なぜ金融所得課税は強化できないのか:日米が抱える構造的ジレンマ

テーゼ:金融所得課税の強化が必要な理由

通貨価値を維持しつつ格差是正や財源確保を図るには、給与所得と比べて優遇されている金融所得に対して課税を強化する必要がある。日本では投資所得に一律20%(国税15%・住民税5%)の定率課税が適用され、給与所得の最高税率45%より低いため高所得者ほど税負担が軽くなる「1億円の壁」問題が指摘されている。米国でも長期キャピタルゲインの最高税率は23.8%で、上位1%が実現利益の約7割を占める一方、未実現の含み益には課税されず、死去時には取得価額を再評価する「ステップアップ措置」により税が免除される。こうした優遇は富の集中を助長し、資本収益が実体経済に還流しにくい。金融所得課税の強化は財源を確保し社会インフラや教育投資に回すことができ、富裕層の資金を生産的投資へ誘導する役割も期待される。

アンチテーゼ:日本・米国で金融所得課税を強化することの難しさ

  1. 投資促進政策との摩擦 – 日本政府は家計の現預金を株式や投資信託へ振り向けることを重点政策としている。非課税制度(NISA)拡充などによって投資人口を増やし「資産所得倍増」を掲げる中で、投資所得税率を引き上げれば家計が投資から遠ざかり、株価低迷が景気を冷やすとの懸念が強い。2021年に岸田首相が投資所得課税引き上げを示唆したが、株価下落と投資家からの反発で撤回に追い込まれ、2024年の自民党総裁選でも石破氏の提案に対して複数の候補が反対を表明した。与党内の支持も不安定で、公明党は貯蓄から投資への流れを阻害するとの理由から反対姿勢を示している。
  2. 資産評価と行政コスト – キャピタルゲインは実現時に大きな利益が集中するため、累進税率を導入すると一時的に高率課税となり売却を先送りする「ロックイン効果」が強まる。時価が算定しにくい未上場株式や不動産の評価も難しく、財産評価基準を整備しなければ公平な課税ができない。米国のマークトゥーマーケット課税(含み益への年次課税)は資産を毎年評価する技術的な負担が大きく、流動性のない資産を保有する納税者は納税資金の確保に苦しむ恐れがある。日本では金融機関の口座情報を「マイナンバー」に紐づけて利益や損失を一元管理する必要があるが、個人資産データの集約に対する国民の抵抗感が強く、制度整備が難航している。
  3. 政治的対立とロビー活動 – 米国の税制改革には議会の賛成が必要である。資本利益への増税やステップアップ廃止は民主党と共和党の間で意見が分かれ、富裕層の支持基盤を持つ議員や金融業界のロビー活動が激しい。議会でフィリバスターを回避するには60票の賛成が必要であり、分断の大きい現状では可決が困難である。日本でも株式市場や経済団体の反発は大きく、「株価が下がる」「海外マネーが逃げる」との圧力が政権に影響を及ぼす。
  4. 税収の不安定性と経済影響 – キャピタルゲイン税収は景気や株価に大きく依存し、景気後退時には急減する。米国でも地方政府がキャピタルゲイン税率を上げても納税者が売却を先送りしたり他州へ移住したりするため、想定した税収を確保できないケースがある。日本では約半数の家計資産が現預金のままで投資家層が限られており、課税対象者が少ないため税収効果が限定的になる恐れがある。

ジンテーゼ:実現可能な改革と包括的アプローチ

金融所得課税の強化は、所得分配の是正や社会資本投資の財源として重要である。しかし、日本や米国では投資促進政策との調整、資産評価システムの構築、政治的合意形成が必要となるため、段階的かつ複合的な改革が求められる。具体的には、(1) 投資促進策と併存できるように高所得者に限った付加税や最低税率の導入、(2) ステップアップ制度の縮小や長期保有への優遇廃止など抜け穴の解消、(3) 公開市場で取引される資産からマークトゥーマーケット課税を試行し、非上場資産には実現時課税と一定の利子加算(デファラル・チャージ)を組み合わせる、(4) マイナンバーと金融機関情報の連携や情報共有による取引データの把握と公平な損益通算の仕組みの整備、(5) 投資教育や社会保障との連動などによって課税強化を投資縮小とさせない工夫、などである。これらの制度改革を通じて、富裕層の金融所得を適正に課税し、得られた財源を生産性向上や社会インフラに投資することで、需要と供給の両面から通貨価値を支えることができる。

要約

金融所得課税の強化は富裕層に偏る資産収入への課税を通じて格差を是正し、社会インフラ投資の財源を確保する上で有効な手段だ。しかし、日本では家計の投資促進政策や株価への悪影響を懸念する声が強く、投資家の反発や与党内の分裂により引き上げ論議が停滞している。また、資産評価の難しさやマイナンバー連携への抵抗といった行政的課題が大きい。米国ではキャピタルゲインが実現時課税・ステップアップ制度に支えられているため、税率を上げても投資家が売却を先送りする「ロックイン効果」が強まり税収が伸びない可能性が高い。含み益課税は非公開資産の評価や納税者の流動性確保が難しく、政治的にも富裕層や金融ロビーの反対、議会の分裂が障壁となる。こうした困難を踏まえ、投資促進とのバランスや行政システムの整備を図りながら、段階的な課税強化と抜け穴是正、収益の社会的投資への活用を進めることが現実的な対応となる。

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