シラーPEは何を語るのか:バリュエーション指標の限界と可能性


テーゼ(定立):シラーPEは長期的な過熱度を示す指標である

シラーPEは株価をインフレ調整後のEPS(1株当たり利益)の10年平均で割ることで、市場全体のバリュエーションを長期的に捉える指標です。10年分の実質利益を平均することで景気の山谷や一時的な会計操作の影響をならし、「現在の株価はどの程度割高か」を定量的に示します。

  • 歴史的には米国市場のシラーPEは平均15〜16倍程度であり、過去の極端な株価バブル(1929年、2000年)では30倍台後半まで上昇しました。
  • 2025年2月時点で米国市場のCAPEは41倍前後、シラーPEも37倍程度に達しており、過去140年で数えるほどしか見られない水準です。通常の株価収益率の倍以上であり、長期投資家にとって警戒すべき高さといえます。
  • シラーPEとその後10年間のリターンには逆相関が確認されており、高い水準から買えば長期の実質リターンが低下しやすいという経験則が存在します。最近のデータでも、CAPEが40倍近い水準から投資した場合、今後の10年間の資本収益率は0.5%程度と推計され、配当を加えても総リターンは2〜3%にしかならない可能性があります。

このようにシラーPEは「長期リターンの地平線」を見通すための羅針盤として有用であり、極端に高い時には保守的な姿勢を促す指標とされています。


アンチテーゼ(反定立):シラーPEだけでは現代の市場を捉えきれない

一方で、シラーPEには以下のような制約や批判が存在します。

  • 株式構成の変化を無視している
    過去10年の利益平均は現在の時価総額構成とは大きく異なります。指数上位銘柄の入れ替わりが激しい現代では、過去の低ウエイトと現在の高ウエイトが混在するため、分母と分子の整合性が取れていません。急成長企業が指数に占める比率が急増すると、過去の小さな利益と現在の大きな株価が比較され、CAPEは過度に高く出やすくなります。
  • 自社株買いを考慮していない
    近年は配当ではなく自社株買いによる株主還元が主流であり、EPSは株数減少によって押し上げられます。CAPEは配当とEPSの変動を均等に扱いますが、自社株買いによるEPS上昇を正しく評価できず、割高に見えてしまうケースがあります。
  • 国・業種間の比較が難しい
    米国市場は他地域に比べてEPS成長率が高く、テック企業の比率も大きいため、シラーPEが高くても割高とは限りません。低成長・低買い戻しの国と単純比較すると常に米国が割高に見えてしまいます。
  • 構造変化に伴う平均値のシフト
    統計的にもCAPEは1990年代以降に平均水準が大きく上方移動しており、金利低下やデジタル資本の増大など構造的要因で「長期平均15倍」という基準自体が時代遅れになっている可能性があります。このため過去の平均への回帰を前提にした予測は過度に悲観的になる恐れがあります。
  • 短期的な市場タイミングには不向き
    シラーPEと1年程度のリターンの相関はほぼゼロであり、数年〜10年単位でのバリュエーション指標にすぎません。短期売買の判断材料として利用するとタイミングを外す危険が高まります。

このようにシラーPEは現代の市場構造を十分に反映していない部分があり、単独で判断すると長期リターンを過小評価したり、過度に慎重になりすぎる可能性があります。


ジンテーゼ(総合):シラーPEを補完的に使い、市場環境に応じた修正を行う

シラーPEは長期的な過熱度を測る有力なツールですが、現代的な要素を考慮に入れ、他の指標と組み合わせることで有効性が高まります。

  1. 構成銘柄や自社株買いへの調整
    分子・分母のウエイトを揃えたり、EPSの成長寄与を自社株買いと実質利益の成長に分解するなど、現代の株主還元方法を考慮した「調整済みCAPE」が提案されています。指数の構成変化に応じて過去データを再加重することも検討すべきです。
  2. 金利やインフレとの組み合わせ
    金利が極端に低い場合には株式のバリュエーション全体が高くなる傾向があり、シラーPE単独で割高・割安を判断するのは危険です。実質金利や信用スプレッドと組み合わせて長期リスクプレミアムを測定すると、CAPEが高くてもリスク許容度がある市場なのかどうかを判断しやすくなります。
  3. 複数指標によるクロスチェック
    予想PERやPEGレシオ、企業利益率のサイクル、国際的なバリュエーション比較など、異なる指標を併用することで、一つの指標に依存するリスクを減らせます。特に新興国や他の資産クラスと比較すれば、相対的な割高感が見えてきます。
  4. 長期の資産配分とリスク管理に活用
    シラーPEが歴史的に極端な水準にあるときは、その後の10年リターンが低迷する傾向は依然として有効です。したがって、定年が近い投資家やリスク耐性の低い投資家は、高いCAPE水準を警戒信号として受け取り、資産配分を慎重に調整することが望ましいでしょう。一方で長期投資家やイノベーションを信じる投資家は、構造的な成長要因や新規産業の台頭を踏まえて、徐々に積み立てる戦略を採用することも考えられます。

要約

シラーPEは過去10年の実質利益平均で株価を割り、景気変動やインフレの影響を平準化したバリュエーション指標です。2025年にはこの指標が37倍前後と歴史的な高水準に達しており、過去のデータからは長期リターン低下の警告サインと解釈されます。一方で、指数構成の変化や自社株買い、金利低下、テック企業の台頭など、現代的な要因はCAPEを押し上げ、過去の平均値や回帰傾向が通用しにくくなっています。したがって、シラーPEは過熱感を測る有用な“温度計”として尊重しつつ、他の評価指標や市場構造の変化を併せて考慮し、長期的な資産配分とリスク管理に活かすのが妥当な姿勢でしょう。

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