はじめに
第二次世界大戦後に成立したブレトン・ウッズ体制は1971年の米ドルと金の交換停止で崩壊し、各国通貨は金に裏付けられない不換紙幣となりました。それ以来、外貨準備の中心は米ドルやユーロ、日本円などの通貨であり、金の割合は低水準にとどまっています。しかし、近年の米国の財政赤字拡大や地政学的対立、金融制裁への懸念から各国中央銀行は金保有の拡大に動いています。世界金協会の2025年調査では、回答した中央銀行の大半が金準備の増加を見込んでいます。こうした状況を「金本位なき金本位」と称し、ヘーゲル的な正‐反‐合の枠組みで国際金融の現状と中国・インドの動向を考察します。
正(テーゼ):不換紙幣体制と米ドル覇権
1971年のドル金交換停止以降、国際金融は不換紙幣体制へ完全に移行しました。IMF統計によると、米ドルは世界外貨準備の56.3%を占め、1999年の71%からは低下したものの依然として最大のシェアを維持しています。各国にとって金は補助的資産に過ぎず、外貨準備に占める比率は1桁台です。
中国は約3兆米ドルの外貨準備を持ち、人民銀行は近年金購入を加速させています。2025年9月末には金保有が2,303トンに達し、外貨準備の7.7%を占めました。10月には2,304トンとなり比率は8%に上昇しましたが、まだ1割には届いていません。
インド準備銀行も金保有を増やしており、2025年10月には金保有額が初めて1000億米ドルを超えました。総外貨準備約7,020億ドルのうち金の比率は14.7%とされ、過去10年で約2倍に拡大しています。報告によっては2025年9月の金比率を13.9%、同年3月末時点を11.7%としており、金価格や為替変動で割合が変動することが示唆されています。
不換体制のメリットとして、各国が自国経済に応じて通貨供給を調整できる柔軟性、金の保管や輸送コストを負担せずに済む点、そしてドル建て金融市場を通じた投資や貿易の円滑さが挙げられます。こうした要素が1970年代以降のグローバルな経済成長を支えてきました。
反(アンチテーゼ):デ・ドル化と金積み増しの潮流
近年はその逆の動きも顕著です。世界金協会の2025年調査では、多くの中央銀行が世界全体の金準備増加を予想し、自国の金準備を増やす計画を示しました。ドル準備比率の低下とユーロ・人民元・金の比率増加を予想する回答も多数です。欧州メディアによると、アジアから中東の中央銀行は4年連続で金購入を加速し、2025年の政府による金購入量は1,000トンを超える見通しです。
中印が金を積み増す理由には、外貨準備のリスク分散や地政学的制裁への備え、インフレや金融危機時に価値を維持するヘッジ機能、そして金価格上昇による資産収益性が挙げられます。また、インドでは国内銀行による金輸入の取り込みで外貨を使わずに金を増やす仕組みが整えられ、中国では人民元国際化の一環として人民元建て金市場を育成しています。
一方で、金積み増しには制約もあります。金価格の上昇により購入コストが高まるほか、金は利息を生まないため大量保有は機会費用を伴います。中国やインドの金比率は未だ1割前後で、金だけで米ドル建て資産を代替するには至っていません。また、金価格や為替変動により比率が変動しやすいことも課題です。
合(ジンテーゼ):多極的準備体制と「金本位なき金本位」
不換通貨体制(正)とデ・ドル化の潮流(反)の矛盾から、新たな合成として多極的な準備体制が生まれつつあります。これは古典的な金本位制への回帰ではなく、ドルの一極支配が緩み、複数通貨と金が併存する仕組みです。経済成長や金融政策の柔軟性を確保するため、各国は金を準備の一部として保有しながらも、通貨供給全体を金に裏付けることには消極的です。
世界金協会の調査では、今後米ドル比率の低下とユーロ・人民元・金の比率増加を予想する中央銀行が多く、米国の財政不安やユーロ圏の債務問題、中国経済の減速といったリスクが並立する中で、金は政治的中立性と流動性を持つ資産として価値を発揮します。利息は生まないものの、危機時の保険としての役割があります。
中国・インドの課題と展望
- 中国:人民銀行の公表ベースの金比率は2025年10月時点で8%と国際標準に比べて低く、ドル依存を減らすには金準備の継続的な積み増しと外貨準備の多様化が必要です。ただし、過剰な金購入は価格上昇と市場変動を招くため、慎重なペースが求められます。
- インド:金文化が根強く民間保有も巨大であるため、中央銀行が国内供給源を利用して金を調達できる利点があります。しかし金比率が14〜15%に達したとはいえ、残りは米ドルやユーロ資産です。ルピー国際化のためには、金保有の拡大に加え貿易決済通貨の多様化と金融市場の深化が必要です。
将来の展望
「金本位なき金本位」は、金が法定通貨と並列に存在し、地政学的・経済的ショックに対する保険として機能する状態を指します。中国やインドが外貨準備に占める金の比率を10%を超えて引き上げれば、ドルに対する脆弱性が緩和される一方、利息を生まないため過剰な比率は投資収益の低下を招きます。そのため中期的には金を10〜20%程度まで増やしつつ、米ドル・ユーロ・人民元・その他資産に分散する多極的な準備体制の構築が現実的と考えられます。
要約
- 国際金融は金本位制から不換紙幣体制へ移行し、米ドルに依存する構造が続いている。
- 中国人民銀行の金保有は2025年10月時点で2,304トン、外貨準備比率は約8%である。
- インド準備銀行の金比率は2025年10月に14.7%に達し、ここ数年で倍増している。
- 中央銀行の多くは今後1年以内に世界の金準備が増えると見ており、自国でも金保有を増やす計画がある。
- 各国が金を積み増す背景には、リスク分散、インフレ・危機へのヘッジ、制裁対策、ドル依存からの脱却がある。
- 中国とインドは今後も金の積み増しを続ける可能性が高いが、金価格や機会費用に配慮した慎重な運用が求められる。

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