債務拡大は成長を阻害するのか:米国経済におけるクラウドインとクラウドアウト


序論
クラウンディングアウト(crowding out)は、政府が財政赤字を拡大して資金を借り入れると市場金利が上昇し、民間投資が抑制されるという古典的な概念である。米国では2020年代半ば以降、パンデミック対策やインフラ投資などにより債務残高が急増し、長期金利も高止まりしている。一方、生成AIへの投資やグリーンエネルギー転換のように公共支出が民間投資を誘発する「クラウドイン(crowd in)」効果も議論される。本稿では、米国GDPの成長とクラウンディングアウトをめぐる議論を弁証法(正—反—合)の形で整理する。

正(テーゼ):巨額の財政赤字は民間投資を押しのけ、成長を鈍化させる
財政赤字が拡大すると政府は債券市場で民間部門と資金を奪い合う。米議会予算局は連邦借入がほかの資金需要者と競合するため金利を押し上げ、民間投資を圧迫すると明言し、連邦債務の増加が金利上昇を通じて経済全体の借入コストを高め、民間投資を減少させると指摘する。2025年以降の経済見通しでもクラウンディングアウトが成長率を押し下げると見込まれる。CBOの予測では、2027〜2036年の米国実質GDP成長率は平均1.8%に低下するが、これは政府赤字と債務の増加によって民間投資が徐々に減少するためである。第三の道のメモは、債務対GDP比が1ポイント上昇するごとに長期金利が1.5〜4.7ベーシスポイント上昇し、借入コストの上昇が資本形成と経済産出を減らすと指摘する。ペン・ウォートン予算モデルのシミュレーションでは、1兆ドルの赤字財源支出が2050年のGDPを0.28%押し下げるとされる。また、アメリカン・アクション・フォーラムは「連邦借入1ドル当たり民間投資は33セント減少する」と試算し、債務上昇が長期金利を押し上げ収入成長を16%減らすと述べている。近年は利上げ局面が続き、国債利払費が急増している。スタンフォード大学の政策ブリーフは、金利と成長率が接近する中で債務の利払いは重荷となり、公共支出や民間投資をますます押しのけると警告する。財政赤字を抱えたまま高金利が続けば、政府は政策余地を失い、民間の設備投資はコスト上昇で手控えられる。公共投資が景気を刺激する一方で、長期的には資本ストックの減少を通じてGDPを低下させるというのがテーゼである。

反(アンチテーゼ):クラウンディングアウトは状況依存であり、公共支出が民間投資を呼び込む場合もある
クラウンディングアウトの効果は経済環境によって大きく異なる。税財政研究協会は、CBOの研究では赤字1ドル当たり33セントの投資減少が中間値だが、研究によっては効果が小さいか無視できるとの結果もあり、資本の国際移動が容易な開放経済ではクラウンディングアウトが弱まると指摘する。同研究は成長を促す税制や政府投資の場合には民間投資を「クラウドイン」する可能性があるとも述べる。特定の公共支出は民間リスクを軽減し、民間投資を誘発する。公的研究開発に関する論文は、政府資金による特許は全体の2%に過ぎないが、中期的な生産性とGDP変動の約5分の1に寄与しており、初期の公共資金が民間の追随投資を促した結果だと評価している。RSMのアナリストも、経済の未来に投資するスマートな財政政策は民間投資をクラウドインする効果があると指摘する。BERLの解説は、政府支出が常に民間投資を押しのけるとの単純な議論は誤りであり、資金調達方法や景気局面、支出の種類(インフラか福祉か)によって結果は異なると強調する。経済が景気後退や需要不足の局面では、利子率は低く、民間部門の資金需要も弱いため、政府支出によるクラウンディングアウト効果は小さい。経済政策研究所の報告は、金利上昇が民間投資を抑制する可能性を認めつつも、気候変動対策や教育・インフラへの投資など社会的なリターンが大きい支出は、民間投資をより効率的な分野に誘導するためクラウンディングアウトは主要な懸念ではないと述べている。これは赤字財政でも構造改革や技術革新を伴う場合には、長期的な潜在成長率を高める可能性があることを示唆している。2026年の見通しでは、生成AIや高性能データセンターへの民間・公共投資が活発であり、国債発行と同時にAI投資が資本や部材を大量に吸収している。このため、RSMの2026年2月のコメントは「金利が高止まりする中、政府借入とAI投資の組み合わせが他の産業部門の資金や材料を奪っている可能性がある」と述べる。一方、FinRegRagの経済見通しは、選挙イヤーの財政刺激やAI投資が2026年のGDPを2%超の成長に押し上げる可能性があるものの、同時に「高い債務負担は公的・私的優先課題を押しのける」と警告する。

合(ジンテーゼ):クラウンディングアウトとGDPの関係は二律背反ではなく、政策設計と経済環境によって変化する
以上の議論から、クラウンディングアウトが自動的に成長を妨げるとの単純な結論は成り立たない。一方で、長期的な財政持続性が損なわれれば国債利回りが上昇し、民間投資を抑制して潜在成長率を低下させる危険がある。多くの研究が、債務対GDP比の増加が金利を引き上げ、民間投資を33セント程度減らすと推定しており、その結果2050年までの経済成長が数%ポイント失われることは無視できない。しかし、クラウンディングアウトの大きさは政策内容と景気局面に強く依存する。失業率が高く資源が遊休している時期には、政府支出が需要を補い民間の期待を好転させることで投資を誘発しうる。また、インフラ整備やR&D、公教育など社会的リターンが高い投資は、民間の参入障壁を下げ、技術進歩と生産性を高めるクラウドイン効果を持つ。税制や規制緩和を組み合わせたスマートな財政政策は、成長を高めつつ負のクラウンディングアウトを抑制できる。さらに、米国のような開放経済では海外資本の流入により国内金利への圧力が緩和されるため、資本市場の規模と構造も重要である。つまり、クラウンディングアウトと米国GDPの関係は単線的ではなく、財政規律の確保と投資の質の向上という二つの柱を両立させることが鍵となる。巨額の債務を抱えたまま利払いが膨張すれば公共・民間投資双方が圧迫されるが、長期的な成長力を高める投資に重点を置けば、赤字財政でも民間投資を呼び込み、将来のGDPを押し上げる可能性がある。政策立案者は、短期的な需要刺激と長期的な財政健全化・生産性向上をバランスさせることが求められる。

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