新自由主義とマネタリズムの逆説:米国金融緩和の歴史的展開

新自由主義やマネタリズムは、1970年代半ばまで支配的だったケインズ主義を批判する形で登場した。ケインズ派は有効需要が不足すれば失業が生じると考え、財政政策や積極的な金融緩和で需要を支えるべきだと主張した。これに対しシカゴ学派を中心とするマネタリストは、資源価格と賃金は市場メカニズムによって自律的に調整され、政府の介入はインフレを招くだけだと強調した。彼らはマネーサプライの管理(特にマネタリーベースの伸びの抑制)を重視し、市場の自由と金融の規制緩和を求めた。物価安定を最優先とする姿勢は、新自由主義的な「小さな政府」「自由競争」の理念と結び付き、1970年代後半から米国の政策を大きく転換させた。

1. スタグフレーションとマネタリズムの台頭:1970年代後半

1970年代初頭、ベトナム戦争費用やオイルショックによって米国は高インフレと失業率上昇(スタグフレーション)に苦しんだ。従来のケインズ的な金融緩和や財政拡張は効果が薄く、「通貨供給量の過剰がインフレの主因」というマネタリストの主張に注目が集まった。1979年8月に連邦準備制度理事会(FRB)議長に就任したポール・ボルカーは、10月6日の臨時FOMC会合で政策転換を発表し、政策金利よりも銀行準備量の管理に焦点を移した。この「土曜夜の特別会見」は金利の大幅変動を容認してマネーサプライを抑制することを示し、フェデラル・ファンズ・レートは1981年6月に20%前後まで上昇した。ボルカーは失業と政治的批判を招きながらも、高金利政策によって1983年までにインフレ率を一桁台に引き下げ、FRBに対する低インフレへの信認を回復させた。

この時期には金融規制の緩和も進んだ。1978年の最高裁判決で銀行が州の利子制限を回避できるようになり、1980年の預金機関規制緩和・通貨管理法は預金保険限度額を引き上げ、預金金利の上限撤廃を進めた。市場の自由化はマネタリストが求める競争促進を反映しており、1990年代後半にグラス=スティーガル法(商業銀行と投資銀行の分離規定)の実質的な廃止へとつながった。

2. レーガン政権と「新自由主義」の全盛:1980〜1990年代

1981年に就任したレーガン大統領は、減税・規制緩和・小さな政府を掲げる新自由主義的政策を推進した。財政支出を抑制しつつ企業減税を行い、1982年の景気後退後は長期的な景気拡大が続いた。ボルカーの後任アラン・グリーンスパン(1987年就任)は低インフレと経済成長の両立を目指し、金利誘導を中心とした裁量的な金融政策を採用した。1990年代初頭の景気後退を経て米国経済はITブームに沸き、物価と成長の変動が小さい「グレート・モデレーション」の時代が1980年代半ばから2007年まで続いた。FRBは市場とのコミュニケーションを強化し、インフレ目標を明示し、テイラー・ルール(インフレ率と産出ギャップに応じて政策金利を決めるルール)などの枠組みを採り入れた。企業の生産と在庫管理の効率化、サービス産業への構造転換、金融規制の緩和、国際貿易と資本移動の自由化などもマクロ経済の変動を抑えた。

しかし規制緩和と金融市場の自由化は、金融機関のリスクテイクとレバレッジ拡大を促進した。グラス=スティーガル法の廃止により大手銀行は商業銀行・投資銀行・保険業務の垣根を越えて拡大し、デリバティブ取引や証券化商品の膨張を招いた。新自由主義は労働組合や社会保障制度を弱体化させ、富裕層の税負担を軽減させたことで所得・資産格差を広げた。

3. ドットコム・バブル崩壊後の緩和と住宅バブル:2000年代前半

2001年のITバブル崩壊と同時多発テロ後、FRBは景気後退を防ぐため政策金利を急速に引き下げ、2000年末に6.5%だったフェデラル・ファンズ・レートは2003年には1%に下がり、1950年代以来の低水準となった。こうした緩和策は景気を支えたが、住宅ローン金利の低下と金融規制の緩和が重なって住宅市場への過剰な資金流入を招き、サブプライム(低信用)ローンの急拡大と住宅バブルを引き起こした。多くの研究者や議員はFRBが金利を長期間低く維持し過ぎたと批判し、マネタリズムが唱えた「通貨供給の安定」が守られなかったと指摘した。ただしFRB自身は金融イノベーションや住宅金融市場の構造変化もバブルの原因として強調している。

4. 大不況と量的緩和:2007〜2010年代

2007年にサブプライム危機が表面化すると、米住宅価格は急落し、大手金融機関の破綻によって世界的な信用危機が起こった。2007年末から2009年半ばまでの「大不況」で米GDPはピーク比4.3%減、失業率は10%近くまで上昇した。FRBは政策金利を段階的に引き下げ、2008年12月にゼロ金利(0〜0.25%)政策を導入したが、それだけでは信用収縮を止められないと判断し、非伝統的手段に踏み切った。

まずFRBは金融機関への緊急貸出や流動性供給策を拡大し、さらに2008年11月から2014年までの3度にわたる大規模資産買入れ(量的緩和、QE)を実施した。QE1では2008〜2010年に住宅ローン担保証券や長期国債など約1.75兆ドル分を購入し、住宅市場の下支えと長期金利の低下を狙った。QE2(2010〜2011年)では6000億ドルの長期国債、QE3(2012年以降)は月間400億ドルのMBSと450億ドルの長期国債を無期限で買い入れる「オープンエンド型」の緩和を行い、2013年のテーパリング宣言まで続いた。2011〜2012年には短期国債売却と長期国債購入を組み合わせて長期金利を低下させる「オペレーション・ツイスト」も実施した。2010年代後半にはバランスシートの縮小(量的引き締め)が試みられたが、新型コロナ危機では再び大規模なQEが採用された。

5. 新自由主義と金融緩和の弁証法

新自由主義のマネタリズムは、政府支出削減・規制緩和・中央銀行の独立を通じてインフレ期待を抑え、民間部門の自律的な投資を促そうとした。実際、ボルカー以来の高金利政策と規制緩和はインフレを沈静化し、1980年代後半からの長期拡大をもたらした。しかし、これには複数の矛盾が存在する。

  • 資本市場の自由化と危機の連鎖 – 金融自由化は資金調達コストの低下と金融イノベーションを促した一方で、リスク管理が追い付かず、1980年代の貯蓄貸付機関危機、1990年代のアジア通貨危機、2000年代のITバブルや住宅バブルなど相次ぐ資産価格バブルを生んだ。規制緩和が招いた危機のたびにFRBは金利引き下げや流動性供給で市場を救済し、民間債務を積み上げていった。
  • マネタリズムの転倒 – マネタリズムは通貨供給を一定に保つことを重視したが、実際には高金利で通貨供給を抑制したボルカー期から、低金利・量的緩和による通貨供給拡大へと転換した。2008年以降はQEやゼロ金利政策が恒常化し、中央銀行が巨額の金融資産を保有することで市場機能を支える姿は、自由放任よりも大きな官僚的介入である。
  • 独立性と政治性 – 新自由主義は「政治家による人気取り」を防ぐために中央銀行の独立を唱えたが、危機後には米国大統領からの利下げ圧力や議会の監視が強まり、中央銀行の政策は政治論争の中心となった。独立性が資本利益を擁護する手段だと批判する論者もおり、低賃金を維持するために「自然失業率」概念で金融緩和を制限しているとされる。QEによって株価と不動産価格は急騰したが賃金は伸び悩み、富裕層の資産が膨らんだ一方で中間層は恩恵を受けにくいという格差の拡大も問題視された。
  • 財政政策との連携 – 2008年以降、金融政策だけに依存した景気刺激の限界が明らかになり、財政支出と金融緩和の協調の必要性が議論された。新自由主義が忌避した財政赤字拡大や公共投資は、低金利下で経済回復を支える有効な手段と考えられるようになった。現代貨幣理論(MMT)などの議論も台頭し、中央銀行の通貨発行と政府支出の関係を再評価する動きが出ている。

6. 総合的評価と展望

米国の金融政策は、新自由主義的マネタリズムから始まりつつも、実際には金融危機のたびに強力な金融緩和を行うというパラドックスを抱えて進展してきた。ボルカーのような強硬なインフレ退治は信認を高めたが、その後の金融自由化はバブルと危機を繰り返し、FRBは低金利と量的緩和で市場を下支えする役割を拡大させた。結果として中央銀行のバランスシートは膨張し、通貨供給量の管理よりも金融システム安定と資産価格維持が重視されるようになった。

弁証法的に見ると、マネタリズムの「市場重視・通貨供給抑制」という命題(テーゼ)は、規制緩和と自由化による金融危機や格差拡大という反対命題(アンチテーゼ)に直面した。その矛盾を解決するために中央銀行が積極的な金融緩和と流動性供給を行い、財政政策と協調する必要性が高まったことが止揚(ジンテーゼ)として現れている。従って今後の金融政策は、価格安定だけでなく金融安定や雇用、公平性を含む多様な目標を統合し、市場の暴走を抑える規制と、危機時の大胆な介入を両立させることが求められる。

要約

米国では1970年代のスタグフレーションをきっかけに新自由主義的なマネタリズムが台頭し、ボルカー議長は準備量の管理に重点を置いて高金利政策でインフレを抑えた。その後レーガン政権下で減税と規制緩和が進み、物価と経済の変動が小さい「グレート・モデレーション」が続いたが、金融自由化は資産バブルと所得格差を拡大させた。ドットコム崩壊後には政策金利が1%まで下がり、低金利と規制緩和が住宅バブルを助長した。2007〜2009年の金融危機ではFRBがゼロ金利政策と量的緩和を導入し、市場を支えるために巨額の資産購入を行った。新自由主義の理念である市場自律・小さな政府は、実際にはたび重なる危機で中央銀行の介入を招き、金融緩和による資産価格の下支えと格差拡大という矛盾を抱えている。今後は金融政策と財政政策の協調、金融規制の強化、雇用や所得分配への配慮を組み込んだ政策設計が求められる。

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