戦時国債の記憶は再現されるのか:歴史が警告する日本財政の現在地

テーゼ:積極財政による経済再生

高市政権は、経済安保・防衛強化・次世代技術への投資を柱とする積極財政路線を掲げました。エネルギーや半導体など戦略物資の国産化、防衛費の前倒し増額、AIや量子コンピューティングへの投資は、日本経済の供給力と自立性を高めるための「未来への投資」とされています。同時に、燃料代補助や教育無償化、介護・医療支援といった物価高対策も実施し、家計を直接支える政策も盛り込まれました。首相は「税率を上げずとも税収は自然増となる」「プライマリーバランス黒字化目標より、政府純債務残高の対GDP比を徐々に低下させる」と述べ、経済成長を通じた財政再建を目指すと強調します。この政策は、デフレからの脱却が長年課題となってきた日本経済にとって、新たな景気刺激策として期待され、若者世代を中心に支持率は高いまま推移しています。また、英国のトラス政権が減税策で市場の信認を失った「トラスショック」とは異なり、日本の国債は国内投資家が大半を保有し、日銀が市場に介入できるため、同様の金融危機は起こりにくいとの指摘もあります。

アンチテーゼ:財政悪化とインフレの危険

一方、この路線に批判も少なくありません。2025年度補正予算は18兆3千億円で、約6兆4千億円が「危機管理・成長投資」に充てられ、総額122兆円超の2026年度当初予算と合わせると史上最大規模です。この歳出増の大部分は新規国債発行で賄われ、財政健全化目標は先送りされました。物価は3%前後の上昇基調にあり、政府はインフレによる税収増(インフレ税)を「強い経済による自然増」と説明しますが、実際には生活者の購買力を奪っているとの批判があります。円安が進み長期金利は17年ぶりの水準に上昇し、市場では「株安・円安・債券安」の“トリプル安”が懸念されています。国債残高は2026年度末に1,145兆円に達する見通しで、金利上昇が利払い費を膨らませれば、財政の持続性に疑問符が付く。歴史的には戦時国債の大量発行が敗戦後の預金封鎖や新円切替による急激な富の収奪につながった例もあり、過去に学ばない放漫財政だとの批判もあります。また、同質的な官僚出身者が多数を占める“官製内閣”では多様な意見が通りにくく、異論を封じる姿勢が危ういという指摘もあります。

ジンテーゼ:持続可能な成長と財政規律の両立へ

積極財政の目的は中長期的な成長力の底上げにありますが、それは「ワイズ・スペンディング(賢明な歳出)」と厳格な事後評価があってこそ成果を生みます。危機管理投資や技術投資は、単に予算をつけることではなく、民間投資を呼び込むよう制度設計と透明な事業評価を行う必要があります。その際、給付付き税額控除のような所得再分配策を採り入れ、低所得層の可処分所得を高めることで、需要喚起と格差是正の両立を図るべきです。財政の持続可能性については、単年度の収支目標を撤回する一方で政府純債務残高の対GDP比を緩やかに減らす数値目標を掲げ、金利上昇局面では歳出を抑える柔軟性が求められます。金融政策との協調も不可欠であり、インフレと為替動向を注視しながら、財政出動と金融正常化のタイミングを慎重に調整する必要があります。さらに、戦前の失敗に学ぶなら、単一の声に偏ることなく、政治家と官僚が多様なデータと専門家の意見を踏まえたエビデンス・ベースの議論を重視する姿勢が欠かせません。

要約

高市政権の積極財政は、戦略分野への投資と物価高対策を通じて経済を活性化し、税率を上げずに財政再建を図るという壮大な試みである。国債の国内保有比率が高く、日銀の介入能力もあるため、英国のトラス政権のような急激な金融危機は起こりにくいとする見方もある。しかし、補正予算の大部分が国債依存で、政府債務は過去最高を更新している。3%程度のインフレにより税収は増えるものの、それは生活者の負担増という「インフレ税」であり、円安と長期金利の上昇がトリプル安を招くとの警戒も根強い。過去の戦時国債の失敗や同質的な政権構造に対する戒めも踏まえると、成長と財政規律のバランスを取ることが求められる。具体的には、成長投資の透明性と効果検証、低所得層への給付付き税額控除など的を絞った支援、政府純債務残高対GDP比の管理、金融政策との協調、多様な意見を反映した政策形成が不可欠である。

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