金は本当に動いているのか:COMEX受渡データから読む市場の実像

COMEX金1月限に関する“3,775件の受渡通知が発行され、2,212件がJPモルガンにより停止された”との投稿は、年末にSNSで拡散された。同種の投稿は主に個人ブログやXアカウントで引用されており、CMEグループや大手報道機関による正式な報告ではない。そのため、この数字を巡っては注釈が必要だが、COMEXの物理受渡しプロセスや近年の受渡し動向を踏まえて議論すると、この話題の文脈が見えてくる。

背景と制度(テーゼ)

  • ファースト・ノーティス・デイ (FND) – 物理決済型先物契約では、最初の通知日から受渡しプロセスが始まる。清算機関は買方と売方に物理受渡しの義務が発生する可能性を通知し、この日、売方は受渡しを希望する旨を届け出る。FNDから最終取引日までの間に、清算機関は毎日「配達報告書」を作成し、買方が割り当てを受けたかを確認できる。
  • 受渡しプロセス – CMEグループの貴金属先物では、売方は「受渡し通知(Delivery Notice)」を提出し、指定倉庫にある金バーを裏付けとするワラントを特定する。清算機関は買方を割り当て、通知の2営業日後にワラントの所有権を移転する。金先物1枚は100トロイオンス分で、通知を出したショートと通知を受けるロングの合計は必ず一致する。
  • 「Issues & Stops」報告書 – CMEが公表する「メタルズ・デリバリー・ノーティス(Issues and Stops)」は、受渡しに関与した清算会社と発行枚数を日別・月別にまとめる。売方が提出する通知が「Issued」、買方が割り当てられた通知が「Stopped」であり、合計値は一致する。報告書にはハウス口座(自社)と顧客口座別の枚数が記載される。

2020年の前例とJPモルガンの存在感

2020年春には、COMEX金先物の受渡し枚数が過去に例のない水準まで急増した。4月には約31,666枚(約98.5トン)が受渡しに移行し、前の3カ月合計(13,864枚)の7倍に達した。6月の第一通知日には28,375枚の受渡し意向が提示され、その後5.2万枚(約161.7トン)まで膨らんだ。この期間、JPモルガンは清算会社として顧客口座で約2万5,000枚の受渡しを受け(stop)、約2万枚の通知を発行しており、発行・受領の両面で5万枚超を占める圧倒的な存在だった。この例から、主要銀行が清算機関として受渡し枚数の大半を占めることが分かる。

発行件数3,775件・停止2,212件という数字を巡る解釈(アンチテーゼ)

  • 規模の比較 – 2020年の受渡し枚数が月間3万枚~5万枚規模だったのに対し、3,775件という数字が事実だとしても桁が大きく異なる。FNDの通知件数は「受渡し意向」の表明に過ぎず、その後の取引で相殺されることもある。通常、流動性が落ちるFND前後では、投機家はポジションをロールオーバーするため、発行枚数だけで需給逼迫を判断するのは早計である。
  • JPモルガンの停止 – JPモルガンが2,212件を「Stopped」したという話はSNS発のもので、正式な報告書では確認できない。同社は清算メンバーとして多くの顧客ポジションを処理しており、受渡し・発行の両方で突出している。このため、同社が大量の通知を停止すること自体は珍しくなく、直ちに危機や「買い占め」を示すわけではない。
  • マクロ要因 – 2026年に向けた金価格の上昇要因として、ゴールドマン・サックスは「中央銀行の構造的な需要の高さ」と米国の利下げを挙げ、金価格が2026年12月に1オンス4,900ドルへ上昇すると予測している。世界的な地政学リスクや米ドル安が続く中で、2025年は50回以上史上最高値を更新し、投資家・中央銀行による金需要が急増した。中央銀行の買い越しは2023~2025年ほどの記録的水準ではないものの平均を上回っており、金市場の基調を支えている。このようなマクロ要因が価格を押し上げる一方、受渡し枚数の増減は短期的な需給の揺らぎであり、単独では市場の方向性を決めない。

総合(シンセシス)

3,775件の受渡通知とJPモルガンの大量停止というSNS上の報告は、金市場の緊張感を象徴する出来事として注目を集めた。しかし、COMEXの受渡しシステムはあくまで清算手段であり、通知件数は受渡し意向に過ぎない。過去には月間5万枚規模の受渡しが発生したこともあり、今回の数字が特段異常なわけではない。一方で、JPモルガンの存在感が大きいことや、中央銀行の持続的な需要、地政学リスク、米ドルの弱さと利下げ期待などのマクロ要因が重なり、物理金の確保を重視する動きが強まっているのは事実だ。

よって、2026年の金市場は「激動の幕開け」と言われるほど不安定な要素を孕んでいるが、単一のデータポイントで判断せず、過去の大規模受渡しや制度の仕組み、マクロ経済環境を総合的に捉えることが重要である。


要約

  • ファースト・ノーティス・デイ (FND) とは、清算機関が先物契約の買方と売方に対し物理受渡しの義務が発生する可能性を通知する日であり、売方は受渡し通知を提出し、買方は割り当てを受ける。
  • CMEの受渡しプロセス では、売方が通知を出し、清算機関が買方を割り当て、2営業日後に金ワラントの所有権を移転する。
  • Issues and Stops報告書 では、通知枚数(Issued)と割り当て枚数(Stopped)が清算会社ごとに公開される。通知枚数と割り当て枚数は必ず一致し、ハウス口座と顧客口座の区別が示される。
  • JPモルガンの役割:2020年4~6月には受渡し枚数が月間3万〜5万枚に達し、JPモルガンは顧客口座で2万5,000枚超を受け取り、2万枚超を発行するなど圧倒的な発行・受領シェアを持った。
  • 2025年の金市場 は50回以上史上最高値を更新し、中央銀行の金購入と投資家需要が高水準だった。ゴールドマン・サックスは中央銀行需要と利下げを背景に、2026年12月に金価格が4,900ドル/ozに達すると予測している。
  • SNS上では「3,775件の受渡通知、2,212件をJPモルガンが停止」との投稿が拡散したが、この数字は正式報告では確認されておらず、2020年の実績に比べれば規模は大きくない。市場の安定性を評価するには、制度の仕組みとマクロ要因を含めた総合的な分析が必要である。

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