はじめに
2025年12月16日に発表された米国11月の雇用統計は、非農業部門雇用者数が前月比6.4万人増と市場予想(5万人増)を上回り、10月の▲10.5万人から反発しました。しかし失業率は4.6%と9月の4.4%から上昇し、統計が開始された1948年以降で政府閉鎖の影響により初めて10月の数値が欠落するなか、4年ぶりの高水準となりました。この統計を巡り、景気後退が不可避とする論者と、データの歪みや労働市場の強さを評価する論者の間で見解が分かれています。
テーゼ(景気後退論)
- 失業率の上昇と雇用増の鈍化
過去のデータから「失業率が一度上昇し始めると景気後退入りまで止まらない」傾向があり、今回の失業率4.6%はコロナ禍を除けば約8年半ぶりの高水準です。雇用の伸びは4月以降ほぼ横ばいで、医療や建設での増加に対し運輸・倉庫業などで減少が目立ちます。構造的な要因として、移民抑制政策や若年層の進学増、AI導入によるレイオフなどが就業率低下に寄与していると指摘されます。 - 賃金インフレの沈静化と需要減少
11月の平均時給は前年比3.5%増と10月の3.7%増から減速しており、賃金インフレは鈍化しています。賃金上昇の抑制はインフレには好材料だが、個人消費には逆風となる可能性が高く、消費の鈍化が景気全体を冷やすとの懸念が強まっています。 - 労働需給の悪化
マネックス証券の分析では、非農業部門雇用者数が市場予想を上回ったものの、トリム平均と比較しても低水準にとどまり、全体的な弱さが意識されると評価しています。また、中小企業の未充足求人割合の低下を背景に、失業者1人あたりの求人が減少しており、今後失業者の再就職が難しくなることで労働市場の悪化が懸念されるとしています。このような労働需給の緩和はリセッション入りの兆候とされます。
アンチテーゼ(緩やかな減速論)
- 統計の歪みと一時的要因
11月の失業率上昇は43日間続いた政府閉鎖の影響で家計調査のサンプルが大幅に変動し、標準誤差が高くなったことによる「テクニカル要因」との指摘があります。ReutersやBLSは、10月のデータ欠落により合成ウエイトが調整され、通常の倍の新規世帯が調査対象となったことで上方バイアスが生じた可能性があると報じています。 - 民間雇用の底堅さ
民間部門の雇用増は堅調で、ヘルスケアや建設で大きく増加しています。過去3か月の民間雇用増は平均7.5万人で、連邦準備理事会(FRB)の一部エコノミストは、このペースであれば金融政策を据え置く余地があるとみています。また、10月に見られた▲10.5万人という大幅な減少は、政府の支出削減による連邦職員の一時的な離職が主因であり、11月はその反動による回復と見ることもできます。 - 金融政策と軟着陸期待
マネックス証券は、FOMCが12月に政策金利を0.25%引き下げ3.50〜3.75%とし、金利見通しを巡って意見が分かれる中でも労働市場の改善には時間を要するとの認識を示しています。一方、Axiosは、FRBのパウエル議長が移民抑制により労働力人口の増加が鈍っていると述べ、労働市場は公式統計が示すより弱いものの、供給・需要ともに減少しているため賃金圧力は緩やかに低下していると伝えています。利下げが進めば借入コストが低下し、需要下支えの効果が期待されるため、景気後退を回避できるとの楽観的見方もあります。
総合(今後の見通し)
雇用統計の数値は一部歪みがあるものの、労働市場がピークを過ぎて減速局面に入ったことは確かです。医療・教育や建設業などで雇用が増え続ける一方、運輸・倉庫や一部サービス業での人員削減、AIや業務効率化によるリストラ、移民政策の厳格化など、構造的な要因が労働供給を圧迫しています。また、就業率の低下と求人倍率の下落が示すように、求職者と求人のミスマッチが生じており、失業率が高止まりするリスクが高い。
一方で、11月の失業率が一時的な計測誤差や政府閉鎖の影響で押し上げられた可能性は否定できず、12月以降のデータで修正が入る可能性もあります。民間雇用の底堅さやFRBの慎重な金融政策運営により、急激な景気後退は避けられるとの見方も存在します。今後は、民間部門雇用のトレンド、労働参加率の推移、賃金インフレの動向、消費者支出の持続性を総合的に観察することが重要です。
まとめ
11月の米雇用統計は、非農業部門雇用者数が市場予想を上回る6.4万人増となったものの、失業率は4.6%に上昇し、過去数か月の上昇トレンドを確認しました。景気後退論者は、この失業率の上昇と雇用増の鈍化、求人倍率の低下をもとに2026年の景気後退を予想しています。一方、統計の歪みや政府閉鎖による一時的要因、民間雇用の底堅さを重視する論者は、失業率の上昇を鵜呑みにすべきではなく、ソフトランディングの可能性も残されていると主張します。両者の見解を踏まえると、労働市場は明らかに減速しているものの、政策対応やデータの調整次第で景気後退が避けられる余地もあり、今後の統計と政策動向を注視する必要があります。

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