簡易課税・本則課税・2割特例:制度選択の誤りが命取りになる理由

序論:インボイス制度の経過措置と小規模事業者

2023年10月に適格請求書等保存方式(インボイス制度)が始まると同時に、免税事業者だった個人や小規模法人が課税事業者として登録しやすいように「2割特例」が設けられた。この特例では、登録日を含む課税期間から2026年9月30日までの間に限り、基準期間の課税売上高が1,000万円以下の登録事業者は売上にかかる消費税の20%だけを納付すれば良い。手続きは申告書のチェック欄に印を付けるだけで、届出も二年縛りも無い。ところが、特例は2026年9月末で終了し、それ以降は一般課税(本則課税)か簡易課税のいずれかで税額を計算しなければならない。そのため「売上高1,000万円以下の事業者は特例終了後に消費税が払えなくなる」「突然納付額が2倍になる」という悲観的な声が広がっている。以下ではこの主題を弁証法的に検討する。

正(テーゼ):特例終了後に小規模事業者の負担が激増する

  1. 2割特例は極めて有利である。 特例を使うと、消費税の納付額は売上税額の20%に固定されるため、仕入や経費が少ない業種ほど有利である。例えば飲食店や講師業などサービス業では、実際の仕入税額控除が低いので、2割特例を適用すると一般課税より納付税額が半分以下になることがある。あるシミュレーションでは飲食店が800万円の売上を上げた場合、一般課税では約40万円の消費税を納付しなければならないのに対し、2割特例なら約16万円で済み、納税額が半減する。特例終了後はこの差額分を自力で負担しなければならず、資金繰りが急激に悪化する懸念がある。
  2. 納税額の増加が2倍にとどまらない可能性もある。 2026年10月からは、免税事業者からの仕入れに対する経過措置(仕入税額の80%控除)も50%に縮小される。免税事業者として取引を続けると、取引先から値下げ圧力を受けるか取引中止のリスクがあり、結果的に課税事業者として負担の重い一般課税を選ばざるを得なくなる。2割特例が無くなれば、売上規模に対して納付額が倍増し、さらに取引先からの値引き要求が重なる可能性がある。
  3. 届出の遅れが致命傷になる。 特例終了後に簡易課税制度を使うには、原則として課税期間開始前までに「簡易課税制度選択届出書」を提出する必要があり、届出が無い場合は一般課税を強制される。一般課税では仕入税額控除のためにインボイスを保存・集計する必要があり、事務負担と資金的負担が大きい。もし特例後の届出を忘れれば、せっかくの簡易課税を使えず納税額が跳ね上がり「そのままお陀仏になる」という不安が生じる。

以上の理由から、売上1,000万円以下の事業者にとって2割特例は「命綱」であり、その終了は資金繰りを圧迫し、消費税が払えなくなる恐れがあると考えられる。

反(アンチテーゼ):悲観論には過剰な面もある

  1. 特例はあくまで経過措置であり、他の選択肢も存在する。 2割特例の対象は基準期間の課税売上高が1,000万円以下の新規登録事業者に限られており、適用期間も2026年9月末までと初めから決められていた。特例終了後も、小規模事業者には簡易課税制度という選択肢がある。簡易課税は基準期間の売上が5,000万円以下なら利用でき、みなし仕入率に基づき仕入税額控除を計算するため、実際の仕入が多くなくても控除額が大きくなり、2割特例より有利になる場合がある。
  2. 業種によっては簡易課税の方が負担が低い。 卸売業ではみなし仕入率が90%と高く設定されており、売上550万円のケースでは2割特例を選ぶと納付額が約10万円なのに対し、簡易課税なら約5万円で済むと試算されている。逆にサービス業のように仕入が少ない業種は2割特例が有利だが、各事業者が自社の売上構成と経費を分析して制度を選ぶべきである。財務省のFAQでも、卸売業など特定業種では簡易課税の方が納付額が少なくなる場合があると指摘している。
  3. 届出忘れへの救済措置がある。 通常、簡易課税の届出は課税期間開始前までに提出しなければならないが、インボイス制度開始時に免税事業者だった者が登録した場合は2029年9月30日までの間、その課税期間中に届出しても適用される特例がある。さらに、2割特例を利用していた事業者については、特例終了後の次の課税期間の末日までに届出を提出すれば、当該課税期間の初日に届出があったものとみなされる救済規定が設けられている。よって届出を忘れたら即座に本則課税になるわけではなく、一定の猶予がある。
  4. 消費税は本来「預り税」であり、価格転嫁が原則である。 消費税は最終消費者が負担する税であり、事業者は売上代金に消費税を上乗せして請求し、その預かった税額から仕入れにかかった税額を控除して納付する仕組みである。消費税が払えないというのは、税額を事業者自身の利益から支出していることを意味し、本来は価格設定や資金管理が十分でなかったことを示す。顧客がBtoC中心であればインボイスが不要な場合もあり、免税事業者に戻るという選択肢も残る。

合(シンセーゼ):現実的な対応策とバランスの取れた視点

正反両面を踏まえると、「2割特例終了=小規模事業者の破綻」という単純な図式ではないことが分かる。一方で、特例の終了により消費税負担が増える事実は否定できず、特に仕入れが少ないサービス業などは納税額が大きく上昇する。他方で、簡易課税や本則課税という選択肢があり、業種によっては簡易課税の方が有利になる。また、簡易課税の届出期限には救済措置が用意されている。事業者はこれらの制度を比較し、自社の仕入れ率や設備投資計画に基づいて納税方法をシミュレーションすることが重要である。2割特例に頼りきりにならず、今のうちから納税資金を積み立て、価格転嫁の方針を取引先と話し合うことも欠かせない。また、インボイス制度に伴う経過措置(2026年10月以降は仕入税額控除の80%→50%へ縮小)にも注意し、免税事業者でいるか課税事業者になるかを見直す必要がある。

要約

インボイス制度の「2割特例」は、基準期間の売上が1,000万円以下の新規登録事業者が2023年10月から2026年9月までの間、売上税額の20%だけを納付すればよいという暫定措置である。この特例の終了により、仕入れが少ないサービス業などでは納付額が従来の2倍近くに増える可能性があり、届出を怠れば一般課税を強制されるため資金繰りが悪化するという「悲観論」が出ている。しかし、特例は当初から期限付きであり、終了後も小規模事業者には簡易課税制度という別の選択肢があり、卸売業のようにみなし仕入率が高い業種では簡易課税の方が2割特例より納税額が少なくなる。さらに、2割特例利用者には翌課税期間の末日まで届出できる救済規定が設けられており、届出忘れで直ちに破綻するわけではない。したがって、特例終了の影響を正しく認識し、自社の業種・収支に適した課税方式を選び、価格転嫁や納税資金の準備を早めに行うことが、変化への最善の対応策となる。

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