Ⅰ 正(テーゼ):FRBの公式シナリオと政策行動
1. 0.25%利下げとターゲットレンジの変更
- FOMCは12月10日、連続3会合となる25bp(0.25%)の利下げを決定し、フェデラルファンド金利の目標レンジを**3.50~3.75%**に下げた。
- 決定は賛成9・反対3の多数決で、反対票を投じたゴールズビー(シカゴ連銀)とシュミッド(カンザスシティ連銀)は据え置きを希望し、ミラン理事は0.50%の利下げを主張した。
- 政策声明では、労働市場の下振れリスクが高まっていると認識し、次の行動はデータ次第とした。
2. 短期国債購入(流動性供給)の開始
- FRBは「準備預金残高が十分な水準まで減少した」とし、短期国債(残存3年以下)の購入を再開する方針を示した。
- 実施要領では、必要に応じて財務省証券を購入し、フェデラルファンド金利の誘導目標を維持することが記されている。これは資金供給を確保する技術的措置でありQEではないと説明された。
3. SEP(経済予想サマリー):タカ派なドットプロット
- 2026年の予測では、実質GDP成長率の中央値2.3%(9月時点1.8%)、失業率4.4%、PCEインフレ率2.4%、適切な政策金利3.4%。
- 2027年の予測は、GDP成長率2.0%、失業率4.2%、PCEインフレ率2.1%。
- SEPは2026~27年に各1回の追加利下げを示唆し、長期的には政策金利が3%程度に収束するとしている。
4. パウエル議長の記者会見
- パウエル議長は労働統計が過大計上されている可能性に言及し、「4月以降の雇用増加は月平均4万人だが、約6万人の上振れがあるため実質は月2万人の減少かもしれない」と述べた。
- インフレについては、「サービス価格の鈍化が財価格の上昇(トランプ政権の関税による)に相殺されている」とし、インフレ率は2%付近に向かっているとの見方を示した。
Ⅱ 反(アンチテーゼ):市場や評論家が指摘する矛盾とリスク
1. 失業率は横ばいになりにくい
- SEPが示す**失業率4.4%→4.2%**という小幅な改善は、歴史的に上昇傾向に転じた失業率が横ばいで推移した例がほとんどないことから非現実的と批判される。
- パウエル議長自身が雇用者数が過大に報告されている可能性を指摘し、実質的に雇用が縮小しているとの認識を示したことは、FRBの予測との矛盾を浮き彫りにしている。
2. Tビル購入は「新たなQE」か
- FRBは短期国債購入を準備預金の維持と説明するが、市場では実質的な量的緩和(QE)と解釈され、リスク資産へ資金が流入しやすいと見る向きもある。Livemintの分析では、FOMCが予想を上回る400億ドル規模の買い入れを即座に実施すると伝えられ、短期金利に大きな下押し効果を与えると指摘されている。
3. ドットプロットの信頼性
- SEPは参加者の中央値を示すが、FOMC委員の意見は大きく分かれている。9:3の投票結果に象徴されるように政策運営は分裂気味であり、市場では「追加利下げが2026年一回だけ」という見通しに懐疑的な声が多い。
- 一部のアナリストは、関税やAI投資ブームによる供給制約が続く中、インフレが再燃するリスクを強調し、金利据え置きや再引き上げの可能性さえあると警告する。
4. 自己成就的リスクと予測不能性
- 経済学者や市場参加者からは、「FRBが景気悪化を予想すると、それ自体が企業や家計の活動を萎縮させる」という自己成就的なリスクが指摘される。そのためFRBは建前上は楽観的な見通しを示すしかなく、SEPが信頼できないとの批判が強い。
Ⅲ 合(ジンテーゼ):政策判断・市場心理・実体経済を統合的に捉える
1. 政策の役割:期待管理と金融安定
- FRBは、緩やかな利下げと流動性供給によってインフレ期待を抑え、金融システムへのショックを避けることを狙っている。
- 「短期国債購入はQEではなく準備預金の管理」という説明は、市場の過剰反応を防ぐ期待管理の側面が強い。
2. 実体経済の弱さ:労働市場の急速な軟化
- 公的統計が遅延していることを踏まえると、実質的な雇用状況はFRBの予測よりも悪化している可能性が高い。
- 失業率が4%台半ばに上昇し始めた場合、景気後退への転換は急激に進行するのが歴史的パターンであり、軟着陸シナリオは楽観的に過ぎる。
3. 市場心理の複雑さ
- 投資家は利下げと国債購入を好意的に受け取り、一時的に株価や債券価格を押し上げる。しかし、インフレ再加速や失業率急騰のリスクが残るなか、金融市場の変動は激しくなりやすい。
- FRBの「利下げはあと1回」というメッセージが期待に織り込まれる一方、市場は2回以上の利下げや逆に再利上げまでもシナリオに含め始めており、不確実性は高い。
4. 投資家への示唆
- FRBのSEPや公式発表は参考になるが、鵜呑みにはできない。
- 労働市場やインフレの実データ、関税政策やAI投資の動向、新議長への交代(2026年春予定)など、多数の要因を総合的に見極める必要がある。
- リスク資産への過度な楽観を控え、金利変動や景気後退に備えた資産配分を検討することが重要となる。
主要指標(SEP中央値)のまとめ
| 年度 | 実質GDP成長率(中央値) | 失業率(中央値) | PCEインフレ率(中央値) | 予想利下げ回数 |
|---|---|---|---|---|
| 2025 | 1.7% | 4.5% | 2.9% | 3回(2024/9以降累計) |
| 2026 | 2.3% | 4.4% | 2.4% | 1回 |
| 2027 | 2.0% | 4.2% | 2.1% | 1回 |
| 長期 | 1.8% | 4.2% | 2.0% | ― |
(数値はFOMC参加者の中央値。インフレはPCEベース)
要約
- FRBは12月FOMCで3会合連続となる0.25%利下げを実施し、政策金利レンジを3.50~3.75%に下げた。労働市場の下振れを意識しつつ、追加利下げの判断はデータ次第とした。
- 短期国債の購入を再開し、準備預金を十分に保つための技術的措置だと説明したが、市場では「実質的なQE」との見方もある。
- SEPでは2026年のGDP成長率を2.3%、失業率を4.4%、インフレ率を2.4%と見込み、各年1回の追加利下げを予想している。
- しかし、失業率が上昇局面で横ばいを保った例は乏しく、パウエル議長も雇用統計が月6万人ほど誇張されている可能性を認めている。実体経済はFRBの予測より脆弱で、労働市場の急速な軟化が懸念される。
- 投資家はFRBの公式ナラティブを参考にしつつ、労働市場データや関税政策などの外的要因を注視し、過度な楽観を避けるべきである。

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