ドンロー主義の正体:対中弱体化か、米国一国主義の再演か

序論

米国のドナルド・トランプ大統領(第45代、第47代)は2025年末に発表した国家安全保障戦略で、19世紀のモンロー主義を復活させ、「トランプ版モンロー主義」あるいは「ドンロー主義」と称する構想を打ち出しました。2026年1月3日には特殊部隊がベネズエラのニコラス・マドゥロ大統領を拘束するなど、実際の軍事行動が始まっています。この「ドンロー主義」の本質が「中国弱体化」にあるのか、それとも別の狙いがあるのかを弁証法(三段論法)に基づいて検証します。

1. テーゼ:ドンロー主義は中国の弱体化を狙う

  1. 中国のエネルギー供給を狙い撃ち
    トランプ政権はマドゥロ拘束直後にベネズエラの石油輸出を米国へ振り向けると発表し、ベネズエラが30〜50万バレル/日の原油を米国へ提供するとしました。ロイターは、ベネズエラの原油輸出の大半が中国向けであり(2025年約40万バレル/日で輸出全体の50%以上)、米国がこの石油を奪うことで中国の供給を4か月分減らせると報じています。トランプ政権はベネズエラ暫定政府に対し中国との経済関係を断つよう要求し、石油会社ペトロシノベンサなど中国との合弁事業を標的にしています。
  2. 中南米からの対中影響排除
    トランプは国防関連予算を背景に、西半球の資源や通商ルートを「米国の裏庭」として確保すると主張しています。豪州AICDの経済分析は、ドンロー主義が米国以外の競合国が西半球に勢力を置くことを禁じる政策であり、国際影響力を再び米国に集中させる試みと解釈しています。2024年までに中国とラテンアメリカの貿易額は約5180億ドルに達し、ベネズエラの石油輸出の約90%が中国向けになると予測されていました。ドンロー主義はこのような中国の経済進出に対抗して、西半球から中国・ロシア・イランなどを排除することを目的としているとされます。
  3. 資源支配による対中牽制
    トランプはグリーンランド(デンマーク自治領)の買収やカナダ併合なども示唆しており、北極圏の希少資源を確保する意図が指摘されています。アナリストは、ベネズエラの石油(世界最大の確認埋蔵量)を米国が統制すれば世界の原油価格を操作でき、中国にとって重要な資源供給路を握ると指摘します。Future Centerの報告では、中国は2007年以降ベネズエラに約670億ドルを投資し、ベネズエラの債務返済は石油で賄われており、この支払スキームが米国の交渉材料になっています。米国がこのシステムを掌握すれば中国の資金回収能力を脅かすことができます。
  4. インド太平洋ではなく西半球に軸足を置く方針
    新国家安全保障戦略は「モンロー主義の再確認」を明記し、西半球の主導権を取り戻すと宣言しています。これにより、中国との覇権競争がアジアから中南米へ拡大し、中国は内政の多角化に直面します。Future Centerは、マドゥロ拘束が中国にとって「地域覇権回帰の宣言」であり、米国が軍事力を使って投資や契約を無効にできることを示したと述べています。

2. アンチテーゼ:ドンロー主義は対中政策ではなく国内政治と利権優先の演出

  1. ベネズエラ石油の影響は限定的
    EUの安全保障研究所(EUISS)は、ベネズエラの石油は中国の輸入量の4%未満であり、中国は供給源を多様化しているため、米国の奪取はエネルギー安全保障に重大な影響を与えないと指摘します。State Street Global Advisorsの分析も同様に、ベネズエラ石油は中国の輸入の約4%に過ぎませんが、ベネズエラからの輸出の大部分が中国向けであるため「依存度」が高いだけで、中国全体の石油供給には大きな影響はないと述べています。
  2. パフォーマンス優先の外交
    カーネギー財団の評論は、トランプが西半球で帝国主義的な演出を行っているが計画性が乏しく、「ゴーン・ローグ・ドクトリン」と揶揄されています。EUISSも、米国のマドゥロ拉致が国際社会にショックを与えたものの、中国のイメージ向上や対米批判の材料を与えただけであり、米国が得た実利は乏しいと分析しています。
  3. 対中脅威は口実で真の狙いは資源・利権
    責任ある国家運営研究所(Responsible Statecraft)の論説は、ドンロー主義を「粗雑で自滅的な勢力圏ゲーム」と評し、米国は歴史的にラテンアメリカへの介入を正当化するために中国やロシアの脅威を誇張してきたと指摘します。同記事は、マドゥロ拉致は米国がベネズエラの石油利権を取り戻すためのものであり、対中牽制よりも米企業の利益と国内政治基盤(キューバ移民ロビーなど)へのアピールが強いと論じています。
  4. 逆効果:地域諸国の反発と中国の存在感向上
    Responsible Statecraftは、米国の強圧的な姿勢がラテンアメリカ諸国をかえって中国に接近させると警告します。カーネギーの分析も、トランプの行動は欧州やラテンアメリカ諸国の反発を招き、米国が築いた同盟関係を損なう危険があると述べています。Future Centerは、中国が軍事的報復を避けつつも、投資や貿易を通じて中長期的に影響力を拡大するシナリオを提示し、米国の行動が「創造的混沌」を招きかねないと警告します。
  5. 中国にとっても石油は副次的要素
    中国の論考を紹介するSinificationの分析では、ベネズエラ侵攻の主目的は石油ではなく政治的なメッセージであり、中国の専門家は油田確保よりも国際秩序や国際法の侵害への懸念を強調しています。中国は非難声明を出しましたが、制裁や軍事行動には慎重であり、自国企業に契約書類の保存や仲裁準備を呼びかけるなど、現実的なリスク管理に徹しています。これは、ドンロー主義が対中強硬策というよりも象徴的な演出であることを示唆します。

3. ジンテーゼ:対中牽制と国内政治が混在した戦略、効果は限定的

  1. 複合的な動機
    ドンロー主義は、確かに米国の西半球支配を強調し、中国など域外勢力の排除を狙っています。米政府はベネズエラやキューバなどの反米政権を連鎖的に転換させる「ドミノ戦略」に言及し、中国が依存するイランやベネズエラの石油を断つことで資源安全保障に揺さぶりをかける意図を隠していません。しかし、ベネズエラ産油の中国輸入に占める割合は小さく、輸出先を変えるだけでは中国のエネルギー戦略に致命的打撃を与えられません。
  2. 国内政治と利権の影響
    マドゥロ拉致やグリーンランド併合の議論は、米国内の強硬派やキューバ系移民、資源産業ロビーの支持を得るためのパフォーマンスと見る向きが強い。Responsible Statecraftは、こうした行動が「利権のための武力外交」と評し、歴史的に企業利益のために外国政府を転覆させてきた米国の伝統と同じだと指摘します。
  3. 中国の対応と国際秩序への影響
    中国はベネズエラへの巨額投資や石油債務の回収を継続しつつ、公然たる対抗措置は控えています。EUISSは、中国がエネルギー部門の利権を守るために静かに交渉を続ける一方、国連などで米国を「国際秩序の乱れの元凶」と非難し、自身を責任ある大国として演出していると指摘しています。Future Centerも、中国が米国の介入を「地域覇権回帰」と受け止めつつ、台湾や南シナ海など自身にとって重要な地域に注力する可能性が高いと分析します。つまり、ドンロー主義は中国への挑戦であると同時に、中国に国際法遵守や多極共存の旗を掲げる機会を与えています。
  4. 長期的な帰結—勢力圏競争の激化と世界秩序の再編
    トランプのドンロー主義は、米国が国際法や同盟国との協調よりも一国主義を優先する姿勢を露骨に示しました。これは、他の大国が同様の論理で勢力圏の確保を主張する口実となり、ロシアのウクライナ侵攻や中国の南シナ海での行動を正当化する危険があります。カーネギーの分析は、21世紀の複雑な国際社会では旧来の勢力圏構想は機能せず、むしろ同盟国やパートナーの離反を招くと警告しています。ドンロー主義が短期的な外交成果をもたらしたとしても、長期的には米国の信頼とルールに基づく国際秩序を損なう可能性が高いでしょう。

最後に要約

ドンロー主義は、西半球から中国などの影響力を排除し、ベネズエラの石油を取り込んで中国のエネルギー供給を揺さぶることを掲げています。米国はベネズエラの原油30~50万バレル/日を米国に引き込み、中国やロシア、イランをベネズエラから排除する意図を公然と述べています。2024年時点でベネズエラの石油輸出の90%近くが中国向けと見込まれており、中国は670億ドル超を同国に投資してきました。こうした状況から、ドンロー主義が中国弱体化を狙うのは確かだと言えます。

しかし、ベネズエラ産油は中国の輸入全体の4%に過ぎず、中国は輸入先を多様化しているため、米国の措置が中国のエネルギー安全保障に与える影響は限定的です。ドンロー主義の背後には、米国企業の利権確保や国内政治上のパフォーマンスも大きく影響しており、無計画な力の誇示が同盟国の反発を招き、ラテンアメリカ諸国をかえって中国に近づける可能性もあります。中国は非難声明を出しつつも実質的な対抗措置は避け、国際秩序の守護者としてのイメージ向上を図っています。

総じて、ドンロー主義は対中牽制と国内政治・利権追求が混在した政策であり、その効果は限定的です。短期的には米国がベネズエラやキューバなどで影響力を拡大する可能性がありますが、長期的には国際秩序の不安定化と米国の信頼低下を招きかねません。中国を弱体化させるという目的は部分的に達成されるかもしれませんが、世界各地で勢力圏をめぐる競争を激化させる代償は大きいでしょう。

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