「万世一系」は神話か歴史か:継体天皇研究が示す連続と断絶

「万世一系」とは、古代の神武天皇を祖とする男系血統が現代に至るまで一度も断絶せず続いてきたという歴史観である。明治憲法第1条に盛り込まれ、近代日本で天皇制の正統性を支える柱とされた。このイデオロギーは皇室の権威を神格化し国民統合の象徴として機能したが、歴史学的な検証は時代とともに進み、賛否両論が提示されている。

正証〔テーゼ〕:万世一系を支持する立場

  • 考古学・史料学による継体天皇研究
    近年の研究では、万世一系を根拠づける「応神天皇五世の孫」という記紀の記述に一定の信憑性が認められている。堀大介による科研費研究では、継体天皇に関する『古事記』『日本書紀』の記事のなかから史実を抽出し、越前の古墳群や大豪族との婚姻関係など考古学的証拠を検討した結果、記紀の系譜の一部は歴史的事実に基づくと評価された。この研究は、継体天皇を「越前の豪族による簒奪者」とする従来の説を退け、王朝交代はなかった可能性を示している。
  • 新史料の発見と系譜の連続性
    2025年に公表された解説記事では、『日本書紀』より古いとされる『上宮記』に応神天皇から継体天皇までの系譜が記載されていることが判明したと報じた。さらに、継体天皇が前政権の支配機構や前方後円墳の墓制を継承していることが考古学的に確認され、王朝交替説よりも継承説が有力になっていると述べている。これによって、少なくとも6世紀以降は同一系統の王権が継続している可能性が高い。
  • 学界の主流意見
    日本の近代史研究者の多くは、神武天皇からの「万世一系」を史実とみなさないものの、崇神天皇以降の王権については王朝交替があったとする説を支持していない。批判される騎馬民族征服説や三王朝交替説に対し、考古学的証拠は連続した支配機構と文化の継続を示しているというのが通説である。
  • 史料が示す6世紀以降の男系連続
    西洋史学との比較研究などでは、日本の最初の25代の天皇の実在性は乏しいとしながらも、6世紀初頭からは男系の連続が裏付けられると指摘される。英語版ウィキペディアでも、神武天皇など初期の天皇は神話的存在であると明言しつつ、6世紀初頭の欽明天皇からは歴史的証拠が存在し、男系継承が継続していると説明している。

反証〔アンチテーゼ〕:万世一系への批判

  • 初期天皇の神話性
    『古事記』と『日本書紀』には神武天皇から数十代の系図が載っているが、古代史学者は最初の25代の天皇について歴史的証拠を欠くと指摘する。例えば初代神武天皇は太陽神の子孫として描かれ、伝承年代(紀元前660年)は神話であり、実在を裏付ける資料はない。
  • 王朝交代説・騎馬民族征服説
    戦後に水野祐らが唱えた三王朝交代説は、記紀に登場する崇神・応神・継体の3王朝が血統を異にするとするものである。また江上波夫の騎馬民族征服王朝説は、北方の騎馬民族が4〜5世紀に日本列島を征服し天皇家を興したと主張した。この説は、古墳から出土する馬具の急増などから支持されたものの、近年の研究では異民族による急激な征服を裏付ける証拠が乏しく、文化交流の結果とされ退けられている。
  • 継体新王朝説の再燃
    戦後に生まれた「継体新王朝説」は、応神天皇の男系子孫が絶え、越前から迎えられた継体天皇が他系統の豪族であったとする説である。応神から継体までの系譜が欠けていることが根拠とされ、継体は武力で皇位を奪った可能性が指摘された。この説に基づくと、万世一系の連続性は崩れる。しかし近年は上述の研究により、継体の出自が応神王統の遠縁であり、王朝交替とみなす根拠が弱いとの反論が増えている。
  • 政治的イデオロギーとしての万世一系
    万世一系は明治国家の形成期に天皇制の神聖性を強調するために用いられた政治的な理念であり、歴史的事実ではないとする批判がある。敗戦後は国家神道からの脱却とともにこの思想への批判が高まり、天皇制の正当性は国民の総意に基づくと憲法に規定された。早期の系譜操作や女帝の存在、養子による継承などがあり、男系継承が絶対視される根拠は薄いという指摘もある。

総合〔ジンテーゼ〕:万世一系をどう見るか

万世一系の正当性は、歴史学的検証と政治・文化的意義の間で揺れている。紀元前の天皇は神話上の存在であり、文字資料の乏しさから史実として検証することはできない。一方で、6世紀の欽明天皇以降は王家・氏族間の養子や遠縁の男系継承を通じて皇統が連続しているとみなせる証拠が増えている。最新の研究では、継体天皇の即位も遠縁の継承と考えられ、騎馬民族征服説など急激な王朝交代を唱える説は支持されなくなっている。

しかし、連続する血統の認定には政治的意図が影響してきたことも忘れてはならない。皇統が男系であるか女系であるかをめぐる現代の議論も、歴史的検証というよりは皇室制度の将来像をどう構築するかという政治・社会的課題である。万世一系を「歴史上の事実」として絶対視するのではなく、日本文化の象徴的伝統として尊重しつつ、科学的検証と時代に合わせた制度設計を行うことが重要である。


要約

万世一系とは、天皇家の男系血統が途絶えず続いているという歴史観で、近代国家の正統性を支えた理念である。最近の研究では、応神天皇から継体天皇への系譜の空白を埋める史料が発見され、継体が前王朝の支配機構や墓制を継承していることから王朝交代はなかったと考えられている。継体天皇に関する考古学・文献史学の総合研究でも、記紀の系譜の一部が史実に基づくとの評価が示されている。一方、神武天皇をはじめとする初期25代の天皇には歴史的証拠がなく、初代の実在を裏付ける資料は存在しない。戦後には騎馬民族征服説や三王朝交替説などの批判も出たが、考古学的検証の進展により支持を失いつつある。したがって、万世一系は神話的要素と史実の両方が混在する伝統的概念であり、6世紀以降の男系継承には一定の歴史的根拠があるものの、古代神話期まで遡る連続性は確認できない。

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