1. そもそもペーパーETFの価格は何に支えられているか
貴金属ETFの価格は、理論上は次の三点で成り立っています。
- 現物在庫の存在
ETFは「現物を保有している」という前提で発行される - 裁定取引(アービトラージ)
ETF価格と現物価格が乖離すれば、- 安い方を買い
- 高い方を売る
ことで価格差が解消される
- 創造・償還メカニズム
指定参加者(AP)が- 現物を差し出してETFを新規発行
- ETFを返して現物を受け取る
ことで需給を調整する
この三点が機能している限り、ETF価格は現物価格に「ほぼ追随」します。
2. 追随できなくなる第一段階:在庫制約
① 現物不足が発生する
- 銀や一部貴金属では
- 工業需要
- 中央銀行・国家備蓄
- 個人の現物引き出し
が同時に強まると、市場で即時調達できる現物が枯渇します。
② 創造(新規発行)が止まる
- ETFの新規発行には現物の差し出しが必要
- しかし現物が手に入らなければ
→ ETFを増やせない
③ 結果
- 現物価格:需給逼迫で上昇
- ETF価格:供給が増えず、売買が詰まり上昇が遅れる
ここで初めて
「ETFは本当に現物を反映しているのか?」
という疑念が生まれます。
3. 第二段階:規制・制度リスクによる裁定崩壊
① 規制が裁定取引を妨げる
以下が同時に起きると、裁定が機能不全に陥ります。
- 証拠金引き上げ
- 銀行の自己勘定取引制限
- 現物輸送・保管に関する規制強化
- 地政学リスクによる物流遮断
② 裁定者が「割に合わない」と判断
- 本来なら
ETFが安い → ETFを買い、現物を売る - しかし
- 証拠金コスト
- 規制リスク
- 受け渡し不能リスク
が高すぎると、裁定者が市場から撤退
③ 結果
- ETF価格と現物価格の乖離が放置される
- 「理論価格に戻る力」が消える
4. 第三段階:投資家心理の転換
ここが最も重要です。
① 投資家の気づき
- 「ETFは現物を持っている“はず”だが、
いざ不足すると価格が追いつかない」 - 「現物を引き出せる保証はない」
② 行動の変化
- ETFを売却
- 現物・地金・コイン・現物先物へ移行
- 「紙」より「手に取れるもの」を選好
③ 自己強化ループ
- ETF売却 → ETF価格がさらに弱くなる
- 現物購入 → 現物価格がさらに上がる
→ 乖離が拡大
5. なぜ「危機時」にだけ顕在化するのか
平常時は問題になりません。
- 在庫に余裕がある
- 規制が緩い
- 裁定が円滑
しかし、
- 高インフレ
- 戦争・制裁
- 通貨不信
- 中央銀行の金属買い
といった体制不安の局面では、
ペーパー資産は「信用商品」である
という本質が露呈します。
6. 本質的な構図
| 現物 | ペーパーETF |
|---|---|
| 供給制約が価格を押し上げる | 制度・規制が価格を抑える |
| 国家・産業が奪い合う | 金融インフラに依存 |
| 危機時に強い | 危機時に弱い |
このズレが、「ETF価格が現物に追随できない局面」の正体です。
要約
貴金属ETFは、現物在庫・裁定取引・創造償還という制度が正常に機能している限り、現物価格に追随します。しかし、現物不足や規制強化、証拠金引き上げが重なると、ETFの新規発行や裁定取引が滞り、ETF価格が現物価格に追いつけなくなります。この乖離は投資家の不信を招き、ETFから現物への資金移動を加速させ、結果として現物高・ペーパー安という構図が自己強化的に進行します。これは「紙の信用」と「実物の希少性」が衝突する局面であり、危機時にのみ顕在化する構造的現象です。

コメント