紙と現物の衝突:シルバー・ショートスクイーズの構造分析


主題の概要

2026年2月末、ある投資家がSNSで「COMEX(ニューヨーク商品取引所)の銀在庫が逼迫しており、3月限のファースト・ノーティス・デー(現物受け渡しの通知日)までに大規模なショートスクイーズが起こり、銀価格は一気に200ドルに達する可能性がある」と主張した。彼は、登録在庫(即時引き渡し可能な在庫)が極端に減少しているにもかかわらず、未決済建玉が多いこと、さらにメキシコの供給混乱や産業需要の急増が価格急騰を引き起こすと述べた。ここでは、弁証法(テーゼ・アンチテーゼ・ジンテーゼ)を用いてこの主張を検討する。

テーゼ(主張)

  1. 登録在庫の急減とオープン・インタレストの不均衡
    COMEXの登録在庫は2020年の約3億4600万オンスから2026年2月には約8800万オンスへと約75%減少した。紙の取引量は高水準のままで、登録在庫と未決済建玉の比率は過去最低水準に近いと指摘されている。これは紙の契約に対して現物の裏付けが不足し、引き渡しを求める勢力が一斉に現物を要求すれば供給不足から価格が急騰するという論理だ。
  2. 供給不足の深刻化
    銀市場は2021年以降連続して供給不足が続いており、2021〜2025年の累積赤字は約8億オンスに達するとの推計がある。メキシコは世界最大の銀生産国で、2025年には約2億250万オンス(約6300トン)の産出量で世界の約4分の1を占めた。しかし2026年2月にJalisco新世代カルテルのボス「エル・メンチョ」が殺害され、メキシコ各地で暴動や道路封鎖が発生した。これによって鉱山地区でも暴力が起こり、供給が中断する可能性が高まった。
  3. 産業需要の構造的増加
    太陽光パネル、電気自動車、AI関連半導体などのグリーンテクノロジー向け需要は急増しており、2025年の工業用銀需要は700万オンスを超える水準へ拡大すると予測されている。米国政府も銀を戦略物資に指定しており、需要は今後も増える見通しである。供給減少と需要増加が重なれば価格が大きく上昇するというのがテーゼである。

アンチテーゼ(反対意見)

  1. 「登録」「適格」在庫の仕組みと転換可能性
    COMEXの在庫には、即時引き渡し可能な「登録在庫」と、品質基準を満たしているが所有者の同意が必要な「適格在庫」が存在する。登録在庫が減少しても、適格在庫から登録への転換が進めば引き渡しに応じられる。最近の登録在庫が100万オンス前後という報告は、未決済建玉の全てが現物引き渡しを求める前提に立った場合の最悪シナリオであり、実際には大部分の取引参加者がロールオーバーや現金決済を選択するため、在庫不足に直ちに直面するとは限らない。
  2. 供給の弾力性と価格高騰の抑制要因
    Silver Instituteによれば、2025年の世界銀供給は前年より3%増加して11年ぶりの高水準となり、鉱山生産も2%増の844百万オンスが見込まれる。価格が急騰すればリサイクル供給も刺激され、代替素材や節約技術が進むため、価格上昇が需要を抑制する可能性がある。また、金融当局がポジション制限やマージン引き上げなどの規制を導入することで、過度な投機を抑えることができる。
  3. 市場心理と現物需要の乖離
    2025年末のCOMEXでは、通常数千万オンス規模だった現物引き渡しが特定月に4700万オンスに急増した。しかしこの現象は一時的であり、続く月では再び過去平均に戻ったという報告もある。つまり、時折発生する配送集中は投機や戦略的な引き渡し要求によるもので、市場全体が恒常的に現物を求めているわけではない。さらに、銀価格は既に2025〜26年にかけて大きく上昇しており、利食い売りや需要減退によって上昇幅が抑えられる可能性も高い。

ジンテーゼ(総合)

弁証法的に見ると、銀市場の「スクイーズ」問題は、紙の契約現物供給の矛盾、需要増供給不足の矛盾が同時進行することで発生する。以下のように、両極端を統合した現実的な見方が導かれる。

  • 紙と現物の矛盾の顕在化:登録在庫が大きく減少していることは事実であり、未決済建玉の多さと合わせて短期的な配送ストレスを生み出す。一方で適格在庫の存在やロールオーバー慣行により、すべての契約が現物引き渡しを求める訳ではなく、市場は在庫管理の柔軟性を持つ。矛盾は存在するが、制度的仕組みで部分的に緩和される。
  • 供給不足と供給拡大の相互作用:メキシコの治安悪化や長期的な供給不足が価格上昇圧力を高める一方で、新規鉱山投資やリサイクルの増加、価格弾力性による需要抑制が作用する。このため銀価格は短期的な急騰・急落を繰り返しながらも、長期的には需給の調整によって安定化する可能性が高い。
  • 産業需要の成長と技術革新:再生可能エネルギーやAI市場の拡大により、銀の工業用需要は過去最高水準に達すると予測されている。しかし技術革新により、銀の使用量が削減されたり代替素材が採用されたりする可能性もあり、この点も市場ダイナミクスに影響を与える。

総合的に見ると、銀市場には短期的な配送逼迫や供給リスクが存在し、これが価格急騰を招く可能性は否定できない。しかし、先物市場の仕組み、リサイクル供給、価格弾力性、規制介入といった調整メカニズムも働くため、「一方向に200ドルへ急騰」と断言するのは早計である。弁証法的な観点からは、矛盾する力が相互作用し、周期的な波動を伴いつつバランスが形成されると理解できる。

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