オルカンとは何か
eMAXIS Slim 全世界株式(愛称「オルカン」)は、世界中の株式に分散投資するインデックス・ファンドである。三菱UFJアセットマネジメントが運用し、MSCI オール・カントリー・ワールド・インデックス(ACWI)をベンチマークとする。この指数は先進国23か国と新興国24か国の株式で構成されており、2023年10月末時点では米国が約62.6%、日本が5.48%、英国が3.67%、中国が3.17%、フランスが2.90%という国別構成になっている。投資対象銘柄は2,900社以上に及び、このファンド1本で47の国・地域と複数の業種に分散投資できる。
構成銘柄の上位にはマイクロソフト、アップル、エヌビディア、アマゾン、メタ・プラットフォームズ、アルファベット(Google)など、世界的な大企業が並んでいる。ファンドは長期投資を想定しており、購入時手数料・売却時の信託財産留保額がゼロ、信託報酬率も年0.05775%以内(2024年3月5日時点)と低コストである。
こうした特性から、オルカンは一つの金融商品で世界経済の成長を享受しようとする投資家に人気があり、新NISAでの資金流入も多い。しかし、本稿ではこのオルカンを「共産主義のいうコモン」と捉えることが妥当かどうかを検討する。
共産主義における「コモン」
『共産党宣言』第2章では、共産主義の特徴は「私有財産の廃止」にあると簡潔に述べられている。マルクスとエンゲルスは、資本(資本家の所有物)を「社会的な力」とみなし、それが社会全体の共同財産となることで資本の階級的性格が失われると説いた。そのため、共産主義は単に物品を共有することではなく、資本主義社会における階級的な所有関係を変革し、労働者の生活を豊かにすることを目指す。
マルクス主義が目指す上級段階の共産主義では、社会全体による「生産手段の共同所有」が実現し、社会的・技術的発展を通じて物資の豊富さが生み出される。公共の公園のように誰でも自由に利用できる「共有財」(commons)と、特定の組織が共同で所有する「共同所有」(collective ownership)は区別される。共有財は財産権ではなく利用権によって社会的に構築されるものであり、こうした「commoning」は人々が話し合い、共同で運営するプロセスである。社会が公共性を重視して共有財を拡張するとき、資本主義的所有権に代わって利用権が重視される。つまり、共産主義の「コモン」とは、物や企業を単に多数で持ち合うことではなく、私有財産制度そのものを転換し、利用を基盤とした公共の枠組みに置き換えることを意味する。
弁証法の視点:対立と総合
弁証法は、ヘーゲルが発展させた「対立するもの同士の相互作用から新しいものが生まれる」という考え方である。各命題(テーゼ)はその否定(アンチテーゼ)を内包し、対立から統合(ジンテーゼ)が生まれる。マルクスはこの方法を物質的・経済的条件に適用し、「弁証法的唯物論」を提唱した。マルクスにとって歴史の推進力は思想ではなく「物質的条件と社会関係」であり、それらから生まれる矛盾が社会変革を促す。弁証法的唯物論の核心には、数量変化が質的変化を生む「量から質への転化」、相反するものが不可分に結びつき変化を生む「対立物の統一」、矛盾が解消され新段階へ進む「否定の否定」が含まれる。
マルクスはこの枠組みを歴史的唯物論に発展させ、封建制や資本主義といった生産様式は必ず内的矛盾を抱え、その矛盾が階級闘争を通じて次の段階へと変化すると考えた。資本主義においては資本家と労働者の対立が深まり、やがて労働者が資本家を打倒して社会主義、さらには階級のない共産主義へと移行すると予測した。このように、弁証法は「ある構造が自らの内在的矛盾によって自己を乗り越えていく過程」を示す。
オルカン=コモンという主張の検討
テーゼ:オルカンはコモンであるという見方
オルカンは世界中の株式2,900銘柄以上に投資することで、投資家が世界の経済活動に幅広く参加できる仕組みを提供する。先進国と新興国を合わせた47か国への分散投資が可能で、一つのファンドで複数セクターの株式に投資することから「世界経済全体の平均点に乗る」とも評される。日本の新NISA制度によって個人が低コストで長期的に積立投資できるようになり、富の蓄積が一部の資本家に偏る状況を緩和するという期待もある。米国の研究者や規制当局は、巨大資産運用会社が複数の競合企業の株式を同時に保有する「common ownership」が競争を弱める可能性を議論しているが、こうした共有的な所有が企業経営に及ぼす影響に注目する論者は「インデックス投資が資本主義の私有財産原理を薄め、社会主義的な共通所有に近づく」と論じることがある。
アンチテーゼ:オルカンは資本主義的商品である
一方、オルカンが共産主義のコモンと同一視されるのは適切ではない。第一に、ファンドの口数は民間投資家によって私的に所有され、譲渡可能な金融資産である。基礎となる企業の株式は引き続き営利企業が発行し、配当や経営権は株主全体に帰属する。たとえ分散投資によってリスクを共有しても、株主は各企業の経営に影響を与えるわけではなく、社会的な意思決定に参加する権利を得るものではない。
第二に、MSCI ACWIの構成では米国株の比率が約6割を占め、グローバル資本主義の中心である米国企業への依存が大きい。新興国株も含まれるが、インデックスの運用は市場の時価総額を反映するため、既存の経済的格差や権力関係がそのまま投資比率に反映される。つまり、世界市場全体を「平均化」することで世界的な階級矛盾や富の偏在が見えにくくなる可能性がある。
第三に、共産主義におけるコモンとは、利用権に基づく社会的なプロセスであり、資本の社会的性格を維持しつつ階級的性格を消滅させるものである。現実のインデックス・ファンドは私有財産制度の枠内で運営され、資本の社会的性格を変革するものではない。したがって、オルカンをコモンと見なすことは、共産主義の用語を過度に拡大解釈したものである。
総合:現代金融が提示する矛盾と可能性
弁証法的に見ると、オルカンのような金融商品は資本主義の矛盾を浮き彫りにしている。大量の資本がインデックス・ファンドに集積されることで、資産運用会社は多くの企業の大株主となり、「common ownership」が競争を弱める懸念が生じている。他方、同じ現象が「資本の社会化」を進める側面もあり、投資家の裾野が広がることで資本所有の集中が相対的に薄まる。この量的な変化が質的な変化をもたらすかどうかは、社会的な力関係と制度設計による。
共産主義のコモンは自然に生まれるものではなく、人々が共同行為を通じて社会的に構築するものである。インデックス・ファンドの普及は私的所有権に基づいており、現在のところ共産主義的な公共性の形成とは言いがたい。しかし、資本の巨大化と集積が続き、階級格差が広がるなかで、より民主的な経済運営や資本の社会的制御を求める運動が強まれば、金融市場における共通所有のあり方に変革を迫る契機となり得る。
結論
オルカンは世界中の株式に分散投資できる便利な金融商品であり、投資家が広範な経済活動に参加するための手段を提供する。だが、共産主義における「コモン」は私有財産制そのものを変革し、利用権に基づく社会的な運営を実現する概念であり、単に多くの人が株式を保有することとは異なる。弁証法的な視点から見れば、オルカンは資本主義の矛盾を内包しており、その普及が資本の社会化や規制強化へとつながる可能性もある。とはいえ、それが共産主義のコモンと同一であると結論付けるのは早計であり、所有の形態と社会的な運営原理の質的転換が必要である。

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