問題意識
日本は急激な少子高齢化に直面しており、出生率の低下と子育て負担の増大が社会保障制度を揺るがしています。2023年4月に発足した「こども家庭庁」は、厚生労働省・文部科学省・内閣府などに散在していた子ども政策を統合し、妊娠期から大学卒業まで切れ目のない支援を行うことを目指しています。2025年度当初予算案は約7.3兆円に達し、その内訳は保育所や学童保育の運営費(約2兆4,600億円)、児童手当(約2兆1,700億円)、育児休業給付(約1兆600億円)、大学授業料の減免等(約6,500億円)、障害児支援や虐待防止・ひとり親支援等(約8,500億円)などです。予算の大幅な増額は児童手当の拡充や保育士の処遇改善、育休支援の強化などが主な要因です。
この巨額予算に対して、SNSなどでは「こども家庭庁の廃止を求めれば年間7兆円を減税原資にできる」といった主張や、「各種プロジェクトは無駄」とする批判が広がっています。一方で、保育・学童の運営費や児童手当など、日々の生活に直結する施策が予算の8割弱を占めており、これらを削減すれば子育て家庭の生活が立ち行かなくなると訴える声も強いのが現状です。ここでは、こども家庭庁の予算や取り組みについて弁証法的に検討し、論点を整理した上で合意形成の可能性を探ります。
テーゼ(肯定的観点)
少子化対策としての社会投資
- 未来への投資 — 子どもは将来の労働力であり納税者です。保育所の整備や学童保育の充実に2兆4,600億円を投入することは、共働き世帯の就労継続を支え、出生率を押し上げるための投資といえます。保育士の処遇改善も予算の増加要因となっており、離職率を下げ質の高い保育を確保する意図があります。
- 所得制限撤廃など児童手当の拡充 — 児童手当の満額化と所得制限撤廃によって第三子以降の支給額が月3万円に増加し、支給期間も18歳年度末まで延長されます。これにより「子どもを産み育てるほど得をする」環境が整い、出生意欲の向上が期待されます。
- 仕事と子育ての両立支援 — 育児休業給付は1兆600億円を超え、男女とも産休・育休を取りやすくする仕組みが強化されています。給付率の100%化や時短勤務への給付対象拡大により、特に男性の産後休業(産後パパ育休)を促進し、家事・育児の分担を推進します。
- 教育格差の是正 — 大学授業料減免の拡充には約6,500億円が割り当てられ、低所得世帯や多子世帯の授業料無償化、受験料支援制度の創設が含まれます。高等教育への進学率を維持・向上させることで、長期的には人的資本を強化し経済成長につながります。
- 困難を抱える子どもへの支援 — 障害児支援・虐待防止・ひとり親支援等に8,500億円を計上し、家庭環境に左右されない支援体制を構築します。困難を抱える親子支援は簡単に削れる事業ではないという指摘もあります。
- 制度の一元化による利便性向上 — こども家庭庁は各省庁に分散していた窓口を一本化し、妊娠から大学まで一貫した支援を提供します。「たらい回し」を防ぎ、支援が必要な家庭が自分で制度を探し回る負担を減らす効果があります。
- アウトソーシング費用は低水準 — 批判者が「外部委託ばかりで中抜きが多い」と言うのに対し、こども家庭庁予算の委託費比率は2025年度予算で0.06%と全省庁で最小との報告もあります。
アンチテーゼ(否定的観点)
巨額予算と効果への疑念
- 費用対効果が不透明 — 年間7.3兆円という巨額の支出が、出生率改善に直結しているのか疑問視する声があります。SNSでは「全額を現金給付すれば新生児1人あたり1,000万円配れる」といった議論も出ており、支援の実効性や配分の妥当性を問う意見が根強いです。例えば、大学授業料減免が本当に少子化対策に有効か、即効性の高い子育て支援に資源を集中させた方が良いのではないかという批判もあります。
- 行政機構の拡大と官僚組織への不信 — こども家庭庁の職員数は約430人と比較的小規模ですが、既存の省庁に対する二重行政や縦割り弊害の解消が進んでいるのか不明だという指摘があります。現状では教育・医療・福祉などの現場で運営する自治体や民間に権限が分散しているため、庁の設立によって複雑さが増す懸念もあります。
- 特定施策への反発と公平性の問題
- こどもファスト・トラック — 商業施設や公共窓口で妊婦や子連れを優先的に案内する仕組みは、子育て家庭を支援する意図がある一方で、身体障害者や高齢者など他の社会的弱者への配慮が欠けるのではないかと批判されています。支援対象の線引きに不公平感が生じるうえ、制度利用の強制が無いことを十分に周知できなかった点が炎上の一因とされています。
- こどもまんなか応援サポーター — SNSで「優先観戦が税金でまかなわれる」と誤解が拡散しましたが、実際はJリーグが自主的に取り組む社会貢献活動であり、国費は投入されていません。それでも行政広報の伝え方が不十分だったため「無駄遣い」との批判を招きました。
- 家族留学(ファミリー・スタディ) — 子育て未経験者が子育て家庭を半日体験する民間プログラムに対し、政治家がこども家庭庁予算を使った「異世界留学」と揶揄した結果、誤解が広がりました。この事業はNPOが実施しており、参加者は費用を支払います。実際には、参加者の子育て意識改善など一定の成果が報告されているものの、政策効果の検証や周知の不足が信頼低下につながっています。
- 官僚主導のトップダウン政策への不満 — 政策策定過程に当事者である子どもや若者、当事者団体の意見が十分反映されていないと感じる人もいます。こども家庭庁は政策の検証・評価に子ども・若者が参画するプロセスを導入すると説明していますが、実践が伴っているかは不透明です。
- 既存施策との重複・縦割りの残存 — こども家庭庁がすべての子ども関連施策を統合したわけではなく、教育問題(いじめ・不登校)は文部科学省が引き続き担当するなど縦割りは残っています。保育園と幼稚園の制度統合も課題として残っており、一元化による効率化が限定的だという批判があります。
ジンテーゼ(総合)
弁証法的な観点から、こども家庭庁の巨額予算とその意義をめぐる議論は以下のような総合に収束すると考えられます。
- 財源確保と費用対効果の検証を両立する — 少子化対策が急務である以上、子育て支援に予算を投じること自体は合理的です。保育・学童や児童手当への支出は家庭の生活を直接支える「社会インフラ」であり、削減すれば現場が混乱します。一方で、施策の効果検証を徹底し、EBPM(Evidence Based Policy Making)を通じて費用対効果が低い取り組みは見直すべきです。こども家庭庁は政策の検証・評価に子ども・若者の参画を導入するとしており、これを形式だけでなく実質的に機能させる必要があります。
- 公平性のある支援設計 — 子育て家庭を優先する取り組みが他の支援対象との対立を生まないよう、行政は対象範囲や目的を丁寧に説明し、必要に応じて制度を調整するべきです。例えば、ファスト・トラックで高齢者や障害者への配慮を併記する、サポーター制度や家族留学プログラムにかかる公費と民間費用を明確化し誤解を防ぐ、といった工夫が求められます。
- 縦割りの徹底解消と自治体・民間との連携 — こども家庭庁の特徴は「司令塔」であり自ら保育園を運営するわけではありません。実際のサービス提供は自治体や民間事業者が担うため、現場に権限と裁量を与え、庁は総合調整と評価に徹することが重要です。一方で、教育や医療との連携、保育園と幼稚園の統合など残された縦割り課題は引き続き検討する必要があります。
- 社会的理解と参加の促進 — 子育ては家庭だけでなく社会全体が支えるべき公共財であるという理解を広げることが鍵となります。優先案内や支援者登録制度への反発は、子育て支援が一部の人にとって「他人ごと」と認識されている裏返しでもあります。子どもを持つ・持たないにかかわらず、次世代の育成が自分たちの生活や社会保障に直結していることを広く周知し、支援に参加する仕組みを整える必要があります。
結論
こども家庭庁の約7.3兆円という巨額予算は、保育所・学童や児童手当といった不可欠なサービスの維持・拡充に充てられており、単に廃止して減税原資にするような選択肢は現実的ではありません。少子化という長期的課題に対しては、教育・福祉を含めた総合的な投資が必要であり、制度の一元化によって利便性が向上するメリットもあります。しかし、限られた財源を使う以上、施策の効果や公平性を客観的に検証し、透明性の高い説明を行うことが求められます。批判や懸念を単なる「炎上」で片づけず、具体的な改善策を通じて信頼を積み重ねることこそが、子どもと家庭を中心に据えた社会づくりへの道となるでしょう。
最後に(要約)
こども家庭庁は、少子化対策を中心に妊娠期から大学卒業までを支える政策の司令塔として2023年に発足し、2025年度予算案は約7.3兆円に上ります。予算の大半は保育所・学童や児童手当、育児休業給付といった生活に不可欠な施策に充てられており、教育格差解消や障害児支援などにも重点が置かれています。一方で、巨額予算の成果が見えにくいことや、PRイベントの炎上、縦割りの残存に対する批判が存在します。今後は費用対効果の検証、支援対象の公平性確保、自治体や民間との連携強化、社会全体で子育てを支える意識づくりが課題となるでしょう。

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