背景と論題(テーゼ)
出張時に支払われる「日当・宿泊料」などの出張手当は、本来、出張によって追加で発生する食費や雑費を補償する「実費弁償」という性格を持っています。所得税法第9条第1項第4号では、出張や転任に伴う旅費のうち「その旅行について通常必要であると認められるもの」を非課税としています。所得税基本通達9‑3は、非課税となる範囲を次のように示します。
- 旅行に必要な運賃や宿泊料などに充てる金品のうち、その旅行の目的・行路・期間、旅行者の職務内容や地位などからみて、通常必要な費用の支出に充てられると認められる範囲内の金品が非課税となる。
- 判定にあたっては、①支給額が役員と使用人全体で適正なバランスを保った基準で計算されているか、②同業種・同規模の他社が一般に支給する額に照らして相当な金額であるかを勘案する。
この考え方は、社員が業務遂行のために負担した費用の補填に過ぎない出張手当を給与とは区別し、税負担を軽減することで円滑な出張を促進する趣旨を持ちます。通達では、旅費規程を作成し、職務や地位に応じた合理的な基準に基づいて支給することが求められています。こうした制度は、法人税や社会保険料の負担を抑えながら、従業員に必要な経費を補償するメリットを持つというのがテーゼです。
反対意見(アンチテーゼ)
一方で、出張手当が税金逃れの手段として利用される可能性があるとの批判もあります。所得税法は具体的な非課税額を定めていないため、過大な額を日当として支給すれば、実質的な給与の一部が非課税となってしまいます。実際、裁判では代表者に3,000円、役員の妻に2,000円の1日当を支給した事案で、税務署が1,000円を超える部分を否認し、裁判所も「日当による合法的脱税がまかり通ることになる」と税務署の主張を認めています。
また、出張旅費規程が存在していても、支給額が役員だけ過大で一般社員は低額というような「特定層優遇」の規程は、適正なバランスを欠き非課税と認められません。同業種・同規模企業と比べて高額な支給も税務調査で問題視される可能性があり、1日3万円といった過大な日当は給与課税となるリスクが高いと専門家は指摘しています。
さらに、旅費規程の整備がないまま支給した場合は、税務調査で出張手当が給与と判断されることが多く、源泉所得税の徴収漏れや消費税の仕入税額控除否認といったリスクもある。このように、制度の濫用や運用の甘さがあると非課税制度の信頼性を損ない、公平な税負担という観点から問題があるというのがアンチテーゼです。
統合的見解(ジンテーゼ)
出張手当の所得税非課税制度には、実費弁償という合理的な根拠があり、適切に運用すれば企業・従業員双方にとって有益です。しかし、通達が示す非課税範囲は抽象的であり、具体的金額は各社の裁量に委ねられています。この不確実性が制度濫用の温床となりかねないため、次のような統合的なアプローチが必要でしょう。
- 旅費規程の整備と透明性の確保
非課税を主張するには、社内規程を定め、全役員・従業員に公平かつ一貫した基準で支給することが不可欠です。日帰りか宿泊か、距離の違い、役職の違いなどに応じて日当を区分することは通達上認められているので、合理的な区分と支給根拠を明示した規程を策定する必要があります。 - 業界相場と職務内容に基づく金額設定
支給額を決める際は、国家公務員や産労総合研究所の調査など公的・民間の相場を参照し、役員4,000~5,000円、管理職2,500~3,000円、一般社員2,000円程度といった常識的な範囲を目安にします。これを上回る場合でも、出張先の物価や職務の特性に基づく合理的な説明を用意しておくべきです。 - 証拠資料の準備と定期的な見直し
出張報告書や旅費精算書をきちんと作成し、出張が実際に行われたことや費用の妥当性を証明する必要があります。規程を定期的に見直し、物価や企業規模の変化に合わせて改訂することで、制度の透明性と公正さを維持します。 - 節税効果と公正な税負担の両立
非課税制度は適切な運用によって企業の節税や従業員の手取り向上に寄与しますが、過度な節税目的で利用すると「合法的脱税」と批判されかねません。制度利用の際は、本来の趣旨である実費弁償と業務効率化を忘れず、公正な税負担と企業の社会的責任を意識することが重要です。
要約
- 所得税法第9条第1項第4号は、出張や転任の旅費のうち「その旅行について通常必要であると認められるもの」を非課税とする。所得税基本通達9‑3によれば、非課税となるかどうかは、支給額が社内で適正なバランスを保ち、同業種・同規模の会社が一般に支給する額と比べて相当かどうかで判断される。
- 出張手当は出張中の食費や雑費を補償する実費弁償であり、旅費規程に基づき適正な金額を支給すれば非課税とされる。過大な支給や特定の役員だけを優遇する規程は非課税と認められず、給与とみなされ課税される。
- 非課税制度の濫用を防ぐためには、旅費規程を整備し、職務や役職に応じた合理的な区分で金額を設定すること、業界相場を参考に常識的な範囲に抑えること、出張報告書等の証拠資料を備えることが重要である。
- 制度は企業と従業員双方にとって節税効果と出張経費の補填というメリットを持つが、過度な節税目的で利用すると「合法的脱税」と批判される恐れがある。実費弁償という本来の趣旨を踏まえ、公正な税負担とのバランスを取った運用が求められる。

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