位置付け
20世紀後半から21世紀初頭にかけて、米ドルと米国債は世界経済の基軸として安定的な安全資産とみなされてきた。ブレトンウッズ体制崩壊後もドル支配力は維持され、米国債は低リスク資産と信用された。こうした体制下では、金は主にインフレヘッジや金融不安時の逃避先としての役割にとどまり、市場での価格変動も比較的抑制されていた。例えば、米国が高インフレに苦しんだ1970年代後半に金価格は上昇したものの、以降は金融引き締めで下落し、次に大きく上がるのは21世紀に入ってからであった。このように、ドル基軸体制が安定している間は、金は決定的な代替資産とはならなかった。
アンチテーゼ(反):ドル信頼の揺らぎと金の台頭
近年、米国の巨額財政赤字や金融緩和の長期化、地政学リスクなどにより、米ドルおよび米国債の信頼が揺らいできた。長期金利の急上昇やインフレ持続懸念、債務負担の増大に対し、「米国債はもはや真の安全資産でない」といった指摘(例:著名投資家のガンドラック氏)も増えている。このような状況下で、市場参加者はドル依存からの脱却を模索し、金への注目が高まっている。実際、ここ数年で金価格は過去最高値を更新する勢いで上昇し、投資家・中央銀行ともに「代替的な高品質資産」として金の重要性を再認識している。
シンテーゼ(合):多極通貨体制の兆しと金の再評価
ドル信頼の揺らぎを背景に、従来のドル一極支配から脱却する金融秩序の構想が浮上し始めている。複数の通貨や資産を並列させる多極・多軸通貨体制の議論が進み、人民元やユーロ、新興国通貨、さらに金などによるリスク分散が模索されている。中央銀行デジタル通貨(CBDC)の研究開発も世界的に加速し、国際送金・貿易決済での利用が検討されている。こうした潮流の中で、金は依然として普遍的な価値保存手段として重視される可能性がある。金は法定通貨ではないものの、インフレヘッジや金融制裁回避の観点から「最終的な信用の逃避先」として機能し得るため、次世代の多極通貨体制における中立的な橋渡し資産・安全網の役割が再評価されている。
BRICS諸国の金購入動向と影響
BRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)諸国の中央銀行は、近年外貨準備に占める金の比率を引き上げている。特に中国やロシア、インドなどは政策的に金を大量に購入し、2008年以降の累計で数千トン単位の純増となった。これによりBRICS全体の金保有量は世界シェアで大幅に拡大し、かつて5%程度だった比率が20%超にまで上昇したとされる(近年は増加率が落ち着いてきたものの)。こうした金購入の背景には、脱ドル化や金融制裁回避、国家財政の信認強化といった戦略的意図がある。ドル建て資産のリスクを分散しつつ、通貨主権を高める手段として金は活用されるため、BRICS各国はリスク分散の観点で金を重視している。その結果、中央銀行による大口の金需要は市場の需給に大きく影響し、長期的な上昇要因となっている(需給逼迫感から価格を押し上げる要素となっている)。
多極通貨体制構想とCBDCの展望
米ドル依存に対抗する動きとして、多極・多軸の通貨体制構想が各国で進展している。中国は人民元の国際化を推進し、国際決済ネットワーク(CIPSなど)やデジタル人民元(e-CNY)を活用した人民元建て取引を拡大している。ロシアや他の新興国も、自国通貨や人民元、ルピーなどでの貿易決済を増やす仕組みを構築中だ。さらに中央銀行間では、デジタル通貨同士を結ぶ国際システム(例:BIS主導のCBDCプラットフォーム「mBridge」)の実証実験が進行している。一方、BRICS内では共通通貨や金担保デジタル通貨のアイデアも論じられてきたが、経済規模や政治的利害の相違から実現には課題が多い。こうした構想の中で、金は依然として「国際的な価値の尺度」として注目される。金は中央銀行の準備資産として透明性が高く、かつ価値が崩れにくいため、通貨価値を支えるバックアップや決済手段の一つとして位置付けられ得る。実際、BRICS諸国では金保有のさらなる増加余地が指摘されており、多軸通貨体制が進むほど金の重要性は増すと見られている。
要点まとめ
- これまで米ドルと米国債が世界の安全資産の中心だったが、近年の経済・金融不安で信頼が揺らぎ、金が再び代替資産として脚光を浴びている。
- BRICS諸国は脱ドル化・金融主権強化を狙って外貨準備の金保有を積極的に増やしており、これが金需要を押し上げ、金価格上昇の要因となっている。
- 人民元やCBDCを含む多極通貨体制の構想が進む中で、金は依然として普遍的な価値保存手段・安全網として重要視されており、新しい国際金融秩序において大きな役割を担う可能性がある。
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