BRICS決済システムの実像

問題提起(テーゼ)

「BRICS決済システム」と「BRICSペイ」を混同したり、どちらも既に185カ国で使用されている、BRICSペイはゴールドで裏付けされた仮想通貨で紙幣まであり、エチオピアでマイニングが行われているなどの噂を信じている。そして、159ヶ国がBRICSペイを採用する予定で、インドも使用を決めたため「西側の敗北が決まった」といった見解も見られる。

反駁(アンチテーゼ)

  1. 「BRICS決済システム」は存在しない/代替メッセージング・システムは国ごとに異なる
    ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ等は各国の決済網(ブラジルのPix、ロシアのSPFS、中国のCIPS、インドのUPI等)の連携を検討しているが、共通の決済システムや統一通貨はまだ存在しない。ロシアのプーチン大統領も「既存インフラで十分だ」と述べ、新しい統一システムは計画していない。
    中国のCIPS(クロスボーダー人民元決済システム)は189カ国の銀行に接続するものの、主に銀行間メッセージングに用いられており、実際に利用している国は約40カ国に留まる。これはBRICS共通システムではなく、人民元建て決済を支援する中国のインフラである。
  2. BRICSペイの現状
    「BRICSペイ」は分散型の決済メッセージングプラットフォームの名称であり、ブロックチェーン技術を使って各国の決済システムを相互接続する構想である。現時点ではアイデア段階で、2024年にモスクワでプロトタイプがデモされたが、広域導入は早くても2026年以降とされる。2025年リオデジャネイロでの首脳会議でも統一通貨や正式サービス開始は見送られ、ブラジルが開発を主導しつつ、試験運用は2030年近くになる可能性があると報じられている。
    BRICSペイの公式サイトでも、同サービスは「SWIFTやVISA、Mastercardの代替ではなく補完オプション」であり、ドル排斥ではなく多通貨決済を円滑にするための仕組みだと説明している。さらに同サイトは「反ドルでも新通貨でもない」ことを強調している。
  3. 利用国数に関する誤解
    2024年にロシア国営メディアが「BRICS決済システムを159カ国が採用した」と報じたが、これはロシアのSPFSメッセージングシステムの参加機関(銀行など)が159“参加者”に達したことを誤って「国」と翻訳したものである。AFPはこの報道をファクトチェックし、RTも誤報だと認めた。BRICSペイ関係者は「159カ国への展開計画はない」と述べている。
    中国のCIPSは参加機関が多いため「185カ国」と言及されるが、これは銀行の接続地域の数であり、実際にCIPSを利用している国は限られ、BRICSペイの採用を示すものではない。
  4. ゴールド裏付け通貨・紙幣・エチオピアでのマイニング
    2024年のカザン・サミットでBRICSロゴ入りの紙幣のようなものが披露されたが、これは「象徴用のサンプル」であり、本物の通貨ではない。BRICSは各国通貨による貿易拡大を提唱したものの、共通通貨の発行は議題になっていない。
    2025年以降、金に裏付けされた「BRICS通貨」の噂が広まったが、プーチン大統領は「ドルを拒否しているわけではなく、制裁でドルが使えなくなった場合の対策を検討している」と語っており、金本位制通貨が実際に発行される気配はない。
    エチオピアがビットコイン採掘企業と契約したニュースはあるが、これは国内の電力余剰を利用するためであり、BRICSペイや金本位制通貨とは無関係である。
  5. インドの立場と「西側の敗北」論
    2025年のリオ会議でインドはBRICSペイがドルに対抗するものではないと発言し、現行の国際金融秩序との衝突を避ける姿勢を示した。インドがBRICSペイ導入を決定したとの公的発表はなく、むしろ慎重姿勢が報じられている。
    ブラジル、インド、南アフリカなどは米国や欧州との貿易も重視しており、BRICSペイが「西側に勝った」という見方は誇張である。実際、米ドルは依然として世界貿易の大半で使われており、BRICS諸国もドル依存から脱却するため時間を要すると認識している。

統合(シンセシス)

弁証法的に整理すると、現時点でのBRICSペイはSWIFTの完全な代替でもなく、金本位制の仮想通貨でもない。各国の既存決済網を相互接続し、主権通貨で貿易を行いやすくするためのメッセージング・インフラの開発段階にある。参加国も限定的で、「185カ国」や「159カ国」という数字は参加機関や接続拡張を誤解したものである。紙幣や金裏付け通貨は象徴的な議論に過ぎず、エチオピアでのマイニングもビットコイン関連でありBRICSペイとは無関係だ。

一方で、BRICS諸国がドル支配の脆弱性を意識し、新たな決済網を模索しているのは事実である。ロシアのSPFSや中国のCIPSなど、既存インフラを統合しようとする動きもあり、長期的には国際決済の多極化が進む可能性がある。しかし、この変化は漸進的であり、西側諸国が直ちに敗北するわけではない。したがって、噂や陰謀論ではなく、公式発表や信頼できる報道に基づいて議論を行うことが重要である。

最後に要約

BRICSペイは各国の決済システムをつなぎ、現地通貨による貿易を促進する分散型の決済メッセージング構想であり、現時点で統一通貨は存在しない。中国のCIPSやロシアのSPFSといったインフラを統合しようとしているが、実際の利用国は限定的で、159カ国または185カ国が参加しているという報道は誤りである。2024年に披露されたBRICS紙幣は象徴的なサンプルであり、金本位制通貨やエチオピアでのマイニングとは無関係である。

むしろBRICS諸国はドルの支配に対するリスク分散を目的として、既存の自国決済システムの連携を模索している段階であり、インドやブラジルなどは慎重姿勢を取っている。従って、「BRICSペイが世界159カ国で使われ、金で裏付けされ、インドの参加で西側が敗北した」という主張は事実に基づかない。

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