実質金利は「名目金利−期待インフレ率」で定義されますが、この式を運用する際には使う金利やインフレ率の内容が重要になります。短期と長期では金利水準や変動要因が異なり、期待インフレ率も市場の期待や家計・企業の予想によって大きく変わります。そのため、目的に応じて複数の名目金利と、複数のインフレ期待指標を組み合わせて実質金利を計算することが望ましいとされます。
そもそも名目金利には、政策金利のような短期金利と、国債利回りや社債利回りのような長期金利があります。短期金利は金融政策の意図を反映するため景気判断や短期的な金融環境を測るのに便利ですが、企業や家計が長期の投資・貯蓄を判断する際の基準にはなりにくいことがあります。一方、10年国債など長期債の利回りは将来の短期金利の予想経路と長期のリスク・プレミアムを含むため、投資家が数年単位の投資収益を考える際にはこちらがより適した名目金利となります。したがって、景気や金融政策の分析には政策金利を、住宅ローンや企業投資の評価には長期国債利回りを選ぶなど、目的に応じて金利の期間を使い分ける必要があります。
期待インフレ率についても、過去の消費者物価指数(CPI)や個人消費支出価格指数(PCE)といった実績インフレ率を当てはめる方法は簡便な一方で、将来の物価観測を反映していないため長期的な判断には適しません。市場ベースの期待インフレ指標で代表的なのがブレーク・イーブン・インフレ率(BEI)です。これは名目長期国債の利回りから同年限の物価連動国債の利回り(実質長期金利)を差し引いて算出した値で、投資家が将来平均でどの程度のインフレを織り込んでいるかを示す指標として使われます。たとえば日本のBEIは、10年固定利付国債の利回りから10年物価連動債の利回りを引いて計算され、市場が今後10年間の平均インフレ率を1〜2%程度と見ているかどうかを読むことができます。米国では同様に10年物価連動米国債(TIPS)の利回りが実質長期金利とみなされ、その差で10年物の期待インフレ率を推定します。
ただし、BEIは物価連動国債特有の流動性プレミアムや元本保証プレミアム、名目債と実質債のタームプレミアムの差といった要因も含んでいるため、必ずしも純粋なインフレ期待を表しているわけではありません。そこで、市場ベースのBEIだけでなく、消費者や企業に対するアンケート調査によるインフレ予想(調査ベース)も併用し、両者に大きな乖離がないか確認することが重要です。例えば、調査では2%程度のインフレを予想していても、BEIが大きく乖離していれば流動性の問題やリスクプレミアムが影響している可能性があります。
長期的な投資判断の具体例としては、10年国債利回りと10年物BEIを用いる方法があります。10年国債利回りが2%、同年限の物価連動国債利回りが0.5%なら、BEIは約1.5%となります。これは市場が向こう10年間に平均1.5%のインフレを織り込んでいることを示し、実質10年金利は0.5%と考えられます。株式や不動産など長期投資を検討する場合、このように長期の名目金利と対応するインフレ期待を用いて「実質長期金利」を推定すると、将来の実質リターンをより的確に評価できます。
まとめると、実質金利を精度高く求めるには、①分析目的に適した期間の名目金利を選ぶこと、②期待インフレ率については市場ベース(BEI)と調査ベースの両方を参照し補正すること、③長期投資判断には10年債利回りと10年物BEIの組み合わせを用いて実質長期金利を推定することが有効です。これにより、政策金利に単純に実績インフレ率を引くだけでは分からない実質金利の姿が明らかになり、金融政策や投資判断の精度を高めることができます。

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