出発点:主題の整理
- 小売売上高の鈍化
米商務省によれば、2025年9月の小売売上高は前月比+0.2%と、市場予想の+0.4%を下回り、8月の+0.6%から減速した。自動車販売は-0.3%、衣料品-0.7%、電子機器-0.5%、ECなど無店舗販売は-0.7%など、インフレや政府閉鎖の影響で多くの品目が減少する一方、レストラン・バーなどは+0.7%と堅調で、家具店も+0.6%だった。 - 消費者信頼感の悪化
コンファレンスボードが発表した11月の消費者信頼感指数は前月比-6.8ポイントの88.7に急落し、現況指数は126.9、期待指数は63.2でいずれも前月から大きく低下した。特に期待指数は景気後退のシグナルとされる80を10か月連続で下回っている。
同調査では、「良い」と回答した現況のビジネス状況は20.1%に低下し、「悪い」は16.9%に増加した。仕事が豊富と答えた人は27.6%(前月は28.6%)、仕事が見つけにくいと答えた人は17.9%(前月18.3%)で、労働市場への評価も弱まっている。
正(テーゼ):米景気の底堅さ
- 高所得層が支える消費の粘り
9月の小売統計では、レストランやバー、家具店など裁量的支出の一部が増加している。家計に余裕のある層は高インフレ下でもサービスや家具への支出を維持しており、レジャーや外食など生活の質を高める項目は減少していない。 - 労働市場の底堅さ
消費者信頼感調査では「仕事は豊富」と回答した人が27.6%で「仕事は見つけにくい」17.9%を上回っており、労働市場は依然として求人が求職を上回る状況が続く。雇用者数の増加がある程度の安心感を提供し、可処分所得を支えていると解釈できる。 - 景況感と支出の乖離
小売売上高は堅調さを保っており、最新の報道では第3四半期のGDP成長率が4%近い高水準になるとの見方もあった。これは、消費者信頼感が低下しても、実際の支出行動は大きく落ち込んでいないことを示す。
反(アンチテーゼ):後退懸念の高まり
- 期待指数の急落と将来不安
消費者信頼感指数のうち将来の景況感を表す期待指数が63.2へと急落し、景気後退シグナルとされる80を10か月連続で下回った。ビジネスや雇用、所得の改善を予想する回答割合がいずれも減少し、多くの回答者が先行き悪化を見込んでいる。 - 消費者の支出抑制と格差拡大
9月の小売統計では自動車、衣料、家電、オンライン販売など幅広い品目で売り上げが落ち込んでおり、特に低・中所得層が支出を控える傾向が強い。また、コンファレンスボードは低所得層の消費者信頼感が依然低水準であり、高所得層のみがわずかに改善したと報告している。 - 政策・政治的不確実性
消費者の自由記述では、物価や関税、政治、政府閉鎖への言及が多く、インフレや政策の不確実性が心理的な重しになっている。金利や物価見通しに対する懸念が高まり、金利上昇を予想する人が約半数を占める。
合(ジンテーゼ):矛盾の統合と今後の展望
- K字型回復の顕在化
高所得者と低所得者の景況感や消費行動が大きく乖離している点は、K字型の回復を示す。外食・家具などの堅調は一部の層の購買力維持によるものであり、衣料品や家電、オンライン販売の落ち込みは多くの世帯が生活必需品以外の支出を抑えていることを反映している。こうした二極化が続けば、集計ベースの経済成長が維持されても広範な景気の安定にはつながらない。 - 現況と期待の乖離がもたらす調整局面
現状指数は依然高いが、将来の期待指数は大きく落ち込んでおり、心理面の悪化が実体経済に波及する可能性がある。過去にも消費者信頼感が急落しながら実際の支出は堅調だった局面があるが、今回のようにインフレや政治リスクが重なると、支出に対する抑制が徐々に広がりやすい。将来的には労働市場の軟化や所得見通し悪化が現実の消費を減速させる恐れがある。 - 政策的含意
インフレと経済活動のバランスを取るためには、金融政策の舵取りが難しくなる。期待指数の低下は消費者心理の脆弱性を示すため、過剰な利上げは需要の急減を招く可能性がある一方、インフレの粘着性から利下げへの転換も簡単ではない。財政面では政府閉鎖が消費者心理を押し下げたことが指摘され、予測可能な政策運営や低所得層への支援が重要となるだろう。
要約
- 指標の動き:2025年9月の米小売売上高は+0.2%と予想を下回り、特に自動車・衣料・電子機器などの販売が落ち込む一方、外食や家具は堅調だった。
- 消費者心理:11月の消費者信頼感指数は88.7へ急落し、現況指数と期待指数が共に低下。期待指数は80を10か月連続で割り込み、将来の景気後退を示唆している。
- 弁証法的考察:高所得層が支える消費の粘りや労働市場の底堅さが景気を支えるという「正」に対して、期待指数の急落や格差拡大、政策不確実性による支出抑制が景気後退懸念を高める「反」が存在する。これらの矛盾は、高所得と低所得の二極化、現状と期待の乖離という「K字型回復」の特徴を浮かび上がらせる。政策面では、インフレ抑制と景気下支えを両立させることが課題となる。

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