超長期金利急騰は円高をもたらすのか:マンデル=フレミング理論の再検証


問題意識と背景

2025年後半から2026年初めにかけて、日本の超長期国債利回りは急上昇し、10年物国債利回りが2.34%と約30年ぶりの水準まで上昇しました。市場では、巨額の財政支出と日銀の政策金利引き上げ期待を背景に金利が2025年初から1ポイント以上上昇し、金融政策の正常化とともに「金利差拡大は円高要因」という理論が注目されました。

しかし実際には、ドル/円相場は2025年末から2026年初にかけて157〜158円台と円安圏にとどまり、過去1年で1.47%円安になりました。この「金利上昇=円高」という想定と現実の円安傾向の齟齬が議論を呼び、マンデル‑フレミングモデルによる説明の妥当性が問われています。以下では理論(テーゼ)と実証状況(アンチテーゼ)を対比し、両者を統合する視点(ジンテーゼ)を提示します。

テーゼ:マンデル‑フレミングモデルと金利上昇による円高

マンデル‑フレミングモデルは資本の完全移動を前提とする開放経済モデルで、変動相場制下で財政支出が拡大すると国内利子率が上昇して海外資本が流入し、自国通貨高をもたらすと説明します。逆に世界の利子率が上昇して日本より高くなると資本が流出し円安になります。理論上は、巨額の財政拡張で長期金利が急上昇すると、海外投資家が円建て資産を買って円は高くなるはずです。実際、2024年7月には金利上昇や日銀の金融正常化観測を受けてキャリー取引が巻き戻され、円は一時10%以上上昇しました。

アンチテーゼ:長期金利上昇と円安の同時進行

マイナスの実質金利と海外との金利差

2025年末から2026年初の市場では、長期金利が2.3%台へ上昇する一方で円相場は157円台で弱含みが続きました。要因の一つは、名目金利が上昇してもインフレ調整後の実質金利が依然マイナス圏にあり、通貨の魅力が高まらないことです。また米国など海外金利の低下が小さく、日米の金利差が縮小していないことも円安圧力となりました。

悪い金利上昇:財政リスクとタームプレミアム拡大

金利上昇の質も重要です。内田稔氏の分析では、高市政権の積極財政と日銀の国債買い入れ縮小により国債需給が悪化し、国債のタームプレミアムが拡大した結果、財政懸念が強まり円安を招きやすくなったと指摘しています。長期金利の上昇と円安が並走したのは、このような「悪い金利上昇」による面が大きいと考えられます。

キャリー取引と市場構造

世界的なキャリー取引も円安を支えました。2024年前半には介入観測やキャリーの巻き戻しで円高が起こりましたが、その後は低金利の円を調達して高金利通貨に投資する取引が復活し、円安圧力が戻りました。日米金利差の大きさから投機筋が円売りを増やし、長期金利上昇だけでは円安基調を覆せませんでした。

政策期待と情報効果

日銀の利上げ期待も複雑に作用します。市場では2026年中の政策金利1%前後への引き上げが織り込まれており、利上げ発表時には「材料出尽くし」で円売りが進む場合があります。こうした「利上げ織り込み→円安」の反応は、モデルの単純な予測と逆の動きです。

ジンテーゼ:多面的な要因が左右する円相場

以上から、金利上昇が即座に円高へつながらなかった背景には複数の要因が同時に作用していることが分かります。重要なのは以下の点です。

  1. 名目ではなく実質金利が重視されること。 インフレ率が高い場合、名目金利上昇でも実質金利が上昇せず円高要因にならない。
  2. 内外金利差と安全資産需要。 海外金利動向やリスク回避の動きがドル買い・円売りにつながる。
  3. 金利上昇の質。 成長期待による利上昇なら円高要因だが、財政悪化によるリスクプレミアム拡大は円安要因。
  4. 金融市場の構造要因。 キャリー取引やレバレッジの巻き戻し、中央銀行の介入期待などが短期的な為替変動を招く。
  5. 政策期待と情報効果。 利上げが織り込まれていると発表後に逆に円安になることがある。

これらの要因が重なり合い、マンデル‑フレミングモデルが示す「金利上昇=円高」という単純な因果関係は現実の為替市場で必ずしも成立しません。そのため、モデルの枠組みを理解しつつも実質金利やリスクプレミアム、投機行動など多面的な要素を考慮した分析が必要です。

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