14億人国家インド:年金マネーが変える金需要の構造転換

インドの人口・市場規模

  • 人口規模:国連データを元にした Worldometer によれば、インドの2025年の人口は約1,463,865,525人であり、世界人口の約17.8%を占めます。人口の37.1%が都市部に居住し、中央値年齢は28.8歳と若いことから、今後の消費と投資の潜在需要が示唆されます。
  • 年金制度の規模:PFRDA(インド年金規制開発庁)が管理する国民年金制度(NPS)は2025年時点で約15兆7,800億ルピーの資産を運用しており、約8,000万人(8 crore)の加入者を持ちます。規制当局は2030年までに加入者を3億人に増やすことを目標としています。
  • 金市場の変化:2025年は国際金価格が記録的高値を更新し、インド国内でも金価格が10グラムあたり109,840ルピーまで上昇しました。高騰する価格によりジュエリー需要は落ち込む一方、金ETFへの投資が急増し、2025年前半にはインドの金ETF運用残高が約1,024億ルピーに達し、年初来累計流入額はINR2760億(31億ドル)と過去最高になりました。

PFRDA による金・銀ETFへの投資解禁

2025年12月11日に PFRDA は投資ガイドラインを改定し、NPS の運用資産に金・銀の交換トレード型ファンド(ETF)を組み入れることを許可しました。主なポイントは次のとおりです。

  • 対象資産の拡大:従来200銘柄に限定していた株式投資対象を、時価総額上位250銘柄に拡大し、さらにコモディティETF(金・銀)を含めることで、年金運用の多様化を狙いました。
  • 配分上限:非政府部門(個人や法人加入者)のNPSでは、金・銀ETF・REIT(不動産投資信託)・株式特化型AIF(オルタナティブ投資ファンド)を合わせた配分は株式比率の5%までに制限され、政府部門(公務員・公的機関)向けのNPSでは、金と銀それぞれに総資産の1%の個別上限が設けられています。
  • 即時適用と規模:改定は即日適用され、公的年金の投資対象を広げることで加入者数の増加と運用利回り向上を目指しています。

インドの金ETF市場の現況

  • 強力な資金流入:世界金協議会(WGC)のリポートによると、2025年10月はインド金ETFへの純流入がINR(インドルピー)77億(8億7,600万ドル)で、6か月連続の高水準となり、累計流入額は10か月でINR2760億(31億ドル)と記録的です。10月単月の総流入(INR990億)は過去最大で、11月中旬までにさらにINR240億の純流入が続きました。
  • 保有資産とフォリオ数:金ETFの運用資産総額は2025年10月末時点でINR10210億(115億ドル)、保有量は83.5トンに達し、2025年の増加量だけで約3分の1を占めています。新規投資家口座(フォリオ)は10月に91万1,000件増加し、合計957万件となっており、前年比で49%増加しています。これは若年層の投資商品として金ETFが広がっていることを示します。
  • 価格上昇と需要シフト:市場調査サイトの分析によると、2025年秋には金価格が42%上昇する中、ジュエリー需要は10〜15%減少する一方、金ETFの残高は1600億ルピーに迫り、投資需要が高まっています。投資需要は2024年に総需要の75%を占めたとされ、金価格が3,000ドル/オンスを超えるとインドの総需要は700トンに減少する可能性があると指摘されています。

金銀ETF採用が金需要に与える影響

テーゼ(命題): 人口規模と年金マネーによる新たな投資需要の増大

インドは人口が1.46億人を超え、若い労働人口が多いことから、NPS加入者が現在8,000万人、将来的に3億人に拡大する見込みです。年金資産の一部が金・銀ETFに投資されることで長期的・規模的な資金流入が見込まれます。仮に2025年時点の総資産15.78兆ルピーのうち株式比率が50%、その5%を金・銀ETFに振り向けると約3,950億ルピーが金・銀ETFに投資される計算になり、1キロ約500万ルピー換算では約39トン相当であり、既存の金ETF保有量83.5トンを大きく押し上げる可能性があります。加入者数が増えるほどその潜在量はさらに膨らみます。WGCの金価格見通しでは、新規投資主体として保険会社(中国)やインドの年金基金が金の強気トレンドを支える要因になると指摘しており、金への長期資金流入は価格を支える要素となり、現物需要が減ってもETF保有を通じて世界の金需給をタイトにします。

アンチテーゼ(反定立): 制限付き投資と物理需要減退による効果の限定性

PFRDA が設定した投資上限は非政府部門で株式比率の5%、政府部門では金と銀それぞれ1%であり、他のオルタナティブ資産との合算上限です。これは金・銀ETFに大量資金を振り向けることを抑制し、需給へのインパクトを限定します。金ETFは裏付けとなる現物保有が必要ですが、投資家がETFに移行することで、従来ジュエリーや金貨・金地金に向かっていた実物需要が減少する可能性があります。価格高騰により2025年のジュエリー需要が25%落ち込み、軽量デザインや18Kジュエリーへのシフトが進んでいるという報告もあり、ETFへの投資増加は実物保有への需要をさらに抑える可能性があります。物理的な需要は農村部や結婚シーズンに密接に結びついており、価格が高いときには下がりやすい。金価格が3,000ドル/オンスを超えるとインドの総需要が700トンに減少し、5年ぶりの低水準になると予想され、年金資金を通じた金ETF投資が価格上昇を招けばジュエリー需要が一段と減退する恐れがあります。

ジンテーゼ(総合): 投資需要の構造転換による長期安定需要

インドでは文化的に金が好まれ、地金・ジュエリーの形で保有する習慣が根強いものの、高価格や安全保管の問題から、ETFやデジタルゴールドなど“紙の金”へのシフトが進んでいます。年金制度での採用はこの流れを加速し、物理需要が減少しても金融商品としての金需要が伸びるという構造変化をもたらします。ETF投資は長期的に安定した保有が期待されるため、需給に与える影響は一時的な宝飾品需要よりも持続性があります。2025年は新規フォリオが大幅に増え、累計保有量が大きく増加しており、年金基金の投資はこのトレンドに沿って金価格のボラティリティを緩和しつつ長期的な需要を支えます。また、銀ETFへの投資も解禁されています。銀は産業需要が大きく、金よりも価格が低いため、個人投資家にとって購入しやすい資産です。年金基金による銀ETF投資はまだ上限が小さいものの、将来的に対象が広がれば銀需要にも影響が及ぶでしょう。銀市場の規模は金に比べ小さいため、少額の資金流入でも価格に影響を与えやすいことも指摘できます。

以上から、金・銀ETFへの年金投資は物理需要の一部を置き換えつつも、総需要を安定化・増加させる効果があり、長期的には金価格を支える可能性が高いと評価されます。ただし、配分上限や価格高騰による消費減退を考慮すると、爆発的な需要増ではなく、持続的で穏やかな増加にとどまると考えられます。

まとめ

インドは2025年時点で世界最大の人口を抱え、年金制度の拡充が進んでいます。PFRDAが国民年金制度で金・銀ETFへの投資を認めたことは、若い人口を背景とする巨大な資金が金市場へ流入する可能性を示すものです。NPSの運用資産は約15兆7,800億ルピーで、加入者数は将来的に3億人に達する見込みです。非政府部門での投資上限は株式比率の5%、政府部門では金と銀それぞれ1%に限られているものの、この枠内でも金ETFの保有量を大きく押し上げる潜在力があります。2025年には国内金価格が記録的水準に達し、ジュエリー需要が減退する一方で金ETFへの資金流入が過去最高を更新しました。これまでのジュエリー偏重から投資商品へと需要の重心が移りつつあり、年金運用における金銀ETFの採用はこの構造転換を加速するでしょう。ただし、投資上限があるため、金価格への影響は急激なものではなく、物理需要の減退と併せて長期的に安定した需要をもたらすと考えられます。金の伝統的な価値観とETFという新しい投資手段が融合することで、インドの金市場は量的・質的に新たな局面を迎えています。

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