アベノミクス後の日本経済思想:サナエノミクスの可能性と限界


1. 史的・概念的背景

高市政権の経済政策「サナエノミクス」は、インフレ局面に合わせて、従来の数量拡大型成長から付加価値創造型成長への転換を狙うものです。令和7年度補正予算では、防衛力強化やサプライチェーン強靭化、先端技術への集中投資など、危機管理投資と中小企業支援に大規模な予算が配分されました。この背景には、世界的な供給制約と人手不足があり、物量拡大ではなく技術力とイノベーションによる競争力向上を国家が支援するという考えが根底にあります。また、財政健全化目標をプライマリーバランスから政府債務残高対GDP比に転換し、名目成長率が長期金利を上回る「高圧経済」を目指す議論も出ています。

2. テーゼ:積極財政と付加価値型成長の必要性

2.1 世界的潮流と国内状況

新自由主義的な効率化路線は、サプライチェーンの不安定化や企業の賃金抑制、国内投資の縮小を招きました。その結果企業の貯蓄超過が続き、総需要不足による長期停滞が発生しています。高市政権はこの貯蓄超過を解消するため、民間の投資と賃金を大幅に増やし、企業が再び借入と投資を行う正常なサイクルを取り戻すことを強調しています。

2.2 付加価値型成長への転換

人手不足の時代には、量の拡大よりも生産性向上と高付加価値化が不可欠です。職業訓練を通じた人的投資や設備投資による技術革新を通じ、同じ労働・資本でもより高い価値を創出する経済への転換が求められます。インフレと人手不足は付加価値型への転換を促す強い動機となり、適応できない企業は淘汰されるとされます。

2.3 高圧経済の実現

従来、日本政府は需給ギャップをゼロにすることを景気判断の目安としてきましたが、過去平均に基づく指標のためゼロでも十分な回復を示しません。高市政権は投資主導で需給ギャップをプラス2%程度まで押し上げる「高圧経済」を目指し、中小企業や地方にも景気回復を広げようとしています。

2.4 長期投資と政策の継続性

民間企業が長期投資を避ける主な要因は政策変更による「はしご外し」のリスクです。サナエノミクスでは成長投資と日常経費を区別し、利払い以上の便益が見込める投資には国債発行も辞さない姿勢を示しています。政府は企業の投資希望や課題を聞き取り、規制改革や資金供給を柔軟に行うことで重点分野への官民投資を促進するとされています。

3. アンチテーゼ:積極財政への懸念

3.1 財政持続性とインフレ懸念

積極財政の内容次第ではインフレを加速させ、名目GDPが伸びても実質GDPが伸びない可能性が指摘されます。特に人手不足が常態化する日本では、需要喚起より供給能力強化が重要であり、単なる資金拠出ではインフレと賃金上昇が加速して労働供給の制約に直面するおそれがあります。また、プライマリーバランス規律の凍結や国債増発は将来世代の負担や金利上昇、円安を引き起こす懸念があります。

3.2 政府主導投資の効率性

政府が重点分野を決めて巨額投資を行う場合、政治的配慮による資源配分の歪みや民間活力の阻害が懸念されます。危機管理投資や先端技術投資が特定企業に偏ると市場の選択メカニズムが働きにくくなり、地方や中小企業への補助金依存も長期的な自律的成長を阻害する可能性が指摘されています。

3.3 人的資源と構造改革の不足

付加価値型成長には高度な技能と創造力が必要ですが、教育・人材投資の遅れや硬直的な労働市場が障害となっています。財政出動や補助金だけでは人的資本の充実や企業文化の変革は進まず、規制改革や税制改革といった構造改革が伴わないと民間投資の誘因は高まりません。

4. ジンテーゼ:バランスの取れた政策設計

サナエノミクスはインフレと地政学リスクを背景に供給能力の向上を目指しますが、過度な財政出動や政府主導投資には副作用もあるため、妥協点が必要です。

4.1 投資対象の選別と評価

危機管理・成長投資は競争力強化に必要ですが、投資対象の選定と成果評価を透明かつ客観的に行う仕組みが求められます。公共性や安全保障上の重要性を基準にしつつ、民間が主体的に参入できる環境を整え、補助金や保証は成果指標を設けて期間限定で実施すべきと論じています。

4.2 人材・技術への長期投資

人的資本育成には長期間を要するため、職業訓練やリスキリング、研究開発支援を教育改革や労働移動支援と組み合わせる必要があります。政府は政策の継続性を高め、プライマリーバランス目標を柔軟に運用しつつ債務残高対GDP比の安定的な引き下げを目指すべきだと述べています。

4.3 地方と中小企業の自律的成長促進

地域経済や中小企業は賃上げや省力化投資の支援で恩恵を受けますが、補助金依存を脱し自律的に収益を上げるビジネスモデルの構築が不可欠です。政府はデジタル化やグリーントランスフォーメーションなどへの参入障壁を下げ、地方発のスタートアップや産学連携を後押しすることで地方のイノベーションを育てるべきだと指摘しています。

4.4 マクロ経済運営の慎重な調整

高圧経済を目指す場合、金融政策と財政政策の整合性が重要です。インフレが目標を超えた際には利上げや財政出動の抑制が必要であり、財政・金融政策を調整して民間投資を促す必要があるとまとめています。

5. 結論と要約

サナエノミクスは、量から質への成長モデル転換と高圧経済を掲げ、危機管理投資と成長投資を柱に積極財政を進める点でデフレ脱却を目指したアベノミクスとは異なります。企業の貯蓄超過を解消し付加価値型成長を実現するには、人的資本と技術への長期投資が不可欠であり、政策の継続性と財政規律の柔軟な運用が求められます。一方、財政拡張の副作用や政府主導投資の効率性に対する懸念も根強く、官民の役割分担や政策効果の評価を適切に設計する必要があると締めくくっています。


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