戦争・国債・インフレの三位一体:金と米国株の相克を読む


背景 – 戦争と財政膨張が生むインフレ

戦争が勃発すると政府は軍事支出を急拡大させる。財源は税収増、他支出の削減、公債発行(国債)、貨幣発行の4つだが、20世紀の大戦やベトナム戦争では赤字公債と貨幣発行に依存するケースが多かった。これにより総需要が増え、価格統制がなければインフレ圧力が高まる。第一次世界大戦後は金利上昇と物価高により国債の実質価値が約半分に減った。第二次世界大戦期には金利を抑えるため政府が利回りを固定したが、1951年までに国債の実質価値は戦前の70%に低下した。新たな研究でも、115の戦争データセットを分析した結果、政府はインフレを利用して赤字を補填し、物価水準とマネーサプライが50%近く上昇し、債務の実質価値が減る一方で投資が抑制されたと報告されている。第二次大戦中に売られた米国の戦時貯蓄債(E債)の名目利回りは30%を超えたが、戦後の急激なインフレにより10年満期の実質リターンはマイナス13%に沈み、多くの償還時期で−16〜−22%となった。このインフレによる負担は国民の政治的支持にも影響し、1952年大統領選ではインフレ抑制を訴える政党が勝利した。

戦争がもたらす財政負担は現代でも懸念材料である。例として2026年2月28日から始まった米国・イスラエルによるイラン攻撃は、初期100時間で米国側の支出が37億ドルに達し、その9割近くが予算外経費であるとされる。米国防総省はすでに1週間で2000発以上の弾薬を消費し、ミサイル等の補充だけで31億ドルを要するという。財政調整がなければ補正予算や国債発行が必要になり、赤字と公債残高の拡大が避けられない。コンコード連合のレポートは、イラン戦争の軍事費が2か月で400〜950億ドルに達する可能性があるとし、現在の米国の債務残高が国内総生産比で第二次世界大戦時と同水準に達していることから、「戦争は極めて高い財政的代償を伴う」と警告している。

弁証法的枠組み

ヘーゲル的弁証法では、特定の現象を相反する「正」と「反」に分解し、その相克から「合」を導く。本稿では「戦争財政によるインフレがもたらす米国株と金価格の関係」を対象とし、以下のように整理する。

正:戦争財政とインフレは金を押し上げ、株式を下押しする
  • インフレと安全資産需要の高まり – 戦争時に政府が赤字国債や紙幣発行で財源を捻出すると、物価上昇と通貨価値低下への懸念が強まる。1970年代の第4次中東戦争(ヨム・キプール戦争)とアラブ産油国の禁輸措置では原油価格が急騰し、米国株は16%以上下落した一方、金は3年間で3倍以上に高騰した。現在の米・イラン戦争でも原油供給の懸念からブレント原油が80ドル超となり、金は1月末に1オンス5,110ドルを付けた。ゴールド専門家は「中央銀行が外貨準備を米ドルから多様化するため金を買い続けている」ことや、投資家の金ETF流入が前年比20%増であることを挙げ、地政学的な緊張とインフレ懸念が金価格を押し上げていると指摘する。
  • 実質債務の減価と資産選好の変化 – インフレは既発国債の実質負担を軽減し政府に有利であるが、債券保有者は損失を被る。戦後のインフレでE債の実質価値が大幅に減少した結果、国民は戦時債を「悪い投資」とみなすようになり、金や不動産などインフレ耐性のある資産へ資金が移動した。2026年のイラン戦争でも、米国債利回りは当初安全資産需要で低下したものの、原油高によるインフレ懸念から短期債利回りは反発し、投資家は「安全資産としての米国債を買うか、インフレ上昇を恐れて売るか」というジレンマに直面している。インフレ圧力が強まればFRBの利上げが予想され、株式の割引率が上昇して評価が下がるため、株価は下押しされる。
  • 資源価格ショックが企業収益と投資心理を損なう – RBCウェルス・マネジメントは20の軍事介入事例を分析し、平均でS&P500が6%下落した後、約28日で回復したと指摘するが、エネルギー供給が途絶すると株価の下落は二桁に及び、回復に何年もかかると述べる。1973年の油価ショックは6年間株式市場の低迷をもたらした。現在のイラン戦争ではホルムズ海峡のタンカー通行が大幅に減少し、原油価格が100ドルを超えるとの予測が出ている。RBCは、紛争が長期化してエネルギー価格が持続的に上昇すれば米経済活動が阻害され、投資家心理が悪化して株式市場が大きな調整に直面する可能性を警告している。
反:インフレと財政拡張は株式を下支えし、金の優位性は一時的にとどまる
  • 戦争支出による景気刺激 – 戦時財政の拡張は総需要を増やし、軍需産業や関連分野で雇用と所得を押し上げる。第二次大戦中の米国では財政赤字やマネー供給の急増が「戦争景気」を生み出し、戦後もしばらく高成長が続いた。名目GDPの拡大は企業の売上高や利益を押し上げ、株価指数はインフレを上回って上昇する場合がある。現代でも、大規模な国防支出がテクノロジー産業など新分野の投資につながり、株式市場の一部は恩恵を受ける可能性がある。
  • 株式は中程度のインフレに対するヘッジとなる – チャールズ・シュワブは、1975年以降の長期データを分析し、S&P500指数が金およびインフレ率を上回ってきたと指摘する。企業はコスト増を価格転嫁できるため、緩やかなインフレ局面では株式が実質購買力を維持する一方、金は極端なインフレ期や地政学的危機にのみ顕著にアウトパフォームすると述べている。したがって、戦時インフレが短期的または中程度にとどまるなら、株式は長期投資家にとって魅力的な資産であり続ける。
  • 金利操作と政策対応による抑制 – 過去の戦争では政府が増税や価格統制を用いてインフレを抑えた例もある。朝鮮戦争では高税率と財政緊縮でインフレを最小限に抑えた。また戦後、米財務省とFRBは利回りを抑制し、長期金利が急騰するのを防いだことで株式市場の暴落を回避した。現代でも、FRBが金利を調整し、財政当局が戦費を増税や他支出削減で賄うなら、国債発行に伴うインフレは抑制され、株価下落は一時的にとどまる可能性がある。
合:影響はインフレの程度と戦争の持続性次第

上記の正反両面から見えてくるのは、「戦争財政→インフレ→資産価格」という因果関係は単純ではないということである。合として以下の点が重要である。

  • インフレの程度が決定要因 – 株式は中程度のインフレ環境では実質価値を保ちうるが、原油供給ショックや過剰貨幣発行による急激なインフレでは、割引率の上昇と実質購買力の低下によって株価が大きく下落する。1970年代や現在のイラン戦争のように原油価格が100ドル超へ持続的に上昇する場合、エネルギーコスト上昇が企業利益を圧迫し、金価格が安全資産として優位に立ちやすい。
  • 政策手段の有無 – 政府と中央銀行が増税や支出調整、物価統制を実施してインフレを抑えれば、戦争による財政赤字は必ずしも激しいインフレに結びつかない。市場は長期的な財政持続性を評価するため、投資家が戦時国債の利回りを高く要求するかどうかは政策対応によって変わる。現在の米国では大規模な赤字と高金利が同時進行し、イラン戦争の追加支出が不確実性を高めている。適切な増税や歳出削減なしに国債増発を続ければ、投資家が金や他の実物資産に逃避する可能性が高まる。
  • 分散投資の重要性 – チャールズ・シュワブが述べるように、長期的には株式がインフレや金を上回ってきた一方、極端なインフレや戦争期には金が貴重なヘッジとなる。したがって、戦争による不確実性が高まる局面では、株式とともに金や他の実物資産をポートフォリオに組み入れる分散戦略が合理的である。RBCも「軍事・地政学的リスクが米国株式に一時的な5〜10%の調整をもたらす可能性を想定しつつ、長期的には市場ウエイトを維持することが望ましい」と勧めている。

あしもとの米国・イスラエルによるイラン攻撃の観点

2026年2月28日、米国とイスラエルはイランの核・ミサイル施設や政権中枢への大規模空爆を開始した。イスラエルの攻撃は事前警告のない先制的なものと報じられ、テヘランの爆発やイスラエルの領空閉鎖が確認された。イスラム革命防衛隊(IRGC)はミサイルで報復し、米軍基地も標的となった。米国の政治指導者は「イランの核・ミサイル能力を完全に破壊する」ことを掲げ、空爆は新政権樹立を目指す最大限の軍事行動に発展している。

この戦争による人的・経済的被害は甚大である。イランでは9日間で1,332人以上の市民が死亡し、石油価格は100ドル超となり、米国のS&P500先物は1.6%下落、ナスダック先物は1.7%下落した。米国とイスラエルが攻撃を拡大する中、原油・天然ガス輸送の要衝であるホルムズ海峡の航行が大幅に減少し、エネルギー供給の長期的な途絶が懸念されている。これは1973年の油価ショックと同様、エネルギー由来のインフレを惹き起こし、世界経済にスタグフレーションのリスクをもたらす。投資家は安全資産として金や短期国債に殺到し、米国債利回りは急低下したが、油価高騰によるインフレ期待が強まり短期金利は反発した。このように、戦争が原油供給の長期的な制約をもたらすかどうかが、株式と金の価格動向に大きく影響する。

総合的見解

戦争による国債発行とそれが引き起こすインフレは、米国株と金の価格に複雑な影響を及ぼす。歴史的には、持続的で大規模な戦費調達がインフレを招き、国債の実質価値を減少させ、金の優位性を高めてきた。一方、戦時需要の拡大や緩やかなインフレ下では企業収益が伸び、株式が実質的にインフレをヘッジすることもある。現代のイラン戦争では、原油供給の制約と予算外の巨額支出がインフレ圧力を高めており、金価格上昇と株式市場の変動が顕著になっている。投資家は紛争の規模と期間、政策対応を見極めつつ、株式と金の適切なバランスを取ることが求められる。

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