日銀が最後の買い手となる構造:GPIFと国債市場の矛盾

背景

長らく日本銀行(日銀)は量的緩和政策とイールドカーブ・コントロール(YCC)を通じて国債金利を歴史的な低水準に抑え、2020年代初頭には10年国債がほぼ0%、時にはマイナス金利となる異例の状況が続いた。2025年に入るとインフレ率が2%を超えて持続し、円安も進行したため、日銀は政策金利を徐々に引き上げ、12月には短期金利を0.75%に引き上げる見通しである。10年物の利回りは12月16日現在で約1.96%と18年ぶりの高水準、30年物は3.3%台と過去最高近辺まで上昇しており、イールドカーブは急激にスティープ化している。

テーゼ:中央銀行による金利抑制と国債需要の枯渇

  • 人工的な金利抑制
     黒田東彦総裁時代、日銀は大量の国債購入により長期金利をほぼゼロに釘付けにし、国債は実質的に「価格無視で買われる資産」となっていた。マイナス金利下では政府にお金を貸しても利息が得られないばかりか、保有するだけで損失が生じるため、市場原理は働きにくかった。
  • 自然な買い手不在の指摘
     この環境下でジェフリー・ガンドラック氏は「誰も日本国債を買いたがらないから日銀が買い支えている」と批判した。彼はGPIFの運用担当者と会った際、マイナス金利の日本国債を保有しているか尋ねたところ、「そんなわけがない」と笑われた逸話を紹介している。GPIFは外国株式や外国債券への投資を拡大し、国内債券の割合を政策的に25%にまで下げており、「国債買い手の枯渇」という主張の根拠になっている。
  • 財政赤字の累積
     日本の政府債務残高はGDP比約260%に達しており、巨額の財政赤字が続く限り、国債への需要が自然に回復しないという見方が根強い。ガンドラック氏は「米国も同じ道をたどり、最終的には中央銀行が紙幣を印刷して買い取るしかなくなり通貨価値が犠牲になる」と警告した。

アンチテーゼ:金利正常化・外国人投資家の復帰・国内貯蓄の厚み

  • 金利上昇と市場機能の回復
     インフレと円安への対応として、日銀はYCCを事実上放棄し、2024〜2025年にかけて2度の利上げを実施した。これにより10年物・30年物の利回りは18年ぶり、あるいは過去最高まで上昇し、イールドカーブは自然な姿を取り戻しつつある。金利上昇により投資妙味が出てきたため、外国人投資家によるJGB購入が急増している。
  • 国内金融機関・GPIFの戦略
     GPIFの基本ポートフォリオは国内債券・外国債券・国内株式・外国株式をそれぞれ25%ずつ配分する構成で、国内債券の比率が突出して低いわけではない。加えて、GPIFや生保など日本の機関投資家は約3.6兆ドルを海外資産に投資しており、円金利が上昇すると外債から国内債券へ資金を戻す余力がある。また、日本は世界最大の対外純資産国であり、膨大な国内貯蓄が債券市場を支える「最後の買い手」として存在する。
  • 外国人投資家の需給要因
     2025年には、ドルを円にスワップして1年物JGBを購入した場合、米国1年国債(約3.9%)よりも30bp程度高いリターンが得られるようになり、通貨ヘッジ後利回りが魅力的になっている。イールドカーブが急勾配であることから、キャリー・トレードや債券投資戦略が再び注目を集めている。

ジンテーゼ:矛盾の統合と今後の展望

  • 金融政策の転換点
     長年続いた極端な金融抑圧政策は、副作用として市場機能の歪みや国債需要の縮小をもたらした。一方で、急速な金利正常化は実体経済の減速や財政負担の拡大を引き起こすリスクが高い。植田和男総裁は慎重なペースでの利上げとバランスシート縮小を進め、金利水準の「適正化」と経済の安定を両立させようとしている。
  • 投資家構造の変化
     GPIFは国内債券に対する比重を減らしつつも、依然として基本ポートフォリオの四分の一を国債で運用している。これにより、完全な「国債買い手不在」という議論は行き過ぎである。むしろ、国内の巨大な年金基金や銀行、生保は利回りが十分上昇すれば再び国債を買い増す余地がある。その一方で、株式・外債への分散投資を強化する方針は維持され、市場競争力を高める取り組みが続く。
  • 財政と通貨のジレンマ
     日本の公的債務残高は依然として高く、人口減少や社会保障費増大により財政余地は限られている。今後は、税制・歳出改革と成長戦略を組み合わせて債務の持続可能性を確保する必要がある。円安が続けば輸入物価とインフレを押し上げるが、逆に円高に転じれば輸出企業や株式市場に影響が出る。通貨価値を維持しつつ金利を正常化するには、慎重な金融政策とともに財政健全化が不可欠である。
  • グローバルな示唆
     米国や欧州でも財政赤字と金利上昇の組み合わせが問題視されている。ガンドラック氏の懸念が示すように、巨額の財政赤字を抱える国では中央銀行が債券の最後の買い手になり、通貨価値が下落する可能性がある。日本の経験は、過度な金融抑圧がもたらす歪みと、その後の正常化過程でのリスクを示すものであり、他国にとっても参考となる。

要約

日本国債市場は、長期にわたるマイナス金利と日銀の大規模な国債買いにより、市場原理が働きにくい状態に置かれていた。ガンドラック氏は「誰も日本国債を買いたがらない」と述べ、GPIFの運用担当者がマイナス金利国債を保有しないと笑った逸話を紹介している。しかし、2024〜2025年にかけてはインフレと円安を受けて日銀が利上げを実施し、10年物国債は1.96%、30年物は3%超まで上昇。金利正常化により外国人投資家の需要が回復し、日本は対外純資産という強みも持つ。GPIFの基本ポートフォリオは国内債券・外国債券・国内株式・外国株式を均等(各25%)に配分し、過度に国内債券を避けているわけではない。今後は金融抑圧政策と金利正常化の間でバランスを取る必要があり、財政健全化を伴わなければ国債需要の回復は限定的となる。

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