ドルの黄昏と金の復権:中央銀行行動から見る世界金融の現在地


はじめに

ブリッジウォーター・アソシエーツ創設者のレイ・ダリオは、近年「世界の貨幣秩序が崩壊しつつある」と警告している。彼は米国および同盟国間の信頼の低下や過剰な政府債務を指摘し、中央銀行は米国債などの法定通貨建て債券を敬遠し始め、代わりに金を買い増していると主張する。この見方によれば、通貨秩序の崩れが商品価格の高騰を招き、その趨勢はしばらく逆転しないため、投資家は金を保有すべきだという。ここでは、ダリオの主張(テーゼ)を概観し、それに対する反論(アンチテーゼ)を検討した上で、バランスの取れた解釈(ジンテーゼ)を提示する。

テーゼ:ダリオの主張とその背景

1. 法定通貨と国債への信頼低下

  • 2026年1月のCNBCインタビューでダリオは「既存の貨幣秩序は崩壊しつつあり、中央銀行はこれまでのように法定通貨や債務を保有しなくなっている」と述べた。各国の金融当局は政府債務の規模と価値の減価を懸念し、外国債券や米国債への需要が低下しているとする。
  • 米国政府債務は2025年末に約37.5兆ドルに達し、ダリオはこれを「デッド・デス・スパイラル(債務の死の螺旋)」と表現した。高金利が信用リスクを高め、債務需要を低下させる悪循環が生じていると警告する。
  • ダリオは政府赤字がGDPの6.5%に達するほど大きく、市場が耐えられる水準を超えていると指摘し、これが債務危機の引き金になるとみている。

2. 中央銀行の金需要と米国債離れ

  • ダリオの主張を支持するデータとして、中央銀行の金購入が過去数十年で最も高い水準にあることが挙げられる。世界銀行のブログによれば、2024年〜2025年にかけて金価格は前年比約42%上昇し、中央銀行の購入量が2015〜19年平均の2倍超に達し、公式部門の需要は全体需要の約25%を占めた。
  • この動きは特定の国に顕著である。インドと中国は米国債保有を減らしながら金準備を増やしており、インドの米国債保有は2025年10月に1900億ドル弱まで減少した一方、金準備は880トン超に拡大した。中国も米国債残高を2008年以来の低水準まで削減し、その一方で金準備を14か月連続で積み増している。
  • リポートによると、ブラジルやフィンランドなど複数の国も金購入を増やし、データに基づく分析では中央銀行の強固な金需要は価格が高くても続き、公式準備の管理が米国債から金に向かう「耐久的なシフト」であると指摘されている。
  • 経済専門家も「米国による制裁や関税など、ドルの“武器化”のリスク」や「米国の財政状態と債務上限問題」をドル資産保有のリスクとして挙げ、各国は金や非伝統通貨への分散を進めていると分析する。

3. 商品価格高騰の警告と金推奨

  • 金や他の貴金属の価格は2025年に急騰し、金は前年比65%、銀は125%、プラチナは145%上昇した。こうした上昇は中央銀行の購買意欲や安全資産としての需要に支えられており、金の価格下支えとなる強い需要が続いている。
  • ダリオは、政府債務拡大と通貨価値の減少によって、商品価格の高騰が長期化する可能性が高いと考えている。彼は投資家に対し、ポートフォリオの10〜15%を金で保有するよう推奨し、金は危機時に相関の低い資産として機能すると述べた。

アンチテーゼ:反論と別の視点

1. 米国債への需要は依然として強い

  • 2025年11月時点で外国による米国債保有額は過去最高の9.36兆ドルに達し、日本、英国、ベルギー、カナダなどが保有を増やした。日本は11か月連続で米国債を増やし1兆2000億ドル超に保有を拡大し、英国も8885億ドルと記録的水準である。これは米国債が依然として主要な安全資産と見なされていることを示す。
  • 米財務省データでは、中国やインドなど一部の国が保有を減らす一方で、他国は保有を増やしており、米国債に対する姿勢には地域差がある。従って、世界全体で米国債離れが進んでいるとは言い切れない。
  • バイパルティザン政策センターによると、ドルの世界外貨準備に占める割合は1999年の71%から2024年には58%へ低下したものの、ドルはなお最大の準備通貨であり、代替通貨は流動性や規模において完全な代替となっていない。外国保有の米国債シェアは2010年代初頭の約50%から30%に低下したが、依然として巨額である。

2. 金需要・商品価格上昇の多様な要因

  • 金価格の急騰はドルの価値低下だけでなく、地政学リスクや投資需要、産業需要の増加にも起因する。世界銀行の分析では、2025年の金需要は地政学緊張と米国の金融緩和に伴う安全資産需要によって増加したほか、銀・プラチナの需要は再生可能エネルギーや産業用途に牽引されている。
  • 金価格の上昇は過去の例と同様、市場心理やドル安の影響による部分も大きく、これらの要因が緩和すれば価格が調整する可能性がある。世界銀行は金価格が2026年も上昇する可能性を指摘しつつ、政策の方向性や経済活動次第では下振れリスクもあり、銀・プラチナは供給増で伸びが鈍化するとの見通しを示している。

3. 通貨秩序崩壊論への疑問

  • ダリオが指摘する米国の財政問題やドルのリスクは現実だが、「秩序の崩壊」は段階的な変化と見る方が妥当である。バイパルティザン政策センターは、ドルの地位低下の主因として「ドルの武器化」や財政悪化を挙げつつも、国際金融システムには依然として代替の選択肢が限られ、ドルの優位性は継続すると指摘する。
  • 中央銀行の金購入も、データの公表方法や金融統計の制約から正確な評価が難しく、金の比率が米国債を上回ったかどうかは慎重に判断すべきと複数のアナリストが指摘している。
  • 商品価格高騰は米国債離れだけでなく、2025年の関税戦争や供給不足、天候不順など多様な要因に影響されている。例えば、中国とインドを除けば多くの国が米国債投資を増やしているため、金価格上昇を貨幣秩序崩壊のサインとするのは早計である。

ジンテーゼ:バランスの取れた見解

レイ・ダリオの警告は、世界の財政や金融システムの脆弱性に対する重要な注意喚起である。米国債務の急増や金購入の増加、ドルの武器化への懸念は、各国が外貨準備の多様化を進める理由となっている。しかし、データは通貨秩序がただちに崩壊しているわけではないことも示している。米国債は依然として世界最大の安全資産であり、多くの先進国が保有を増やしている。ドルの準備通貨としての地位も徐々に低下しているものの、流動性と市場規模から代替がすぐに登場する兆しはない。

金や他のコモディティは安全資産として有用だが、価格は地政学情勢や供給・需要の変動に左右される。長期的な投資戦略としては、金に一定割合を割り当てる分散投資が合理的であり、ダリオが推奨する10〜15%という目安は歴史的にも妥当と言える。一方で、金価格が永遠に上昇し続ける保証はなく、金のみへ全額を投じることはリスクが高い。

最終的には、財政健全化と国際協調が維持される限り通貨秩序は段階的に進化するだろう。投資家にとっては、金を含む多様な資産へのバランスの取れた投資が重要であり、ダリオの警鐘はポートフォリオのリスク管理を再考するきっかけとして活用すべきである。

要約

  • ダリオは、米国の巨額債務とドルの信頼低下により世界の貨幣秩序が崩壊しつつあると主張し、中央銀行が米国債を減らし金を買い増しているという。彼は債務危機のリスクを「死の螺旋」と表現し、投資家にはポートフォリオの10〜15%を金に配分するよう勧める。
  • データは中央銀行の金購入が史上最高水準にあり、一部の国(インド・中国など)が米国債を減らす一方で金保有を増やしていることを示す。政策専門家はドルの武器化リスクや米国の財政悪化を指摘し、多様化の理由としている。
  • しかし、世界全体の米国債保有は2025年に過去最高となり、日本や英国など多くの同盟国は保有を拡大している。ドルは依然として最大の準備通貨であり、米国債離れは全体ではない。
  • 金価格の上昇は、ドル安だけでなく、地政学リスクや投資需要、産業需要によるところが大きく、供給増などにより将来的に調整の可能性もある。
  • 結論として、ダリオの警告は財政や地政学のリスクを考える上で価値があるが、現状では通貨秩序が急激に崩壊する兆候は少ない。金への分散投資は有用だが、過度に悲観的な見方は避け、広範な資産配分と財政健全化が重要である。

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