米国のスコット・ベッセント財務長官は、世界経済に対する最大の脅威として「先端チップの97%(あるいは99%)が台湾で製造されている点」を挙げ、台湾が封鎖されれば「経済的な黙示録」になると警告した。以下では、この主張を弁証法的に検討する。
命題(主張)
ベッセント氏が問題視するのは、半導体、とくに人工知能やスマートフォンに使われる最先端のロジックチップ(10ナノメートル以下)製造の大部分が台湾に集中している点である。台湾では台積電(TSMC)が世界の先端ロジックチップの9割以上を製造し、米国や欧州、中国などの大企業が設計したチップを同社が受託生産している。供給が台湾に集中しているため、中国が台湾に対し封鎖や軍事行動をとれば、スマートフォンやデータセンター、人工知能、航空機・自動車など多くの産業でチップ不足が起こり、世界経済が機能不全に陥る可能性がある。米国のいくつかの研究では、台湾封鎖が1年間続けば世界の国内総生産(GDP)は5〜10%減少し、先進国の企業だけでも数兆ドルの損失が生じると試算されている。このような脆弱性を回避するため、ベッセント氏は製造拠点を米国や同盟国へ分散させる「デリスキング」が必要だと主張している。
反命題(反論)
ベッセント氏の懸念は的を射ている部分があるものの、いくつかの点で誇張されている。
- 「97%」という数値の誤差:各国政府や業界団体の調査によれば、台湾は世界の先端ロジックチップ製造の約92%を担い、残りは韓国が生産している。またDRAMやNANDといったメモリーチップは韓国企業が過半を生産している。一般的なマイクロコントローラや車載用チップなど成熟世代の半導体は米国・日本・欧州・中国などの工場でも生産されており、台湾の割合はそれほど高くない。したがって先端ロジックチップへの依存は大きいものの、全ての半導体生産が台湾に集中しているわけではない。
- 封鎖の現実性と互恵的なダメージ:台湾海峡の封鎖は世界経済に大きな混乱をもたらすだろうが、中国も世界貿易に深く組み込まれており、台湾封鎖は自国経済にも甚大な打撃を与える。台湾は半導体生産を武器として「シリコンシールド」と呼ばれる抑止力を持つ。しかも封鎖が実際に長期化すれば国際社会は外交・経済制裁や海上護衛など多角的な対応をとり、完全な封鎖が続く可能性は高くない。
- 代替生産と政策対応:各国はすでにサプライチェーンの多元化を進めており、米国のCHIPS法は数百億ドル規模の補助金で国内製造拡大を支援している。台積電はアリゾナ州で複数の先端工場と先進パッケージ工場を建設中で、総投資額は1,650億ドル超に達する見通しである。サムスン電子はテキサス州で2ナノメートル(2nm)世代の半導体工場を2026年に稼働させるべく数百億ドルを投じ、先端チップを米国内で量産する計画だ。インテルもアリゾナ・オハイオなどで総額1000億ドルを超える投資を進め、18A(1.8nm相当)プロセスを米国で量産する予定である。日本でもTSMCとソニーなどの合弁会社が熊本県で12〜28nmの工場を稼働させ、4nm AIチップ生産も検討している。2026年以降には欧州連合の「EUチップ法」に基づく2nmパイロットラインやドイツの新工場が立ち上がる予定だ。2025〜2036年にかけて、先端AIチップの生産比率は85:15(台湾:米国)へ移行し、さらに80:20へ広がると予測されている。こうした動きにより台湾依存度は徐々に低下しつつある。
- 技術と投資の障壁:先端半導体製造は極端紫外線(EUV)露光装置など極めて高度な装備を必要とし、技術者の経験やサプライチェーンの集積も不可欠である。新工場の建設には数十億ドルと数年の時間がかかり、長期的に見ても台湾と韓国のリードは簡単には崩れない。したがって「すぐにリスクを解消できる」と楽観することもできない。
総合(統合的考察)
ベッセント財務長官の警告は、世界経済が特定の地域に依存するリスクを浮き彫りにしたという点で意義がある。台湾が世界の先端ロジックチップの大部分を生産している事実は変わらず、万一台湾海峡で大規模な衝突や封鎖が起きれば、半導体を必要とするほぼすべての産業が影響を受け、世界経済に深刻な混乱が生じる可能性は高い。しかし、台湾のシェアは92%程度であり、韓国や米国、欧州、日本に一定の生産能力が存在する。現在進行中の巨額投資や政策支援により先端チップの生産拠点は徐々に分散しつつあり、2030年代には台湾の独占的地位は一定程度和らぐと見込まれる。また、中国にとっても封鎖や侵攻は自国経済に甚大な損失をもたらすため、抑止力として働く。ベッセント氏の表現した「経済的な黙示録」は危機を強調する政治的レトリックであり、リスクの大きさを誤認させる恐れもある。実際には、台湾依存のリスクを認識しつつ、多元的な供給網の構築や外交的解決の努力を進めることが現実的な対応である。
要約
- ベッセント財務長官は、先端ロジックチップの大部分が台湾に集中していることを「世界経済の最大の脅威」と指摘した。
- しかし実際のシェアは約92%で、残りは韓国などが生産しており、メモリーチップや成熟世代の半導体は他地域でも製造されている。
- 中国による台湾封鎖が起これば世界経済に数兆ドル規模の損失が生じる可能性はあるが、中国自身も大きな損害を受けるため抑止力が働く。
- 米国・韓国・日本・欧州では巨額の投資や政策支援によって先端チップの分散生産が進みつつあり、台湾依存度は徐々に低下する見通しだ。

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