背景と論点
2026年2月末、米国とイスラエルによる対イラン攻撃を受け、イランは報復としてカタール・ラスラファンの液化天然ガス(LNG)コンプレックスやサウジアラビア、アラブ首長国連邦の石油施設を攻撃し、ホルムズ海峡を封鎖しました。アクシオス紙によると、ラスラファンで最大規模のLNGプラントが破壊され、供給施設の再建には時間がかかると報じられています。カタールエナジーのCEOは、損傷した「メガトレイン」と呼ばれる生産設備の修復には3〜5年を要すると述べています。この供給ショックがインフレ圧力を強めた結果、欧州中央銀行(ECB)、イングランド銀行(BoE)、米連邦準備制度理事会(FRB)は3月の会合で金利を据え置き、必要に応じて政策を調整する姿勢を示しました。
正(テーゼ):供給ショックと緩和的な中央銀行が金価格を押し上げる
- エネルギー供給ショックがインフレ期待を高める
イラン戦争によるエネルギー施設破壊で重要なLNGプラントの復旧に数年を要し、供給障害が長期化すればエネルギー価格の高騰が続きます。エネルギー価格上昇は物価全体を押し上げ、インフレ期待を高めます。 - 中央銀行の金利据え置きと実質金利低下
ECBは戦争によるエネルギー高騰でインフレが上振れする可能性を認識しつつ、政策金利を据え置き必要に応じた対応を表明しました。BoEとFRBも同様に慎重姿勢で利上げを見送りました。名目金利が据え置かれインフレ期待が上昇すると実質金利が低下し、無利息資産である金の保有コストが下がるため金価格の追い風となります。 - 中央銀行の金購入が需要を下支え
ロイターは、2025年に中央銀行の金購入が金価格上昇の主要因となり、2026年も新興国を中心に金準備を増やす流れが続くと報じています。ポーランド銀行が金準備を550トンから700トンに増やす計画を示し、中国人民銀行も14か月連続で金を購入しています。外貨準備のドル依存を減らし金へ分散する動きが金価格を支えます。 - 金融緩和に伴う通貨希薄化懸念
エネルギー供給ショックにより経済が悪化すれば、中央銀行は景気後退を防ぐため再び利下げや量的緩和に動く可能性があります。その結果通貨供給が増え、通貨価値の希薄化を懸念する投資家が金を購入する需要も高まります。
反(アンチテーゼ):金価格の調整要因
- 供給ショックの収束や代替供給の出現
中東施設の破壊は甚大ですが、他地域からの代替供給や戦略備蓄の放出によってエネルギー価格の急騰が抑えられる可能性があります。国際エネルギー機関(IEA)や産油国が協調増産に踏み切れば、インフレ圧力は後退し安全資産としての金の魅力が薄れます。 - 中央銀行のタカ派転換
BISは供給ショックが一時的であれば金融政策で反応すべきではないと指摘しつつ、戦争が長期化しエネルギー価格が高止まりすれば利上げ圧力が高まると警告しています。ECBやBoEではインフレリスクの高まりから市場が追加利上げを織り込み始めており、実際に金利が上昇すれば金の保有コストが高まり価格の下押し要因となります。 - 金価格の過熱と需要減退
金価格は2025年に大幅に上昇し、2026年初に史上最高値を更新しました。高値が続けば宝飾品需要は減退し、中央銀行や投資家が利益確定の売りを出す可能性があります。ロイターは金価格の調整要因として米国の利下げ期待の後退や証拠金取引での利益確定、インフレ懸念の後退を挙げています。
合(ジンテーゼ):変動のなかで堅調を維持する金
供給ショックが長期化しても、中央銀行は景気後退を嫌い大幅な利上げに踏み切りにくい状況です。FRBのウォーラー理事もエネルギー価格の動向を見極めるまで利下げを待ちたいと述べており、ECBやBoEも利上げ観測をけん制しています。そのため急激な金融引き締めによって金価格が大きく下落する可能性は限定的です。ただし戦争の規模や期間、エネルギー施設の復旧状況など不確定要素が多く、短期的には金相場が大きく変動する可能性があります。投資家は供給ショックの長期化や中央銀行の政策転換といった材料を随時織り込んでおり、全体としては堅調な推移が見込まれるものの、短期的な急落や反発には注意が必要です。
結論
戦争によるエネルギー供給ショックと中央銀行の慎重な政策対応が金価格を押し上げる一方、ショックの収束や利上げの可能性が調整要因となります。供給施設の復旧には数年を要する見通しであり、中央銀行もインフレ抑制と景気後退リスクの板挟みの中で慎重な姿勢を保っています。したがって中期的には金相場が堅調に推移する可能性が高いですが、政策や戦況の変化に伴う短期的な価格変動には注意が必要です。

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