TACO現象の原型:関税威嚇と市場反発が生んだ2018年の対立構造


1. 命題(テーゼ):中間選挙前の対立激化と市場不安

  • エスカレーションの政治的動機
    2018年初頭からトランプ政権は対中関税を段階的に発動し,9月には第3弾として 2,000億ドル相当の中国製品に10%の関税を課し,これに中国が600億ドル規模の報復関税で応じた。10月末には 残り全製品に追加関税を検討する と警告し、11月の中間選挙前に米中対立を煽って支持基盤を鼓舞した。こうした強硬姿勢は「米国第一」を掲げる保守層に訴求し,対立の激化が政治的効果をもたらすという命題(テーゼ)である。
  • 市場への負の反応
    S&P500は夏以降下落基調に入り,10月以降は 急落 した。中国の報復や世界的景気減速への懸念が高まり,リスク回避姿勢から金ETFは反発する一方で株式は売られた。市場が対中強硬策を単純に歓迎せず,企業利益への打撃を懸念していたことが示された。

2. 反命題(アンチテーゼ):選挙後の対話再開とTACO現象

  • 対話再開と一時停戦
    中間選挙後の 2018年11月9日 にムニューシン財務長官と中国の劉鶴副首相が電話協議を行い,閣僚レベルの交渉枠組みが模索された。その後 12月1日のG20首脳会議 でトランプ大統領と習近平国家主席は 90日間の「トレード・トルース(停戦)」 に合意し、米国は2000億ドル分の関税引き上げ(10%→25%)を延期し、追加関税を見送ると約束した。これに対し中国は米国製品の輸入拡大や知的財産権保護の協議に応じた。
  • 市場のV字反発
    停戦発表直後の 12月3日、各国株式市場は急騰し、 ダウ平均は300ドル超上昇、S&P500も1%超反発した。英国やドイツなど世界の主要株価指数も1~2%上昇し、投資家は関税エスカレーションの一時停止を歓迎した。同記事は、関税引き上げ延期と中国の自動車関税引き下げ期待が市場に安心感を与えたと指摘している。この反発は年末の安値圏で強烈なV字型のリバウンドを形成した。
  • TACO(Trump Always Chickens Out)の顕在化
    こうした「強硬な関税方針を掲げて相手を威嚇しながら,市場が動揺すると撤回する」パターンは、後に投資家の間で TACO(Trump Always Chickens Out) と呼ばれるようになった。Financial Timesのロバート・アームストロングがこの言葉を提唱し、投資家は トランプが関税を脅した後に必ず引き下げると期待することで株を買い戻す と分析されている。ガーディアン紙も「トランプはたびたび関税を延期・縮小し、マーケットはその“弱気姿勢”を織り込んで上昇する」と報じており、2018年G20停戦はTACOの原型といえる。

3. 統合(ジンテーゼ):ポピュリズムと市場現実の循環

  • ポピュリズムのテーゼと市場現実のアンチテーゼ
    第一テーゼではトランプは「米国の貿易赤字を減らし産業を守る」として対中強硬策を掲げ、支持層の結束を図った。しかしその結果、企業利益悪化や市場急落というアンチテーゼが発生した。株安は政権支持率を低下させかねず、再選戦略に逆風となる。
  • 政策修正という統合
    大統領はこのアンチテーゼを前に、交渉再開や関税延期という「統合」に向かう。2018年G20停戦では米国経済と株式市場のダメージを抑える現実路線に舵を切り、市場は即座に反発した。だが両国の構造問題は解決されておらず、停戦は暫定的な時間稼ぎにすぎないことを市場も理解しており、翌日には「タリフマン」発言で株価が再び急落するなど、トルコそばのように上げ下げを繰り返した。
  • TACOの弁証法的意義
    TACOはトランプ政権の政策運営に内在する弁証法的矛盾を言い表している。テーゼ(保護主義と強硬姿勢)とアンチテーゼ(経済への悪影響・市場の拒絶)が衝突し、その都度 「関税を延期する」 という統合が行われる。しかし統合は恒久的ではなく、再び保護主義のテーゼへ戻るという循環である。ガーディアン紙が指摘するように、投資家はこのパターンを認識し 「関税発表で安値を買い、延期で売る」という戦略 を取る。2018年の中間選挙前後の経緯は、このTACO現象の初期形態として理解でき、市場はV字型のリバウンドを経験した。

■要約

2018年の米中貿易戦争ではトランプ政権が中間選挙前に関税を拡大し対中強硬姿勢を演出したが、選挙後には協議再開と90日停戦に転じた。この舵取りによって株式市場は急落後に大きく反発し、ダウ平均は停戦発表翌日に300ドル超上昇した。この一連の流れは、投資家が「トランプは関税で威嚇した後に撤回する」と見なし株を買い戻すTACOパターンを先取りしたものといえる。テーゼ(対立激化)とアンチテーゼ(経済悪化)の対立から、停戦という統合が生まれたが、問題の根本は解決しておらず、弁証法的循環が続くと考えられる。

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