米国や欧州の列強は8000〜3000トン単位の巨額の金準備を保有しており、世界全体の6割以上を占めている。例えば、米国が約8133トン、ドイツが3352トン、イタリアやフランスが約2450トンを公的準備として保持する。ロシア(2333トン)や中国(2279トン)も近年急速に積み増している。これに対して英国の公式準備は310トン程度で、世界17位に過ぎない。その理由を巡っては、(1)政府の特別会計である外為平衡勘定(EEA)が大量の金を抱えているのではないか、(2)ロンドンが金市場の中心であるため民間や外国の金を多く預かっており、政府は自ら金準備を持つ必要がないのではないか、といった見方がある。これらを弁証法的に検討する。
命題:英国も実は大量の金を保有しているのではないか
EEAは1932年の創設以来、国際準備(外貨・SDR・金)を一元的に管理しており、金を含む資産の購入・売却が認められている。2017/18年度のEEA年次報告書では、金は「金融資産に類似するもの」として時価評価され、期末残高は94億10千万ポンドとなった。これは金価格を当時のポンド建て価格(1オンス約943ポンド)で割り戻すと約300トンに相当し、英国の公式保有量とほぼ一致する。つまり、英国の「金準備」は外為特会(EEA)が保有する約300トンが全てであり、その量自体は他国に比べ小さいが、イギリス政府は適正なリスク・リターン・流動性の組み合わせの下で金を保有し続けていることがわかる。
反命題:EEAの金準備は少なく、ロンドンの金はほとんどが他国・民間のもの
現在の英国の金保有量が低い最大の理由は、ゴードン・ブラウン財務相が1999〜2002年にかけて金準備の半分(約395トン)を売却し、外貨資産に分散投資したことにある。この政策は金価格が20年ぶりの低水準にあった時期に実施され「ブラウンの底値売り」と批判されたが、公式理由は「金価格の変動が大きくリターンを生まないため、ポートフォリオの安定を図る」だった。結果として英国の金準備は300トン程度に固定されたままだ。
一方、ロンドンは世界の金取引の中心であり、イングランド銀行の地下には約40万本の金塊が保管される。しかし、そのほとんどは英国のものではない。銀行は国際金融機関や60か国以上の中央銀行、一部の商業企業のために保管サービスを提供しており、自ら所有するのは展示用の2本のみである。このサービスはロンドン金市場の流動性を高めるためのもので、顧客が名義だけを入れ替えて売買できる仕組みを整えている。したがって、国内に大量の金が眠っていても、それは英国政府の裏付けではなく、預託受入業務の結果である。
総合:低い金準備は政策選択であり、民間保有を代替にはしない
以上を踏まえると、英国の公式金準備が少ないのは、外為特会が積極的に外貨資産に分散し、金への依存度を引き下げる戦略を選択した結果である。EEAは金を保有しているものの規模は約300トンにすぎず、米欧列強とは桁違いに少ない。また、ロンドンに集積する巨額の金は他国や民間の所有物であり、英国政府がその上に財政的な権利を持つわけではない。英国が金準備を減らした背景には、(1)変動性の高い金よりも外貨資産の方がポートフォリオのリスク分散に寄与するという判断、(2)ポンドが主要通貨として信認を得ており、米国やユーロ圏に比べ外貨準備の安全弁として金を大量に持つ必要が低いという事情がある。もっとも、金には金融危機時の安全資産としての役割があるため、EEAが一定量を保持していることも重要である。ロンドン市場の流動性によって英国経済が恩恵を受けているとはいえ、民間や外国の金保有は政府準備の代替にはならない。

コメント