ウランからプルトニウムへの変換も、水銀から金への変換も、原子核を変化させる「元素変換」です。両者の違いは、反応が可能かどうかではなく、大量の原料に目的の反応を起こし、経済的に利用できる仕組みが成立しているかにあります。
水銀から安定した金を作ることは、核物理学的に可能です。しかし、元素変換に成功することと、金を安く量産することの間には大きな隔たりがあります。
1.元素と同位体の違い
原子の中心にある原子核は、主に「陽子」と「中性子」からできています。
元素の種類を決めるのは陽子の数です。 ウランは92個、プルトニウムは94個、水銀は80個、金は79個の陽子を持っています。
一方、同じ元素でも、中性子の数が違う原子があります。これが「同位体」です。
| 原子の種類 | 陽子の数 | 中性子の数 | 合計=質量数 |
|---|---|---|---|
| 水銀196 | 80個 | 116個 | 196 |
| 水銀197 | 80個 | 117個 | 197 |
| 水銀198 | 80個 | 118個 | 198 |
| 金197 | 79個 | 118個 | 197 |
水銀196・197・198は、すべて陽子が80個なので水銀です。しかし、原子核の安定性や、核反応の起こりやすさは異なります。
中性子の数だけが違えば同位体、陽子の数が変われば別の元素になります。
2.ウランからプルトニウムができる仕組み
代表的なのは、ウラン238が中性子を取り込み、プルトニウム239になる経路です。
ウラン238 + 中性子1個 → ウラン239
ウラン239 → ネプツニウム239〔β⁻崩壊〕
ネプツニウム239 → プルトニウム239〔β⁻崩壊〕
※上の反応経路では、β⁻崩壊で放出される電子と反電子ニュートリノを省略しています。
β⁻崩壊とは、原子核内の中性子が陽子に変わり、電子と反電子ニュートリノを放出する現象です。
中性子1個 → 陽子1個 + 電子 + 反電子ニュートリノ
この変化が2回起こることで、陽子数が92個から94個に増え、ウランからプルトニウムになります。
この反応を大規模に進められるのは、原子炉に次の条件がそろっているためです。
- 原料が豊富である。 天然ウランの約99.3%はウラン238です。
- 中性子が継続して供給される。 核分裂の連鎖反応によって、大量の中性子が生まれます。
- 発電と同時に元素変換が進む。 発電用原子炉でも、燃料中のウラン238の一部がプルトニウムになります。
- 生成物を核燃料として利用できる。 できたプルトニウムの一部も核分裂し、発電に寄与します。
ただし、ウランがすべてプルトニウムになるわけではありません。米国NRCによれば、軽水炉の使用済み燃料に含まれるプルトニウムは、重量で約1%です。変換される割合が一部でも、取り扱う燃料が大量なので、生成量は大きくなります。
なお、燃料中にプルトニウムが生成することと、それを分離・回収することは別の工程です。回収には再処理設備と、その費用が必要になります。
3.水銀から金ができる仕組み
水銀から金への変換でも、陽子を直接はじき飛ばす必要はありません。まず不安定な水銀197を作り、その後の放射性崩壊で金197に変える経路があります。
水銀197は「電子捕獲」によって、原子核内の陽子1個が中性子に変わります。
水銀197 + 電子 → 金197 + 電子ニュートリノ
原子核の内部で起こる変化は、次のとおりです。
陽子1個 + 電子 → 中性子1個 + 電子ニュートリノ
この結果、陽子数が80個から79個に減り、水銀から金になります。
生成した金197は安定しており、人工的に作ったから崩れてしまうわけではありません。
問題は、その前段階となる水銀197を、どれだけ効率よく大量に作れるかです。
| 原料 | 水銀197を作る反応 | 中性子の特徴 |
|---|---|---|
| 水銀196 | 中性子を1個取り込む | 低速中性子を利用できる |
| 水銀198 | 中性子1個が入射し、2個が出る | 十分に高いエネルギーが必要 |
それぞれの反応は、次のように表せます。
水銀196を使う経路
水銀196 + 中性子1個 → 水銀197
水銀197 → 金197〔電子捕獲〕
水銀198を使う経路
水銀198 + 中性子1個 → 水銀197 + 中性子2個
水銀197 → 金197〔電子捕獲〕
※中性子捕獲に伴うガンマ線や、電子捕獲に関与する電子・ニュートリノは、ここでは省略しています。
水銀198の経路では、中性子が1個入って2個出るため、差し引きで原子核の中性子が1個減ります。
4.課題①――目的の同位体を大量に確保する
天然水銀は複数の同位体の混合物です。このうち、水銀196は約0.15%、水銀198は約10%を占めます。
天然水銀の原子が1万個あれば、水銀196は約15個、水銀198は約1,000個という割合です。
天然ウランの大部分がプルトニウム生成の原料になるのに対し、天然水銀では、選んだ反応経路に直接使える同位体の割合が限られます。
そこで検討されるのが、目的の同位体の割合を高める「同位体濃縮」です。
化学的に純粋な水銀と、同位体をそろえた水銀は違う
水銀に混ざった別の元素を取り除いても、水銀196や水銀198などの混合状態は残ります。
同位体同士は電子の配置が基本的に同じで、化学的な性質がよく似ています。そのため、通常の化学精製だけでは分けにくく、質量の違いや、光への反応のわずかな違いを利用する専用技術が必要です。
例えば、イオンにして電磁場で分けたり、特定の同位体に反応するレーザーを利用したりする方法が考えられます。
実験用の少量を分離できても、工業規模で安く供給できるとは限りません。 高い純度と回収率を保ちながら、処理速度、消費電力、設備費を成立させる必要があります。
なお、濃縮せずに天然水銀を照射する設計も考えられます。ただし、その場合は、他の同位体による中性子の吸収や副反応まで含めて、生産効率を評価しなければなりません。
5.課題②――中性子を目的の反応に使う
中性子を水銀に浴びせても、すべてが金の生成につながるわけではありません。
目的の反応を起こすものもあれば、別の原子核に吸収されたり、衝突してエネルギーを失ったり、設備の外へ漏れたりするものもあります。
さらに、中性子の数だけでなく、エネルギーも重要です。
水銀196が中性子を取り込む経路と、水銀198から中性子を取り去る経路では、利用しやすい中性子のエネルギーが異なります。特に後者には高エネルギー中性子が必要なので、低エネルギーの中性子を大量に用意しても、同じ反応を起こせるわけではありません。
生産速度を左右する3つの要素
条件を単純化すると、目的の核反応が起こる速度は、次の関係で考えられます。
反応速度 ≈ 目的原子の数 × 中性子束 × 反応断面積
| 用語 | 意味 |
|---|---|
| 目的原子の数 | 反応させたい水銀196や水銀198が何個あるか |
| 中性子束 | 中性子が飛び交う強さ |
| 反応断面積 | そのエネルギーで、目的の核反応がどれほど起こりやすいか |
「反応断面積」は、原子核の実際の大きさそのものではなく、核反応の起こりやすさを表す指標です。
ただし、この式は、対象となる原子が同じような中性子の条件に置かれている場合の近似です。
水銀を厚くすると、手前で中性子が反応・散乱し、奥の原子には同じ条件で届かなくなります。原料を10倍にしても、生産量がそのまま10倍になるとは限りません。
量産には、中性子の供給源だけでなく、水銀の配置、厚さ、冷却、照射時間などを組み合わせた設計が必要です。
6.核融合炉なら、金生産と燃料補充を両立できるのか
重水素と三重水素を使う核融合では、高エネルギーの中性子が生まれます。これを水銀198の元素変換に利用するのが、Marathon Fusionの提案です。
ただし、この方式の核融合炉では、中性子は燃料である三重水素をリチウムから補充するためにも必要です。金を作れても、燃料の補充が不足する設計では継続運転できません。
水銀198の反応には、中性子1個の入射に対して2個が出るという利点があります。同社は、この「中性子増倍」を利用して、金生産と三重水素の補充を両立できると提案しています。
これは設計・計算上の提案であり、商業規模での生産実績とは区別する必要があります。
また、中性子の数が増えても、エネルギーが増えるわけではありません。出てきた中性子が、同じ反応を繰り返し起こせるとは限らず、核分裂の連鎖反応と同じ仕組みではありません。
7.できた金を回収する段階にも課題がある
照射中には、目的以外の核反応も起こります。水銀への中性子照射によって、放射性の金同位体が生成することも確認されています。
金と水銀は別の元素なので化学的に分けられますが、安定した金と放射性の金は同位体同士なので、通常の化学精製では選別できません。
さらに、生成した金197が中性子を吸収し、放射性の金198になる場合もあります。
金197 + 中性子1個 → 金198
金198は安定した金として残るわけではなく、β⁻崩壊によって水銀198へ変わります。
したがって、長期間照射すれば使える金が際限なく増えるとは限りません。目的の金ができる速度と、その後の反応で失われる速度を考慮し、回収時期や方法を決める必要があります。
また、放射性不純物が含まれる場合には、その種類と量に応じて、保管・減衰を待つことなども必要になります。
8.両者を分けるのは、元素変換を支える産業の仕組み
| 比較点 | ウランからプルトニウム | 水銀から金 |
|---|---|---|
| 原料 | 天然ウランの大部分がウラン238 | 反応に適した同位体の確保・濃縮が課題 |
| 中性子の供給 | 核分裂の連鎖反応を利用できる | 経路に適した中性子源が必要 |
| 設備との関係 | 既存の原子炉で発電と同時に生成 | 金生産を組み込んだ設備の成立が必要 |
| 回収・利用 | 分離には再処理が必要。核燃料として利用可能 | 化学分離に加え、放射性不純物の管理が必要 |
| 経済性 | 発電や燃料利用と結び付く | 濃縮・照射・回収・保管などの費用を金の価値と比較する必要がある |
ウランからプルトニウムへの変換は、豊富な原料と、原子炉が生む中性子を利用して、発電と同時に進みます。
水銀から金への変換も可能ですが、目的の同位体の確保、中性子の利用効率、生成物の回収、放射性不純物の管理を、経済的に成立させなければなりません。
「金の原子を作れる」ことは核物理学の問題であり、「金を安く大量に供給できる」ことは、それに加えて設備と事業全体を成立させる問題なのです。

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