金利・円安と日本財政

テーゼ(主張)―「金利上昇も円安も日本財政には影響なし」

  • 純債務で見れば利払い増と資産利子収入が相殺されるという主張。 永濱利廣氏は、企業の財務を判断する際に資産と負債を差し引いた純債務を用いるように、政府も保有する金融資産を考慮した純債務で判断すべきだと指摘する。彼は「金利が上昇すれば政府が保有する金融資産の金利も上昇するため、金利上昇による利払費の増加だけを取り上げるのは不適切」であり、日本の純債務対GDP比は90%を割り込み15年ぶりの低水準にあると述べる。この視点では金利上昇と利払い増の影響は資産からの金利収入である程度吸収され、財政悪化は限定的になるという。
  • 金利上昇は名目成長と税収増を伴うことが多い。 第一生命経済研究所のレポートは、長期金利上昇の背後には名目経済成長率やインフレ率の上昇がある場合が多く、税収が増えるため財政収支はむしろ改善することが多いと指摘する。既発債の平均金利はゆっくりしか上がらないので、新規・借換債の金利上昇がすぐに利払い全体へ反映されるわけでもない。2025年には長期金利が1.8%台に上昇したが、税収は過去最高を更新する見込みであり、市場は財政悪化より名目成長を評価していると報じられた。
  • 円安による増税なき税収増と外貨準備の含み益。 円安により輸出企業の利益が増え、円建ての法人税・所得税収が増える。2022年度決算では急速な円安が企業収益を押し上げ、法人税収は前年比で約1.3兆円増加した。またムシャリサーチは、日本の税収弾性値(名目GDP1%増加に対する税収増加割合)が2.6~3.6程度と高く、5.7%の名目成長で10兆円規模の税収増をもたらすと論じている。このため、10円程度の円安(ドルに対して約7~8%)が名目成長を押し上げれば、税収が2~3兆円増えるとの推計が一部で唱えられる。
  • 外為特会の運用益が利払いを相殺するとの見方。 外貨準備を管理する外国為替資金特別会計(外為特会)は主に米国債など外貨建て資産に投資しており、利子収入は政府短期証券の利払いを上回る黒字状態が続いている。円安が進むと円建て評価額が増えるため、「含み益」が膨らみ、資産運用収益の増加や将来の償還益が期待される。高橋洋一氏は、円安が進めば外貨準備の含み益は数十兆円に達し、国民に還元できると主張した。こうした見解から「円安10円で税収2~3兆円増、含み益15兆円増」という言説が拡散した。

アンチテーゼ(反対意見)―「金利上昇・円安は財政リスクを高める」

  • 利払費は大幅に増加しうる。 内閣府の長期試算を使った大和総研の分析は、10年国債利回りが2030年に1.4%や2.7%へ上昇すると、国債の利払い費がそれぞれ約9兆円や13兆円まで増えると試算し、名目成長が弱ければ財政への負担が重くなると警告する。利払費の急増に税収増が追いつかなければ、基礎的財政収支の改善は難しく、消費税率引き上げなどの財源確保策が必要になるとの指摘もある。
  • 金利差縮小で外為特会の黒字は縮小する可能性。 野村総研は、外為特会の収支は外貨建て資産の利子収入と政府短期証券の利払いの差額で成り立つが、米国など海外で利下げが進み日本が利上げすれば利子収入は減り利払いは増えるため、剰余金は今後縮小する見込みだと述べる。また、外貨準備の「含み益」はあくまで円換算値の評価益であり、実現するにはドル売り円買い介入が必要で米国との軋轢を招くため、財政資金として活用するのは非現実的だと強調する。
  • 円安による税収増は国民負担の裏返し。 東アジア共同体研究所は、インフレと円安により「増税なき税収増」が実現しているものの、法人税収増は輸出企業の利益増加に対応する一方、消費税収増は物価高に苦しむ消費者が支払う負担を反映しており、家計が事実上の増税を負っていると批判している。円安は輸入物価を押し上げ、中小企業や家計のコスト増や実質賃金低下を招くため、税収増のみを評価するのは一面的である。
  • 税収弾性値のばらつきと財政需要。 近年の高インフレに伴う税収増は一時的要因が大きく、2025年度補正予算では税収上振れ約2.8兆円を見込んでも歳出の増大に追いつかず追加国債が必要とされた。MUFGのレポートは、賃上げによる所得税増を3兆円程度と見積もる一方、定額減税などで3兆円が減税されるため、結局のところ大規模経済対策の6割超を新規国債で賄うと指摘する。税収弾性値が高いという前提に基づく「円安10円で税収2~3兆円増」という試算は、成長率や税制変更に依存し不確実である。

ジンテーゼ(総合)―「金利・為替の影響は一方向ではない」

弁証法的にみると、日本の財政に対する金利上昇・円安の影響は単純な「ノーインパクト」でも「危機的悪化」でもない。以下のようなバランスが必要である。

  • 利払い増のペースと名目成長次第。 金利上昇局面では確かに利払い費が増えるが、名目GDP成長と税収増が同時に起こる場合、政府の債務比率は低下し得る。実際、アベノミクス以降のデフレ脱却に伴い日本の純債務対GDP比は低下してきた。しかし、金利が名目成長率を大きく上回るような状況が続けば、利払い増が税収増を超えて債務の発散につながる可能性もある。財政運営は成長率・物価・金利のバランスを常に意識する必要がある。
  • 資産収入は不確実で流動的。 政府が保有する金融資産の金利収入は金利差や為替レートに左右される。外為特会が現在黒字であっても、日米の金利差縮小や円高によって黒字は減少する。含み益は評価額に過ぎず、容易に財政資金として使えない。したがって、資産収入があるから利払い増が「チャラになる」と安易に考えることは危険である。
  • 円安の利点と弊害の両面を考慮。 円安は輸出企業の利益や外貨建て資産の円建て価値を押し上げ、短期的には税収を増やす。しかし輸入コスト上昇による物価高は消費者や非輸出企業の負担となり、財政面でも補助金や低所得者支援などの追加支出が必要になりやすい。円安が長期化すれば実質所得の低下が内需を下押しし、税収増が持続しない可能性もある。
  • 政策運営の透明性。 外為特会の剰余金や含み益に関する政治的な発言が目立つが、剰余金の大半は既に一般会計へ繰り入れられており、余剰が急増する局面は長続きしない。含み益の活用は為替介入に等しく、外交上の問題も抱える。国民に錯覚を与える「埋蔵金」論ではなく、収入・支出・債務の長期的バランスを示す説明が求められる。

結論・要約

金利上昇や円安が日本財政に及ぼす影響については、単純な楽観論と悲観論が存在する。利払い費増が資産からの金利収入や税収増で相殺される面があるのは事実であり、アベノミクス以降のデフレ脱却期には名目成長と税収の増加が債務比率の低下に寄与した。しかし、長期金利が大幅に上昇すれば利払い費が数兆円単位で増え、名目成長が伴わなければ財政は悪化する。また、円安は輸出企業の利益を押し上げ税収を増やす反面、消費税収増は物価高という国民負担の裏返しであり、外為特会の含み益を財源として使うことも現実的ではない。したがって、「金利が上がっても、円安になっても、日本財政には影響なし」という主張は過度な一般化であり、金利・物価・為替・成長率のバランスや政府資産の運用状況を総合的に評価する必要がある。

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