中小企業会計要領・指針における減価償却
中小企業の経営者が作成する財務諸表は、金融機関や取引先に経営状況を説明するための重要な情報である。このため、中小企業が準拠すべき会計基準では、資産や負債、収益や費用の計上方法が定められている。特に固定資産については、取得原価を期間配分する「減価償却」の方法が詳細に示されている。
基本要領(平成24年改訂)
「中小企業の会計に関する基本要領」は、中小企業が会社法上の計算書類を作成する際に参照すべき会計処理を示した文書である。固定資産に関する記述では、次のような考え方が示されている。
有形固定資産は、定率法や定額法といった方法に従い「相当の減価償却」を行う。実務上は法人税法の耐用年数を用いて計算する場合が多いが、資産の性質・用途・使用状況に応じて合理的な耐用年数を設定することもできる。
減価償却は耐用年数にわたって毎期規則的に行うことが適当である。災害等で資産価値が著しく下落した場合は評価損を計上する。
この「相当の減価償却」という概念は、償却費を毎期計画的に計上することで損益計算の比較可能性を確保し、金融機関等が企業の業績を適切に評価できるようにすることを目的としている。減価償却が年度ごとに大きく変動すれば、業績判断が難しくなり、経営状況の透明性が失われる。
会計指針(平成27年最終改訂)
「中小企業の会計に関する指針」は、基本要領よりも広範で、より高い水準の会計処理を求める文書である。指針の固定資産に関する要点では、次のように規定している。
固定資産の減価償却は、経営状況により任意に行うことなく、定率法や定額法等に従って、耐用年数にわたり毎期継続して規則的に償却する。これは、赤字の年度に償却を行わないといった恣意的な処理を排除し、継続的・規則的な償却を求める趣旨である。
有形固定資産の償却方法は定率法・定額法その他の方法に従い、耐用年数にわたり毎期継続して適用し、みだりに変更してはならない。耐用年数や残存価額は合理的に決定すべきであるが、法人税法の耐用年数に基づく償却限度額を利用して算定することも認められている。
指針には、少額の減価償却資産は取得年度に費用処理できること、圧縮記帳や減損処理の方法など、税法との整合性を図りつつ実務に即した規定も盛り込まれている。
チェックリストでの確認項目
日本税理士会連合会等が公表している「中小企業の会計に関する指針の適用に関するチェックリスト」では、固定資産に関する確認事項として、
「減価償却は、経営状況などにより任意に行うことなく、継続して規則的な償却が行われているか」
という問いが明示されている。
このチェック項目は、指針が定める規則的な減価償却を実践しているかを確認するためのものであり、年度の業績に応じて償却を行ったり行わなかったりする「任意償却」が、指針の求める会計処理になじまないことを明確にしている。
法人税法における任意償却
税務計算では企業会計と異なる規定が設けられている。法人税法は、固定資産の償却費の計上を損金算入の上限額として規定しており、企業はその範囲内で償却費を計上するかどうかを選択できる。
すなわち、税務上は法人に限り一定の条件下で任意償却が可能であり、償却限度額の範囲内であれば、減価償却費を計上しないことも認められている。ただし、企業会計では恣意的な利益操作を許しておらず、減価償却は必須とされている。
任意償却が認められる背景には、税務上の利益調整やキャッシュフロー管理を柔軟に行えるようにする意図がある。償却費を計上しなければ当期の課税所得は増えるが、過年度の欠損金の活用や将来の償却余地を残すといった戦略的な選択が可能となる。
対立する論点:なぜ「任意償却はなじまない」のか
会計要領・指針と法人税法では、減価償却費の位置付けが根本的に異なる。
中小企業会計要領・指針は、定率法・定額法等に従い、耐用年数にわたり毎期継続して規則的に償却することを求める。これにより損益計算の継続性と比較可能性を確保し、金融機関や取引先が企業の業績を適切に評価できるようにする。
一方、法人税法では、減価償却費の計上は任意であり、償却限度額の範囲内で償却しない選択も認められている。これは税負担や資金繰りを調整するための制度である。
任意償却が会計になじまない理由として、次の点が挙げられる。
第一に、費用配分の原則に反する点である。資産の使用期間に応じて費用を配分するという会計の基本原則からすれば、任意償却により一部の年度だけ償却しない処理は、適正な利益認識を歪める。
第二に、利益操作の可能性である。利益の少ない年に償却を行わず、利益の多い年にまとめて償却するなど、損益を恣意的に操作できる余地が生じる。
第三に、財務諸表の比較可能性が損なわれる点である。規則的な償却を行うことで初めて、過去との比較や他社との比較が可能になる。
弁証法的分析
テーゼ:任意償却の有用性
税務上の裁量により、企業は資金繰りや節税効果を考慮して償却額を調整できる。事業計画や設備投資計画と連動させることで、経営上の柔軟性を確保できる。
アンチテーゼ:任意償却の弊害
会計の信頼性が低下し、損益計算が歪む。継続性・比較可能性が失われ、金融機関や取引先からの信用を損なうおそれがある。
ジンテーゼ:両立への道
税法と会計の目的の違いを認識し、処理を分離する。税務申告では任意償却を活用しつつ、会計上の決算書では耐用年数に沿って規則的に償却を行う。両者の差異は注記等で説明し、透明性を確保する。
要約
中小企業会計要領および会計指針は、固定資産の減価償却について、耐用年数にわたり毎期継続して規則的に償却することを求め、経営状況に応じて償却を行ったり行わなかったりする任意償却を認めない。これは、財務諸表の比較可能性と信頼性を確保するためである。一方、法人税法は償却限度額までの範囲で任意償却を認め、税務上の柔軟性を与えている。両者の目的は異なるため、同一の処理をそのまま適用すべきではない。中小企業は、税務と会計を区別し、それぞれのルールに基づいて適切に処理することが求められる。

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