新自由主義下の金融緩和と金・金鉱株の評価—マネーサプライの流入による過去最高更新

序論

新自由主義政策の下で各国の中央銀行はインフレ抑制よりも景気・金融安定を重視し、2008年の世界金融危機以降はゼロ金利政策や量的緩和を繰り返してきた。COVID‐19パンデミック期には財政赤字拡大と協調緩和が実施され、世界のマネーサプライ(M2)は急増した。その結果、実体経済ではなく金融資産に資金が滞留し、通貨価値下落へのヘッジとして金や金鉱株に投資資金が流入している。2024年から2025年にかけて金価格は1オンス当たり3,500ドル超、秋には4,000ドル超まで上昇し、金鉱株も軒並み高値を更新した。以下では、この現象をテーゼ・アンチテーゼ・ジンテーゼの弁証法構造で検討する。

テーゼ:マネーサプライ拡大が金と金鉱株の高値を正当化する

1. 金融緩和とマネーサプライの急増

量的緩和(QE)では中央銀行が国債や証券を買い入れ、巨額の準備預金を市中に供給する。その結果、米国のM2は2020年以降約37%増加し、長期的には400%以上増えたと言われる。世界のマネーサプライも同様の傾向で、2025年時点で22兆ドル規模の流動性が存在すると推計されている。この巨額資金は株式、債券、仮想通貨などに加え、有限資源である金や金鉱株にも流入した。

2. 通貨の希薄化とインフレヘッジ需要

紙幣が増刷されるほど既存の通貨価値は低下しやすく、金はそれに対する保全手段として評価される。1970年代のスタグフレーション、2008年の世界金融危機、2020年のパンデミックでも、急激なマネー供給の増加とともに金価格は大幅に上昇した。量的緩和に伴う資産インフレは株式や不動産だけでなく、金の実質価値の上昇にもつながり、価格上昇は必然的な反応といえる。

3. 政策金利低下と実質金利のマイナス化

大規模緩和により名目金利は低下し、インフレ率を考慮した実質金利はマイナス圏に沈んでいる。金は利息を生まないが、実質金利がマイナスであれば保有コストが相対的に低下し投資対象として魅力が増す。2024〜25年には米国連邦準備制度理事会(FRB)が政策金利を引き下げ方向に転換し、その影響で米国債利回りが低下、金価格の追い風となった。

4. 中央銀行と機関投資家の需要

世界の中央銀行は外貨準備の多様化を進め、2024年の金購入量は1,000トン超で過去最高水準が続いている。中国、インド、ポーランド、トルコなどが記録的に金を買い増し、米国債保有を減らす動きが加速した。富裕層や機関投資家もポートフォリオの分散効果を求め金を組み入れ、金ETFや先物市場の出来高は政策発表時に急増している。

5. 金鉱株の利益拡大と再評価

金価格の上昇は金鉱会社の利益を押し上げた。多くの企業で採算コストは1オンス1,600ドル前後にとどまり、金価格が3,000ドル台で推移すれば利益率は過去最高水準となる。フリーキャッシュフロー利回りが広範な株式市場よりも高く、金鉱株は“金にレバレッジ”が効く資産として注目されている。長期的な過小評価からの反動もあり、バリュエーションは高いがマネーサプライの拡大と需要増を考慮すれば正当化されるという見方がある。

アンチテーゼ:評価の過熱と調整リスク

1. バリュエーション指標の歴史的な高さ

金と金鉱株の複合バリュエーション指標は、価格対生産コストやキャッシュフロー倍率などで見ても過去平均から数標準偏差上方にある。1970年代のバブル期や2011年のピーク時と比較しても、2025年の指標は極端に高い。かつて1970年代後半から80年代初頭にかけて金が急騰した際には、その後20年以上にわたり低迷した歴史がある。今回も同様にサイクルの頂点付近ではないかと警戒する声がある。

2. マネーサプライの伸び鈍化と金融引き締め

2022年以降、主要国の中央銀行はインフレ抑制のため量的引き締め(QT)や利上げを実施した。米国ではFRBのバランスシートが縮小し、世界全体でも中央銀行資産がピークから二桁%減少している。マネーサプライの伸びが鈍化すれば、金への資金流入も減速しやすく、金価格が長期間高止まりする保証はない。

3. 代替資産への資金分散

増えた流動性がすべて金に向かうわけではなく、株式、債券、不動産、暗号資産など多様な投資先が存在する。2025年の株式市場やAI関連銘柄の急騰は、投機資金がハイテク株に集中した結果であり、金鉱株への資金配分は限定的だった。金とM2の関係は長期的には連動するものの、短期的には実質金利、ドル指数、地政学的リスクなど別要因が支配し、必ずしもマネーサプライだけで説明できない。

4. 供給増加と需要鈍化の可能性

高価格が続けばリサイクル金やスクラップ供給が増え、金鉱会社の増産計画も加速する。金需要の大半を占める中国・インドの宝飾品需要は価格高騰で鈍化することがある。実際に2024年には中国の金輸入が減少し、国内プレミアムが一時低下した。価格が過熱すると需要が減退し、金や金鉱株の調整が起こりやすい。

5. 金鉱株のリスク要因

金鉱株は金価格の動きに対して高いベータ値を持つため、金相場が調整すると株価はそれ以上に下落する傾向がある。生産コストの上昇や政情リスク、環境規制も収益を圧迫する。バリュエーションが過去ピーク水準であることから、一定の調整局面を経ないと次の上昇基盤が固まらないとする見方もある。

ジンテーゼ:構造的強気と循環的調整の併存

テーゼは、量的緩和による未曽有のマネーサプライが金と金鉱株の価格上昇を正当化し続けると主張した。一方、アンチテーゼはバリュエーションの過熱とマネーサプライ伸び鈍化による調整リスクを指摘した。両者を総合すると、以下のような見解が導かれる。

  1. マクロ環境は依然として金支持的:世界的な債務の積み上がり、ドルの信認低下、地政学的リスクの高まりは構造的に金を支持する。中央銀行による金購入や脱ドル化の動きは続いており、通貨価値の希薄化が起こる限り、金の長期的な需要は堅調である。
  2. 短期的な過熱には警戒が必要:金価格と金鉱株はサイクル性が強く、急騰局面の後には調整が生じやすい。マネーサプライの増加率が鈍化し、利上げやQTが進む局面では、金価格が一時的に下落したり横ばいになる可能性が高い。投資家はバリュエーション指標や実質金利の動向を注視し、急落リスクに備えるべきである。
  3. 金鉱株の選別が重要:金価格が高値圏でも、各鉱山会社の収益性や資本政策は異なる。過大なバリュエーションを織り込んだ銘柄は調整リスクが高い一方、キャッシュフローが改善し株価が出遅れている中堅・ジュニア鉱山株には再評価余地が残る。投資判断には生産コスト、資源埋蔵量、財務状況など企業固有の要素を考慮する必要がある。
  4. マネーサプライと金価格の関係は相対的:金が高値を更新している現在でも、M2と金価格の比率は長期平均より低く、金はむしろ割安だとする分析もある。したがって、マネーサプライの拡大に対し金の評価が完全に追いついたとは言えず、長期的にはさらなる上昇余地がある一方で、短期的にはサイクルの波が避けられない。

結論と要約

新自由主義的なマネタリズムのもとで行われた金融緩和は、世界中に大量のマネーサプライを生み出し、その一部が金や金鉱株といった有限資産に流れ込むことで両者の価格と評価は過去最高を更新し続けている。マネー供給の拡大、実質金利の低下、中央銀行や投資家の需要増がこの高騰を支えている。一方で、バリュエーション指標は歴史的高水準にあり、中央銀行の引き締めや金需要の鈍化、供給増による調整リスクが存在する。将来の金と金鉱株の評価は、マネーサプライだけでなく、実質金利、通貨政策、地政学的環境、個別企業の収益性といった多面的な要因に左右されると考えられる。長期投資家にとって金は通貨希薄化への保険として魅力的であり続けるものの、短期的なボラティリティと循環的な調整に備える慎重な姿勢が求められる。

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