世界的インフレと金保有革命:60/40崩壊後の新ポートフォリオ論


1. 正(Thesis):「金の保有比率を上げるべきだ」

  1. 中央銀行の動きが金の安全資産としての役割を示している
    • 世界中の中央銀行は2025年においても記録的な購入を続けており、World Gold Councilの中央銀行調査によれば、回答した中央銀行の95%が**「今後12か月で世界の中央銀行の金準備が増える」と予想し、43%が自国の金準備も増やすと回答した**。
    • 中央銀行が金を保有する理由は「危機時のパフォーマンス」「ポートフォリオの多様化」「インフレヘッジ」にあるとされ、さらに73%の回答者が「今後5年間で米ドル準備は減少し、金や他の通貨の比率が増える」と見ている。
  2. 個人投資家にも同様の需要が広がっている
    • 2025年は金価格が過去最高を更新し、Amundi研究所は「金は構造的なポートフォリオ分散ツールとして注目され、国際通貨体制が米ドル一極から多極化する兆し」と分析している。
    • EUと英国の機関投資家の41%が**金を最も優れた価値保存手段と認識し、平均的なポートフォリオの金比率が5.7%**に達したとする調査や、2025年に欧米投資家が金ETFへ大規模流入を起こし、保有量が前年の水準を回復しつつあることもある。
    • レイ・ダリオ氏は2025年10月の講演で「インフレと信用リスクへのヘッジとしてポートフォリオの15%を金に充てるべきだ」と発言し、グローバルな投資家層に金の比重増を提唱している。
  3. インフレと財政赤字に対する防御策
    • 一部アナリストは、国際金融秩序の変化と米国債務膨張から「金は米ドル資産への不信の受け皿」になっており、デフレ時代の株式・債券中心のポートフォリオはインフレ期に弱いと指摘する。モルガン・スタンレーのCIOマイク・ウィルソン氏は60%株式・20%債券・20%金という新しい配分を提案し、従来の60/40モデルの脆弱性を補う動きが出ている。

正の立場では、中央銀行と個人投資家が金の保有比率を高めることは、インフレや地政学リスクの高まりに対する合理的な防衛策であり、特に株式と債券の相関が崩れた状況では金が分散効果をもたらすと主張される。


2. 反(Antithesis):「金の過度な比重はリスクを伴う」

  1. 供給制約と価格変動リスク
    • 金市場は規模が小さいため、大量の需要が集中すると価格が急騰し、投資家が容易に調達できない局面が生じる可能性がある。金ETF流入により短期的に急騰した後、金価格が調整局面に入る場合もあり、Resonanz Capitalは**「金は保険として持つべきであり、過度なオーバーシュートには注意する必要がある」**と警告している。
    • 金は利息や配当を生まないため、保有コスト(機会費用)が高い。特に金価格が記録的水準にあるときは、金が横ばいになったり下落した場合のリスクも見逃せない。
  2. 中央銀行・個人にとっての実務的制約
    • 中央銀行の外貨準備構成は、多国間貿易や為替政策を支える役割があり、金だけに偏ることは流動性や決済面での不便をもたらす。WGC調査でも、金はリスク分散や価値保存のために評価される一方で、国内保管スペースや流動性の制約から積極的な比率引き上げを予定している中央銀行は少ない
    • 個人投資家の場合、金の現物保管や流通コスト、税制上の扱いを考えると、株式・債券・不動産・インフレ連動国債など他のインフレヘッジ資産との組み合わせの方が現実的である。
  3. 他のヘッジ手段の存在
    • 不動産、インフラ、商品全般(石油・農産物)、さらには暗号資産やインフレ連動債といった資産クラスもインフレ防衛に用いられており、金だけが唯一の選択肢ではない。Comericaの2025年Q4投資アウトルックでも、金が防御資産として機能している一方で、他のコモディティやオルタナティブ資産も分散のために推奨されている。
    • 金は歴史的に低い株式・債券との相関を示すが、Resonanz Capitalは「金の価格は実質金利や政策不確実性に左右されやすく、これらが正常化すれば急落するリスクもある」と注意を促している。

反の立場では、金保有比率を過度に高めることは、市場の流動性や価格変動リスク、機会費用を考えると慎重に検討すべきだと主張する。インフレ対策には多様な手段があり、金一辺倒になる必要はない。


3. 合(Synthesis):「適度な金の比重を戦略的に組み込む」

  • バランスの取れた配分が合理的
    • インフレ期には金が価値保存やリスク分散に有効であることは歴史的に証明されている。VanEckは5〜10%程度の金の配分がポートフォリオの分散効果を高めると指摘し、Resonanz Capitalやレイ・ダリオ氏も10〜15%の保有を保険的な意味で推奨している。
    • 一方で、20%以上の比率は供給面・流動性面で現実的でないとの指摘もあり、多くの投資家・専門家は10%前後を上限とする慎重な姿勢をとっている。
  • 中央銀行は多通貨体制への適応、個人は長期視点で
    • 中央銀行の場合、金準備の増加は米ドル依存脱却と多極化する通貨体制への対応と捉えられる。しかし過度な金偏重は実務上難しく、ドル・ユーロ・人民元など複数通貨に分散しつつ金を一定比率に保つのが現実的である。
    • 個人投資家は、インフレや金融危機への保険として金をポートフォリオに取り入れつつ、株式・債券・不動産など他資産とのバランスを保ち、投資目的や時間軸に合わせて柔軟に調整することが望ましい。特に、日本のような低金利から高インフレへの移行期では、為替ヘッジも含めた総合的な資産防衛策が必要である。
  • リスク管理とメンテナンス
    • 金の比率を高める場合でも、価格が急伸した際にはリバランスを行い、過度な集中を避けることが重要である。Resonanz Capitalが示すように、金は“保険”として継続的に管理し、政策や実質金利の変化に応じて見直すべき資産
    • 投資判断は個々のリスク許容度や資産規模、投資期間によって異なるため、専門家の助言を踏まえた戦略的配分が求められる。

要約

  • **正(Thesis)**では、インフレと通貨不信の高まりから中央銀行・個人投資家ともに金比率を引き上げるべきだと主張し、中央銀行調査では95%が金保有の増加を見込み、機関投資家の平均金比率は5%超に達していること、レイ・ダリオ氏が15%の金配分を推奨していることなどを挙げた。
  • **反(Antithesis)**では、金市場の供給制約や価格変動リスク、無利子ゆえの機会費用、他のインフレヘッジ資産の存在を指摘し、過度な金保有は非現実的であると論じた。
  • **合(Synthesis)**では、金はインフレ期の重要な保険資産として5〜10%程度の比率でポートフォリオに組み入れるのが妥当であり、中央銀行は多通貨分散と併用し、個人投資家も長期的な視点で他資産とのバランスを考慮すべきだとまとめた。

全体として、金はインフレや信用不安への強力なヘッジである一方、市場規模や流動性の制約から過度な比重は避け、戦略的・適度な配分を心掛けることが肝要である。

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