――レーガン期に世界の資金が米国へ流入した仕組み
1980年代前半の米国では、レーガン政権による財政赤字の拡大と、1981~82年の不況後の力強い景気回復が同時に進みました。
この「財政赤字」と「高成長」は、ともに米国内の資金需要と投資収益への期待を高め、世界の資本をドル資産へ引き寄せました。
ただし、その作用経路は少し異なります。
1.財政赤字が海外資本を吸収する経路
レーガン政権は、大規模な減税と国防費の増額を進めました。その結果、政府支出が税収を上回り、財政赤字が拡大しました。
政府支出の増加・減税
↓
財政赤字の拡大
↓
米国債の発行増加
政府は不足する財源を補うため、国債を発行して民間から資金を借り入れます。
しかし、米国内の貯蓄だけで大量の国債を消化しようとすれば、政府と民間企業が限られた資金を奪い合うことになり、金利には上昇圧力がかかります。
財政赤字の拡大
↓
国債発行と資金需要の増加
↓
金利の上昇・高止まり
当時の米国では、FRBもインフレ再燃を防ぐため、引締め的な金融政策を続けていました。そのため、財政赤字が拡大しても中央銀行が十分な通貨供給によって金利上昇を抑えることはありませんでした。
この「拡張的な財政政策」と「引締め的な金融政策」の組み合わせが、米国の実質金利を高い水準に維持したのです。
すると、日本や西ドイツなどの投資家から見て、米国債は利回りの高い魅力的な安全資産となります。
米国債を購入するには、原則として自国通貨をドルに交換しなければなりません。
海外投資家によるドル購入
↓
米国債の購入
↓
米国への資本流入
↓
ドル高
つまり、財政赤字は単に米国政府の借金を増やしただけではありません。米国債という巨大な「海外資金の受け皿」を生み出し、世界の貯蓄を米国へ吸収したのです。
2.高成長が海外資本を吸収する経路
財政赤字が主として米国債への投資を呼び込んだのに対し、高成長は株式や企業への投資を呼び込みました。
米国経済は1981~82年の深刻な不況を経た後、力強く回復しました。経済成長率が高まると、企業の売上や利益も増加すると期待されます。
米国経済の高成長
↓
企業利益の増加期待
↓
株価上昇・設備投資拡大への期待
↓
米国株・社債・企業への投資増加
海外投資家は米国債だけでなく、次のようなドル資産にも資金を振り向けました。
- 米国企業の株式
- 社債
- 銀行預金
- 不動産
- 米国企業への直接投資
これらの資産を取得する場合も、基本的にはドルが必要です。
したがって、高成長は「米国で投資すれば、他国より高い収益を得られる」という期待を通じて海外資本を吸収し、ドル需要を増加させました。
3.財政赤字と高成長が重なると何が起きるのか
財政赤字と高成長が同時に進むと、米国には安全性を求める資金と成長性を求める資金の両方が流入します。
| 要因 | 海外投資家にとっての魅力 |
|---|---|
| 財政赤字・国債増発 | 高利回りの安全資産が大量に供給される |
| 高い経済成長率 | 株式・社債・直接投資の収益が期待できる |
| インフレ率の低下 | ドル資産の実質的価値が安定する |
| FRBの金融引締め | 他国との金利差が維持される |
| ドルの基軸通貨性 | 資金を大規模に運用しやすい |
安全性を求める資金は米国債へ、成長性を求める資金は米国株や米国企業へ向かいました。
さらに、ボルカーFRBによるインフレ抑制が成功しつつあったため、ドルの購買力に対する信認も回復しました。
こうして米国は、世界の資金を吸収する巨大な磁石となったのです。
4.なぜ米国内の貯蓄だけでは足りなかったのか
一国全体では、経常収支と貯蓄・投資の間に、概ね次の関係が成立します。
経常収支 = 国内貯蓄 - 国内投資
国内貯蓄には、家計や企業の貯蓄だけでなく、政府の貯蓄も含まれます。
政府貯蓄は、単純化すれば次のように表せます。
政府貯蓄 = 税収 - 政府支出
レーガン政権の減税と政府支出増加は、政府貯蓄を減少させました。財政赤字とは、政府貯蓄がマイナスになった状態にほかなりません。
その一方で、景気回復によって米国企業の設備投資は拡大しました。
その結果、米国全体では国内投資に対して国内貯蓄が不足し、その不足分を海外から調達する構造が生まれました。
財政赤字の拡大
↓
国内貯蓄の減少
+
高成長による設備投資の増加
↓
貯蓄不足の拡大
↓
海外資本の流入
これが、財政赤字と高成長が同時に海外資本を吸収した基本的な仕組みです。
5.資本流入と経常赤字は表裏一体である
海外から米国へ資本が流入することと、米国が経常赤字になることは、国際収支上、表裏一体の関係にあります。
簡略化すれば、次のように表せます。
米国の経常赤字 = 海外からの純資本流入
米国が輸入超過になると、代金として支払われたドルが海外に蓄積します。
例えば、日本企業が米国へ自動車を輸出した場合、次のような循環が成立します。
- 日本企業が米国へ自動車を輸出する
- 米国からドルで代金を受け取る
- 日本企業や金融機関が、そのドルで米国債や米国株を購入する
- ドル資金が米国へ還流する
米国の輸入超過
↓
海外にドルが蓄積
↓
米国債・米国株などの購入
↓
米国への資本還流
したがって、米国の経常赤字は単に「ドルが海外へ流出した」状態ではありません。
貿易によって海外へ渡ったドルが、米国債や米国株の購入を通じて米国へ戻り、米国政府の財政赤字や企業の設備投資を支えたのです。
6.ドル高が循環を自己強化した
海外資本が米国へ流入すると、米国債や米国株を購入するためのドル需要が増加し、ドル高が進みます。
ドル高になると、米国から見た外国製品の価格が安くなる一方、外国から見た米国製品の価格は高くなります。
海外資本の流入
↓
ドル高
↓
輸入品の価格低下・米国製品の価格上昇
↓
輸入増加・輸出競争力低下
↓
米国の経常赤字拡大
経常赤字の拡大によって海外に蓄積されたドルは、米国債や米国株へ再投資されます。
経常赤字の拡大
↓
海外のドル保有増加
↓
米国資産への再投資
↓
米国への資本流入
こうして1980年代前半には、次のような循環が形成されました。
資本流入
→ ドル高
→ 輸入増加
→ 経常赤字拡大
→ 海外のドル蓄積
→ 米国資産への再投資
→ さらなる資本流入
資本流入がドル高を生み、そのドル高が経常赤字を拡大させ、経常赤字によって海外へ渡ったドルが再び米国へ還流するという自己強化的な構造です。
7.財政赤字なら必ず通貨高になるのか
ここで注意すべきなのは、財政赤字が必ず通貨高をもたらすわけではないことです。
政府や通貨への信認が低い国では、財政赤字の拡大が、
- 中央銀行による財政赤字の穴埋め
- 通貨供給量の急増
- インフレ率の上昇
- 国債価格の下落
- 資本逃避
を引き起こし、通貨安につながることがあります。
1980年代の米国で財政赤字がドル高につながったのは、次の条件がそろっていたからです。
- FRBがインフレを抑制していた
- 米国債への信用が高かった
- 米国経済が他国より強く成長していた
- 米国の実質金利が高かった
- ドルが世界の基軸通貨だった
- 米国の金融市場が大規模で流動性に優れていた
つまり、財政赤字そのものがドル高を生んだのではありません。
財政赤字による国債増発が、金融引締めによる高金利、高成長への期待、米国債への信用、ドルの基軸通貨性と結び付いたことで、海外資本を吸収したのです。
まとめ――世界の資金を吸収した政策の組み合わせ
1980年代前半のドル高は、単一の原因によって起きたものではありません。
レーガン政権の財政赤字は、国債供給と国内の資金需要を増加させました。同時に、ボルカーFRBの金融引締めが高い実質金利を維持しました。さらに、景気回復による高成長が、米国株や企業への投資収益に対する期待を高めました。
その結果、海外資本は米国債・米国株・米国企業へ流入し、ドル高を支えました。
財政赤字による国債増発
+ FRBによる金融引締め
+ 米国経済の高成長
+ 米国債とドルへの信認
= 海外資本の流入とドル高
すなわち、世界の資金を米国へ吸い寄せたのは、財政赤字だけではありません。
「拡張財政・引締め金融・高成長・基軸通貨」という政策と制度の組み合わせが、米国を世界最大の資本吸収国へ変えたのです。
しかし、このドル高は米国の輸出産業や製造業を圧迫し、経常赤字と貿易摩擦を拡大させました。インフレ克服と景気回復をもたらした政策が、今度は過度なドル高という新たな矛盾を生み、その修正策として1985年のプラザ合意へつながっていったのです。


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