テーゼ:紙幣の価値低下が金価格を押し上げるという主張
グライアーツ氏は、米国を中心とした国家の巨額債務とインフレにより通貨の価値が持続的に下落し、その結果として金の価格が大きく上昇すると強調する。彼は、米政府が膨らむ財政赤字を「紙幣印刷」で賄うと予想しており、紙幣価値の下落が実質的に国民の貯蓄を犠牲にして債務問題を解決する手段になると考える。このような見解は、ブリッジウォーター創業者レイ・ダリオの『How Countries Go Broke』とも重なる。ダリオは、国家が膨大な債務を抱えると、中央銀行が国債を購入して金利を抑えるために貨幣を増発し、借入金利が金利負担を上回るとインフレと通貨の価値下落が進む仕組みを説明している。
グライアーツ氏はその歴史的な根拠として、フランス革命前夜に財政破綻が進行していたルイ15世の時代を引き合いに出し、国家が破産に向かう過程では紙幣印刷と貯蓄の価値破壊が避けられないと主張する。彼は「ゴールドの価値が上がるのではない。紙幣の価値が下がるだけだ」と語り、金価格はこの先「何倍にもなる」と見込んでいる。実際、金相場はパンデミック以降の高インフレや中央銀行の利下げ見通しを背景に急騰し、2025年には1オンス2,450ドルを突破した。大手金融機関も強気見通しを出しており、ステート・ストリート・グローバル・アドバイザーズは2026年に金が4,000〜5,000ドルのレンジで推移する可能性を示し、J.P.モルガンは2026年末までに5,000ドル程度に達すると予測している。中央銀行の金購入も高水準で続いており、BRICS諸国の脱ドル化や投資家の分散投資需要が金価格の上昇圧力となっている。
アンチテーゼ:金の過熱と代替資産に関する批判的見解
一方で、金市場に過度な期待が集まっているとの懸念も強い。ロイターのコラムは、2025年の金価格上昇が短期間で50%以上に達し、投資家が「次のバブルから逃げるため」に金を買っているが、金そのものがバブルになっている可能性を指摘している。金の急騰は米国株やリスク資産と同時に起こっており、地政学リスクが落ち着けば金価格は反落するとの見方もある。ドイツ銀行やHSBCは、金価格が実質金利低下やドル安の度合いを上回るペースで上昇しており、米連邦準備制度が利上げを続ければ金の上昇にブレーキがかかる可能性を示している。
また、世界金協議会は2026年の展望として、トランプ政権の政策が成功し経済成長が加速すれば金価格は下落し得ることを示唆している。投資助言会社Cerity Partnersも「デベースメント・トレード(通貨価値下落への投機)」が語られるものの、米ドルには規模の大きな代替通貨がなく、米国経済の成長力や金融市場の深さがドル需要を支えているため、金価格の高騰が長期的に続くとは限らないと述べる。同社は、金が2025年に65%上昇した後は調整もあり得るとし、通貨の信認が急速に揺らぐような制度的破綻が起きない限り、ドルの崩壊や金の急騰シナリオには慎重な姿勢を示す。
さらに、1970年代の金高騰は「金本位制の放棄」によるドル下落の調整であり、インフレとの相関はそれほど強くないとの研究もある。BNYの分析では、1967~80年の金とインフレの相関は+0.34に過ぎず、1980年以降は無関係に近いと指摘されている。同時期の金とドル指数の相関はマイナスであり、金はインフレヘッジというよりドルに対するショートポジションであると結論付ける。また、投資教育サイトは、1972年に100ドルを金に投じた場合2025年には約6,700ドルに増えるが、同じ金額をS&P500に投資していれば2万4,000ドルを超えるとして、長期的には株式の方が高いリターンをもたらしたと指摘する。このように金は特定の局面で価値を発揮するが、長期的な資産形成にはバランスが重要である。
金に代わる安全資産としてビットコインなどの暗号資産を推す声もある。しかし、Cerity Partnersはビットコインが株式市場との相関が高く、リスク資産としての性格が強いことから「デジタル金」としての機能には疑問を呈している。一方、ビットコイン懐疑派の起業家フランク・ジストラは、ビットコインはボラティリティが高く、過度なマーケティングやレバレッジがリスクを生んでいると批判し、金は歴史的に価値を維持していると述べている。
ジンテーゼ:バランスの取れた視点
グライアーツ氏の警告は、過去の歴史に照らして政府が巨額債務を抱えると通貨を希薄化する傾向があることを思い起こさせ、債務負担の増大と金融緩和が続く現代において金が資産防衛手段となり得ることを強調している。この主張は、ダリオの「ビッグ・デット・サイクル」理論とも一致しており、中央銀行が国債を購入して金利を抑える過程で通貨価値が下落する構造を理解する上で参考になる。
しかし、金価格が「ここから何倍にもなる」と断定するのは慎重であるべきだ。経済政策の成功や政治リスクの沈静化が進めば金価格は調整する可能性があり、過去のデータでは金とインフレの相関が必ずしも高くなかったことが示されている。また、金は利息を生まないため、金利上昇局面では他の資産に比べて相対的魅力が低下しやすい。だからこそ、金は金融危機や地政学リスクに備える「保険」としてポートフォリオの一部に組み込むのが適切であり、資産全体を金に集中させるべきではない。
さらに、急速に台頭する暗号資産を含む多様な資産クラスを理解することも重要である。ビットコインは固定供給やブロックチェーン技術を背景に一部投資家から支持を受けているが、株式市場との相関が高くボラティリティも大きい。従って、「デジタル金」として金を完全に代替するにはまだ課題が残っており、投資判断には慎重さが必要である。
要約
グライアーツ氏は、歴史的な債務増大とインフレの流れから通貨価値が下落し、金や銀などの貴金属が長期的に大きく上昇すると主張している。この見通しは、政府債務の拡大や中央銀行による金融緩和が続く限り一定の説得力を持ち、実際に2025年の金価格は過去最高を更新した。しかし、金市場にはバブルの兆候や調整リスクも存在し、米ドルの地位や政策の行方によっては金価格が下落するシナリオも考えられる。また、金とインフレの関係は歴史的に一貫しておらず、長期的なリターンでは株式市場が優位にある。したがって、金はリスクヘッジの一環としてポートフォリオに組み入れるべきであり、過度な集中投資は避けるべきである。

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