九戸制とは

九戸制とは、中世に東北地方の糠部郡(ぬかのぶぐん)と呼ばれた地域で行われていたとされる行政区画の制度です。この制度では、地域を東西南北の四つの門(かど)に分け、さらに「一戸」から「九戸」まで九つの区画(へ)に細分していました。各「戸」は七つの村と一つの馬牧(馬を飼う牧場)を含む単位と伝えられ、これらの名称は現在の地名(一戸町、二戸市、三戸町…九戸郡など)にも引き継がれています。

歴史的背景

九戸制が行われた糠部郡は、平安時代末期から鎌倉時代にかけて中央の支配が及んだ辺境の地で、蝦夷(えみし)討伐などの軍事遠征によって開発されました。実際、平安時代前期(約8世紀~9世紀)に征夷大将軍・文屋綿麻呂(ふんやのわたまろ)がこの地を平定し、やがて11世紀(1070年頃)に糠部郡として領域が編成されます。その後、鎌倉時代には北条氏が糠部郡の地頭(支配者)となり、各「戸」には北条氏の家臣が代官(地頭代)として置かれました。南北朝から室町時代以降は南部(なんぶ)氏の勢力下となり、「一戸」「九戸」などを氏族名とする南部一族が各区画を領有しました。16世紀末の豊臣政権による奥州仕置で南部氏が地域を統一したのち、旧来の郡名や九戸制の区画名称は次第に使われなくなりました。

導入の目的

九戸制の導入目的については諸説あります。一つには、東北地方とアイヌ勢力との境界地帯である糠部地域を守るための防衛策であったと考えられています。四方に門(かど)を設けて領域を区切ることで、外敵の侵入を監視しやすくしたというわけです。もう一つの目的として、この地が古くから良質な馬(南部駒)を産していたことから、馬の飼育・管理を効率化するために区画が設定されたとも言われます。実際、中世にも七戸御牧(ななとおみまき)や種市牧(たねいちまき)などの牧場が置かれ、牧士(まきうまや)という専門職が存在していました。さらに、律令制時代には未開拓だった新領域の開発・統治を進めるため、広域をあらかじめ区分しておく行政的な狙いもあったと推測されています。

制度の概要

九戸制では、糠部郡を「東門・西門・南門・北門」の四区画に分け、さらにそれぞれの区画内を「一戸」から「九戸」までの九つの小区画に分けて管理しました。例えば、伝承上は一戸・二戸が南門、三戸~五戸が西門、六戸・七戸が北門、八戸・九戸が東門に属するとされますが、実際に門と戸の対応関係が厳密だったかは不明です。それぞれの「戸」には前述のように複数の村と牧場が含まれ、各区画に代官や郷司などが配置されていたと考えられます。また、配置の順序には「千鳥(ちどり)配置」のような説もあり、例えば平泉に近い方から一戸~九戸と時計回りに並べたという説明もあります。しかし、いずれも史料は乏しく、制度の細部には不明点が多く残っています。

実施地域

九戸制が行われたのは、現在の岩手県北部と青森県東南部一帯、すなわち糠部郡に相当する地域です。具体的には岩手県では一戸町、二戸市、九戸郡(軽米町、九戸村など)などが含まれ、青森県では三戸町、五戸町、六戸町、七戸町、八戸市などが該当します(なお四戸という地名は現在残っていません)。古文書や地名の伝承から、これら一戸~九戸という数字付き地名は九戸制に由来するとされています。鎌倉時代以降は南部氏の領土だったため、九戸制は事実上南部氏の支配地域で適用されていたとみられます。

影響と評価

九戸制の大きな影響としては、地域の統治・馬牧管理の歴史を反映した地名や氏族名が残ったことが挙げられます。一戸から九戸までの地名は現代にも使われており、南部氏に連なる一族の中にも一戸氏・九戸氏などが存在しました。しかし一方で、九戸制の実体については史料が限られるため評価は定まっていません。歴史学者の間には、九戸制が近代的な行政制度ではなく、あくまで後世の伝承や地域区分の便宜によるものではないかという見方もあります。いずれにせよ、南部藩成立以前の東北地方における地方行政の一例として、研究上重要なテーマとされています。歴史的にみれば、およそ16世紀末の南部氏統一(九戸の乱の鎮圧)あたりで九戸制は自然消滅したとされ、その後は明治期の郡制改革で古い区画は解体されました。現在では、九戸制の評価は地名由来や地域文化の文脈で論じられることが多く、具体的な制度的機能については完全には解明されていません。

要約

「九戸制」とは、中世の東北地方(現在の岩手県北部~青森県南東部)にあった糠部郡で使われたとされる行政制度。地域を東西南北に4分割し、さらに各区画を一戸から九戸までの9つの小区画に細分化した。各戸は複数の村と馬牧(馬の牧場)を持つ単位で、軍事防衛や馬の飼育管理、地域開発・統治が目的とされる。一戸町、二戸市、三戸町、八戸市、九戸郡などの現在の地名は、この九戸制に由来する。しかし史料が少なく、制度の実態には不明点も多い。

コメント

タイトルとURLをコピーしました