ドナルド・トランプ氏のような強権的なリーダーが覇権国(米国)のトップに立った場合の世界経済への影響は、短期的な利得と長期的なリスクが混在している。以下では、弁証法的な視点から「正(thesis:肯定的側面)」「反(antithesis:否定的側面)」「合(synthesis:総合的な見解)」を論じる。
正:短期的な景気刺激という“強権による成長”
- 減税と規制緩和による景気押し上げ
- 2017年の「税制改革法(TCJA)」は法人税率を35%から21%へ下げ、所得税も全階層で減税し、消費と企業収益を押し上げた。
- 規制緩和と減税への期待は企業心理と投資を大きく改善した。保守系シンクタンクであるHoover研究所の分析によれば、規制緩和と減税が企業投資と実質GDPを押し上げ、NFIB(米国独立企業連盟)の調査でも規制への懸念が大幅に低下した。2017年の実質GDP成長率は前2年間の2.1%から3%に加速し、短期的には「強権的リーダーによる大盤振る舞い」が国内景気を刺激したことが伺える。
- 2025年の「One Big Beautiful Bill(大美法)」は2017年の減税を恒久化し、チップや残業手当の非課税化などを盛り込むことで、長期GDPを約1.1%押し上げると財政保守系のタックス・ファウンデーションは試算している。
- 規制撤廃によるコスト削減
- トランプ政権(2期目)は前政権の規制を10対1で削減する目標を掲げ、環境規制やエネルギー効率基準の撤回によって9,000億ドルを超えるコストを削減できると主張した。ホワイトハウスの試算では、バイデン政権下の規制を撤廃すれば年間0.29〜0.78ポイントの経済成長押し上げ効果と、10年間で1.1〜2.9兆ドルの財政赤字削減効果が生じるとしている。
- 規制緩和はインフレ率を0.6%、金利を0.7ポイント引き下げる効果もあると政府は主張する。強権的な指導者が行政命令によって規制を大胆に撤廃することで、短期的には企業コストを下げ、株価や投資家心理を刺激する可能性がある。
- 中央銀行に対する圧力が生む景気拡大
- トランプ氏は2018~2019年にFRB議長ジェローム・パウエル氏に対し「無能だ」と公然と攻撃し、政策金利を1%未満に下げるよう要求した。政策が思い通りにならない場合には解任を検討すると脅迫し、2期目には副議長や理事を交代させるなど人事介入を試みた。
- ピーターソン国際経済研究所(PIIE)は、政治的圧力によりFRBが本来より早く利下げに踏み切れば、短期的には米国のGDP成長率が急増する可能性があると指摘する。利下げによる金融緩和は株価や消費を押し上げ、世界経済にも当面追い風となる。
反:強権による政策が招く長期的リスクと副作用
- 貿易戦争と報復の連鎖
- トランプ政権は中国やメキシコなどからの輸入品に最大25%の関税を課し、これが世界的な報復関税合戦を招いた。米企業はコスト増を価格に転嫁し、中国製品に対する関税だけで平均的な米国世帯に年間1,277ドルの追加負担を強いた。PIIEは、広範な関税が米国家庭に年間約1,200ドルの費用増をもたらし、消費財の価格を2〜3%押し上げると予測する。
- Reutersによれば、2025年の全面関税発動は世界の金融市場を急落させ、日本の首相が「国家的危機」と述べるなど各国の反発を招き、JPモルガンは年末までに世界景気後退の確率を60%と予測した。関税はサプライチェーンを分断し、農業や製造業の雇用を減らし、米国および世界の経済成長を低下させる。
- 中央銀行の独立性侵害とインフレリスク
- 連邦準備制度への政治介入は、市場の信頼を損ない資本流出や金利上昇を招く。PIIEは、トランプ氏が人事介入や利下げ要求でFRBの独立性を損なえば、短期的な景気刺激の後に10年以上にわたり米国の成長率が低下し、2040年には実質GDPが2.5兆ドルも下振れ、インフレ率は基準線より2ポイント高くなると予測する。
- 欧州中央銀行のラガルド総裁も「世界最大の経済の中央銀行の独立性が損なわれれば、世界経済に非常に深刻な危険が生じる」と警告した。投資家は米国債により高いリスクプレミアムを要求し、長期金利が上昇し新興国からの資本流出を招く。
- 既にトルコやアルゼンチンでは大統領が中央銀行総裁を解任し利下げを強要した結果、インフレ率が80%を超え通貨が暴落したことが示されている。同じことがドル基軸国で起これば、世界金融システム全体が不安定になる。
- 財政悪化と格差拡大
- ブルッキングス研究所は、TCJAが近年の経済を短期的に刺激したものの長期的なGDP押し上げ効果は小さく、巨額の減税は財政収支を大幅に悪化させると分析する。所得税の恩恵は高所得層に偏り、財政赤字が将来世代に負担を残す。
- 投資情報サイトInvestopediaは、トランプ政権の税政策を延長すると10年間で5~11.2兆ドルの税収が減少し、2035年までに米国の債務残高対GDP比が132〜149%に達する可能性があると指摘している。
- 政策の予測不能性と制度破壊
- トランプ氏は政策を突然変更・撤回することが多く、投資家や企業は先行き不透明感に悩まされている。CEPRは、関税戦争やFRB独立への干渉、規制の突然の撤廃などの予測不可能な政策が、ドル基軸システムの安定性を損ない世界的な不確実性を高めていると警告する。
- 2025年に創設された「政府効率局(DOGE)」は規制撤廃や人員削減を強権的に進めたが、連邦職員の大量解雇や研究資金の停止が米国内の雇用と科学技術にも悪影響を及ぼしている。強権リーダーが官僚機構や独立機関に介入すると、政策の連続性が失われ世界経済の信頼を損なう。
合:総合的見解――短期的な成長と長期的な不安定性の狭間で
弁証法的に見ると、強権的リーダーによる大規模な減税や規制撤廃、そして中央銀行への圧力は、短期的には景気を刺激し株価や雇用を押し上げる。一方で、貿易戦争の激化、制度的な独立性の破壊、財政悪化、政策の予測不能性といった副作用は、世界経済に長期的な不安定性とインフレ圧力をもたらす。
特に、覇権国の通貨と国債は国際金融システムの基盤である。中央銀行の独立性が損なわれ、為替・金利政策が政治的目的に従属すれば、国際投資家は米ドル資産への信頼を失い、資本が他国へ逃避する可能性が高い。トルコやアルゼンチンの例から分かるように、政治主導の利下げは通貨安とインフレ高騰を招き、最終的にはより厳しい金融引き締めや深い景気後退を招く。
よって、短期的な景気浮揚策と長期的な制度信頼の維持をいかに両立させるかが課題である。減税や規制緩和で企業活動を後押しする一方で、世界の投資家や取引相手国が納得する透明で予測可能な政策運営を守ることが不可欠だ。中央銀行の独立性を尊重し、多国間ルールに基づく貿易交渉を進めることで、世界経済は安定した成長軌道を維持できるだろう。
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